The moon is beautiful


男は月を見上げていた。ギリシャ彫刻のような精巧な作りの肉体が夜の闇に浮かび、まるで絵画の世界のように思える。

「なに、してるの? ううっ、寒っ…」

 小麦色に焼けた肌の女が、その背中に声をかける。

 女の名は中原という。ヒトの生き残りの中で唯一のメスである。

「そんな薄着でいるからだ」

 男、小野は無愛想に答えになっていない答えを返す。

 小野はジャケットを脱いで、タンクトップ一枚になり、脱いだジャケットを中原に投げ渡した。中原は目をパチクリさせ、渡されたずいぶんと大きいサイズのジャケットを素直に羽織る。

「あ、ありがとう」

「……」

 小野は自分を見上げる中原と視線を合わせないように顔を逸らす。

 電灯は機能を失っており、月と星の灯りが二人の若者を照らしている。

「あのさ、なに、やってたの? ああ、いや、答えたくなければ答えなくてもいいんだけど…」

「月を見ていた。今日は特別に綺麗だ………なんだ、その目は」

 ふと、中原のほうを見ると、口角が上がり、目尻は下がり、ニヤニヤとチシャ猫のような顔をしていたものだから、小野は彼女を軽くにらみつけた。

「おお、怖い怖い。もしかして、さ。口説いてるのかなーって」

「……さぁ、どうだろうな?」

「どうだろうな…って、実際どうなのよ。口説いてんの、口説いてないの、どっちなの」

「……さあな」

「ふうん」

 中原は空を見上げた。その横顔を小野は見つめていた。

 月が綺麗だ、と言えたらよかったのかもしれない。それで断られたら、いっそ諦めがついたというのに。この慕情とも同情ともとれない感情が、それを望んでいた。

「星、綺麗だね」

「あぁ、そうだな」

「ね、同情しなくていいからね。こんな状況だし、人が死ぬのは仕方がないとまでは言わないけど、どうしようもないし」

 そう言う中原の目は、どうしようもないとは言っていなかった。目は口ほどにものを語る。彼女の目には昔の男だけが見えているようだった。

 もう、何も言うまい。小野は己の感情を親友の墓に置いてこようと、そう思った。

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Way Back Home ヤチヨリコ @ricoyachiyo0

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