第5話「お世話する人」

 ――――


「おばあちゃんはどうして研究者になったの?」

 幼い少女は図鑑を開きながら机で本を読む祖母に問いかけた

「それはねお魚さんのことをもっと知りたくなったからよ」

 そう言いながら祖母は読んでいた本を閉じ、イスから立ち上がると少女の隣に腰を下ろした

「だから外国に行ったの?」

「そうよ」

 祖母は少女の頭を優しく撫でながら答える

「ひとりで怖くなかった?」

 少女は祖母の顔を見ながら尋ねる、すると祖母は微笑みながら

「最初は不安だったわ、でもね背中を押してくれた人たちがいたの」

 そう言いながら祖母は壁際の棚に飾られている写真へ視線を向ける。そこには荷物を持つ女性、その隣には眼鏡をかけた男性と歯を出しながら笑う男性の3人が写っていた。

「そのおかげで私はこうやって研究者になれたのよ」

 祖母はもう一度少女の頭を撫でる。その話を聞いて少女は持っていた図鑑を閉じ両手に持ちながら祖母に向かって突き出すと

「わたしもおばあちゃんみたいに研究者になる!お魚さんのこともっともぉっと知りたい!」

「あらあら」

「でねたくさんのお魚さんたちのお世話がしたい!」

 少女は座っていたソファの上に立ちそう祖母に宣言する

「それはいい夢ね、けどね研究者はねお世話をするお仕事ではないのよ」

「そうなの?」

 少女は首を傾げる

「もちろんお世話もするけどたくさんのお魚さんのお世話はしないわ。でもねお祖母ちゃんみたいにならなくてもお魚さんのことを知ってお世話をすることはできるわ」

「なになに?」

 少女はソファの上で跳ねながら祖母に尋ねる、そんな少女を落ち着かせ座らせると祖母は

「それはね水族館でお世話をしている人たちよ。お魚さんのことを勉強して、そしてお世話をするの。そしてお魚さんたちのことをみんなに教えて笑顔にするお仕事よ」

 そう言いながら祖母は魚に関わることを色々教えてくれた。その話をする間、2人の顔はとても笑っていた。


 ――――


「うぅ…、人のお世話までするなんて聞いてないよぉ」

 そう呟きながら海の中に何かいないか探す。小さい頃おばあちゃんの部屋で魚の話をしてたことを思い出しながらしずくは浅瀬を歩いていた。展示に使うクラゲを探しに水族館近くの海に捕まえに来たのだ。先ほど砂浜に来てすぐ1匹捕まえたのでたくさん捕まえられると期待に胸を膨らませたが2匹目がなかなか見つからない。

「あとでウェーダー使ってもう少し先も見ようかな?それなら水着かウエットスーツのほうがってなるよね」

 水を抜いた水槽を掃除する際に使用する着るタイプの長靴でもうちょっと深いところも探すべきか悩んでいたが、自分の身長を考えてやめた。しずくの身長は150cmちょっとしかないためウェーダーを着たところで歩いて探せる範囲は限られる。歩いて探すより潜ったほうが早いのだ。

「でも流石に勤務中に水着に着替えて、また着替えて戻るのは難しいよね。それに水谷君もいるし、あまり自分のことばっかりしてるのもなぁ」

 どうやって捕まえようか考えてながら探していると海中を漂うクラゲを見つけた。

 しずくは自分の起こす波でクラゲを見失わないようにゆっくり近づき、持っていた網もクラゲの下にゆっくり近づける

「…そぉっと…今だ!?ってうわっ」

 クラゲをすくい上げようと網を持ち上げようとしたその時、海側から風が吹き小柄な彼女は後ろに後ずさってしまいその勢いのまま網を海中からすくい上げたせいで少し海水がかかった。

「もぉ、ってクラゲは?」

 しずくは急いで網の中を確認したがクラゲは入っていない、後ずさって持ち上げたせいかクラゲのいた場所と違う場所をすくい上げてしまったようだ。クラゲが漂っていた場所を確認するが、勢いよく網を動かしたときに海底の砂もまきあげていたのかクラゲの姿は見えなくなっている。

「見えなくなってる…、でもミズクラゲは遊泳能力は高くない。すぐ遠くまで逃げるなんてことはないはず」

 見つけたクラゲは魚みたいスイスイ泳ぐわけではない、砂が落ち着くまで待ったとしてもまだ近くにいるはずとしずくは考え砂が落ち着くのを待っていると

「……みさ~ん…」

 遠くから男の人の声がする

「碧海さぁ~ん!」

 聞こえる声が自分を呼ぶものだと気づき声がするほうに顔を向けると

「えっ?水谷君!?…」

 そこには自分が教育係として世話を任された人がこっちに向かって走っていた。


 ~ ~ ~ ~


「ごめんなさい、私のせいで水谷君も…」

 後ろからいつもの小さな声が聞こえる

「いえ、呼びに行ったのに戻らなかった自分も悪いですから」

「でも、それは…私が長話したから…」

 小さな声がさらに小さくなる。

 しずくを探しに行った涼太だったがしずくのスイッチをオンにしたばっかりに海の上でクラゲの話を1時間近く聞く羽目になったので。そして、帰ってこない二人を心配してか沙月が見に来たのだが話に夢中になるしずくをいつものように注意したのだ。でしずくを見つけたが戻らなかった涼太も少しお叱りを受けることに。


 ”「…ったくねぇ、いくら良いとは言ったけど長すぎよ!(…てかなんでここで碧海さんを博士モードにすんのよ)」”


 最後に小さな声で言われたことが本題だろうが、涼太にしか聞こえない大きさのためしずくには涼太が同じように怒られているように見えてたみたいだ。その原因が自分にあるとしずくは気にしているらしい。涼太は話を変えようと

「長かったですけど、碧海さんの話は分かりやすくて楽しいですよ」

「えっ!?」

 涼太は持ってきた箱の中身をリストと照らし合わせ棚にしまいながらそうしずくへ言った。二人は沙月に指示され倉庫の備品の整理と補充、確認作業をしている最中だ。後ろのほうで同じように作業をしていたしずくの手が少し止まる。

「私の話難しくないの?」

「ときどき専門用語?みたいな単語はあまり分からないですけど、それでも話したいことはなんとなく伝わります。それにさっきのクラゲの話も普段見かけるクラゲでもそんな特徴あるんだって知らないこと知れて楽しいのは確かですから」

 と涼太は次の箱を取るために後ろを向くとしずくが不思議そうにこちらを見ている。

「どうかしました?」

「いや、その私の話が楽しいって初めて言われたから」

「そうなんですか?碧海さんの説明が良いから展示イベントのコーナーを任されてると思ってたんですけど」

「えっ?えぇ~!?」

 不思議そうにしていたしずくが今度は驚いている、だが不思議なのは涼太もである。


 先ほど海から戻り、クラゲと道具を片付けに向かうしずくと別れた後に沙月に聞いたのだ。クラゲを捕まえているときにしずくが言っていた展示コーナーについてだ。

「あぁ展示イベントね、まぁまだ試行錯誤の部分はあるのだけどね。彼女見ての通り普段から魚とかの話すると長いじゃない、で接客中の質問にも丁寧通り越して説明しちゃうじゃない」

 確かに、涼太は初めてしずくを見た時のことを思い出していた。子供に対しても大人でも分からない話をしている。

「でもね話してる内容の中には面白いものがあるし、それにヒートアップするまでの部分は結構好評みたいなのよ」

 しずくの話は最初から難しいわけではない、話し始めは図鑑の説明+αの内容でこの+αの部分が結構面白かったり知らない部分を知れる内容なのだ。

「だからあたしが言ったの、空きスペースや壁とか使って魚の説明コーナー作ってみない?って。そしたら彼女張り切って作ってくれたの、まぁ最初は張り切りすぎて説明文が長かったり難しい部分も多くなりがちだったけどそこはあたしや他のスタッフさんたちで添削したわ」

 よほど添削部分が多かったのだろうか、思い出しながら沙月は少し苦笑いしていた

「で、いざそれを掲示したらお客さんからの反響が良くてね、で今年の3月ぐらいかな?実際の生き物と一緒に展示して説明するコーナーを作ったの。ほら大きな水槽とかだと説明とか写真あっても探すの大変じゃない、だから時期に合わせた生き物を個別に展示して紹介することにしたの」

「それはいいアイデアですね」

「でしょ、もちろん担当は碧海さんでね。でこれも好評だったから定期イベント化したわけ。そして夏休み期間中の展示は少し大きくして彼女にテーマを与えたの、夏休みの子供たちにスポットを当てた展示を作ってと」

「それがクラゲと」

「そっ、彼女からは夏休みの自由研究の参考になる展示を作るって返ってきたわ。海に来た時に気軽に捕まえたり見れる生き物を紹介して、それを題材にどんなことができるかを。で彼女は実際の参考例としてクラゲをまとめてみるんだって……」

 その話をしてくれた沙月の顔は苦笑いではなくなり、いつもの笑顔に戻っていた。


 そんな話を沙月から聞いていたので涼太はしずくが展示コーナーを任されている理由の一つがしずくの話が面白いからだと思っていたのだが、どうも本人はそう思っていないらしい。

「霧島チーフも碧海さんの話は難しいけど面白いって言ってましたよ」

 そう言われしずくはあたふたし落ち着かない様子だ

「そんなことあるわけないじゃないですか、だっていつも話してたら怒られますし。それに休憩時間とかにチーフと話すことあっても、話してる途中にふとチーフの顔見たらめっちゃ睨んでますし…」

 あたふたしながら話すしずくを見て涼太は思った

(それはしずくさんの話が異常に長いからでは…)

「それに他のスタッフの皆さんも魚の話になるとすぐに離れていきますし、魚の質問も全然されませんし…」

 しずくはうつむきながら小声でそう呟いている。

(しずくさんの話が長いから皆さんかわそうとしているんだ…)

「お客さんも最初は楽しそうだったのに、説明したらものすごくつまらなそうな顔されてますし…」

 そう言いながらしずくはしゃがんで顔を腕の中に埋めている。

(説明が長い上に、後半はマジで難しいから一般人には分かりませんよ)

 涼太はしずくに近付き声をかける

「大丈夫ですよ、碧海さんの話は面白いですって。現に碧海さんの説明や展示はお客さんに好評みたいですから」

「そんなことないよ、だって私の提出したものより量が少なくなったりしてるから私の資料はボツになってるってことだろうし…」

 涼太の声に反応し見えた顔には涙が見える

(難しい説明や長い文章が添削されてるだけなんだけどな…)

「碧海さんのままだとスペースに収まりきらないから量を減らしてるだけで、ちゃんと採用されてますよ」

「…ホントに?」

 涙目のまましずくが聞いてくる

「本当です、チーフがそう言ってたので間違いないです。碧海さんの説明してくれるものは面白いです」

 涙が見え涼太は少し焦った

「…水谷君は私の話…面白いと思いますか?」

「はい、面白いですし知らないこと知れて楽しいです」

 涙が止まりそうにないしずくを見て涼太は聞かれたことに答えることで精一杯だった。とりあえず落ち着いてもらうことが最優先だ。

「じゃあ…これからも私の話聞いてくれますか?」

 としずくに聞かれ

「はい、もちろん」

 と涼太は即答し、その瞬間しまったと思ったが時すでに遅かった。目の前のしずくは頬に涙が残っているものの涼太の顔を見ながら

「良かったぁ、水谷君に避けられたらどうやって教育係続けたらいいかと思って不安だったから」

 少し安心した表情をしている。一方、涼太は内心不安になっていた。彼女を励ます為とはいえ自分は今とんでもない所に足を踏み入れてしまったのではないかと。だがそんな涼太の不安に気づいていないしずくは

「じゃあ改めて、明日からも教育係として頑張りますのでよろしくお願いします。」

 と笑顔で挨拶するのであった。

 初めて見るしずくの笑顔は一瞬涼太の不安を消すと同時に、笑顔を見て涼太はふと思い出した。さっきの会話での最後、沙月が笑顔で言っていたことを。


 ”「……クラゲをまとめてみるんだって。だから水谷君も水族館にいる間、」”


(彼女の言うことを聞いてサポート世話しろってことだったのか!!)

 沙月の笑顔の真意に気づき心の中で叫ぶ涼太であった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アクア・テラリウム~教育係は成長中?~ 幻狼院 蒼月 @Koh-Z-Gardenia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ