第4話「青髪のお姫様」

 午前の仕事を終えた涼太はスタッフ用の食事スペースで昼食をとっていた。昼食といっても壁にある時計はもうすぐ午後の2時を指そうとしている。スタッフ同士で交代しながら休憩を取り合うので時間は各自でバラバラだ。担当しているエリアでトラブルなどの対応があると中々休憩に入れないこともある。教えてもらいながら仕事をしていたこともあり遅めの昼食となったのだ。

「それにしても碧海さん、ホントに魚に詳しい人なんだな」

 そう思いながら持参したおにぎりをかじる。

 涼太に向かって

(「しっかり見ていてください!」)

 そう宣言してからのしずくは動きこそまだ固かったが仕事についての説明はきっちりしてくれた。エサやりについても準備だけでなく個々の魚に合わせた与え方、食事中の様子で気にすべき点と説明もしてくれた。ただ…

「魚の説明するときはめちゃめちゃスムーズなんだよなぁ」

 そう言いながら涼太は椅子にもたれながら天井を見上げた。

 仕事の説明もゆっくりではあるが説明はしてくれている、しかしふと涼太が水槽にいる魚の質問をすると口調がガラッと変わる。さっきまで恥ずかしそうに話していたのがウソのように喋りだす。しかもそれが結構長い、自分の世界に入っているのだろうか話しながらだんだん説明口調になりその場を左右に動きながら話してくれる。さながら新製品をプレゼンする某CPOのようだ。そんなことも含め遅めの昼食となったのだ。

「あら?あなたも今お昼ごはん?」

 そう後ろから声をかけられ振り向くとそこにはサーバーからコーヒーを注ぐ沙月がいた。

「あっ霧島チーフ、お疲れ様です」

「いいわよ、いつもみたいな感じで。休憩中だし、常にそんな固く話してたら疲れちゃうわよ」

 そう言いながらコーヒーを注ぎ終わった沙月は涼太の向かいに腰を下ろした。

「沙月さんも今からですか」

「えぇそうよ、といってもあたしはこの時間に食べることが多いわ」

 コーヒーを飲みながら沙月は答える。チーフとしてやることが多いのだろうと涼太が考えていると

「ところであのあと碧海さんどうだった?」

「チーフと別れてからはちゃんとワンツーマンで仕事を教えてもらいました。魚の説明もしっかりしてもらいましたし」

「彼女、説明すごく長いでしょ?」

 沙月は笑いながら聞いてきた

「はい、最初は何を食べているとか水槽内の他の魚との関係とかだっだのですが後半は専門知識みたいなワードまで出てきて、聞いてても分からないことのほうが多かったです」

 そう苦笑いしながら涼太が返すと

「あの子の説明が長いのはここに来た時からよ、それに来た時からここの誰よりも詳しかったわ。この水族館にいるの魚、海洋生物についてね」

「えっ!?」

 涼太は思わず口に運ぼうとしていたおにぎりを落としかけた。確かに水族館に働きに来る人は大抵魚や海が好きな人や詳しい人がほとんどだろう。目の前にいる沙月も学生時代は海洋関係の勉強をしていたと聞く。だがそれでも詳しくなるのは自分の分野だけだ、に詳しいということはつまり

「まさか川魚とかも」

「えぇもちろんよ、ましてや担当が長年固定されているようなエリアの魚に関してもそこの担当者よりも詳しいわ」

 涼太は驚きを隠せない、水族館で働いていれば自ずと自分が飼育する魚に関して知識は深まる。ましてや実際飼育して得る知識もあるだろう。それを働き始めたころから上回っているとなると

「碧海さんってその業界では有名人とかなんじゃ」

「あたしも詳しくは知らないけど前に館長から聞いた話じゃ彼女のおばあさんが有名な海洋生物の研究者みたいなこと言ってたわね。両親もその手の世界じゃ有名とか」

 そう言いながら沙月は持ってきたサンドイッチを食べている。

 涼太は驚きつつも自分の教育係はもしかして凄い人なのではと思い始めた。そんな人に教えてもらえるのはそれはそれでありがたいことなのかもしれない。

「だから碧海さんて魚の話するときよく説明口調になるんですかね?その研究者のおばあさんの影響で」

「そうかもね、ただ説明口調で喋れるなら普段の会話ももう少しスムーズにならないかしら」

 確かに普段は声も小さくもぞもぞしている、最初は初対面の自分や沙月に怒られているからと思っていたが他のスタッフに対しても同じように恥ずかしながら話していた。

「あっそうそう、休憩碧海さんと一緒なのよね?」

「はい、碧海さんに休憩の取り方を教えてもらって一緒のタイミングで休憩に入りましたから」

 実際しずくが時計を見た際、慌てて涼太に休憩の説明をしたのだ。そういえば休憩に一緒に入ったが食事スペースでしずくの姿は見ていない。

「碧海さんってどこで休憩してるんですかね」

「彼女はね…、あっ丁度いいわ。涼太君ひとつお願いしてもいいかしら?」

「はい、なんですか?」

 沙月はコーヒーを一口飲むと

「海にお姫様を迎えに行ってもらえるかしら?」

 いつもの笑みを浮かべながらそう言った。


 ~ ~ ~ ~


 昼食を食べ終えた涼太は水族館近くの海岸に来ていた。沙月に頼まれしずくを探しに来たのだ。


 ――数分前


「お姫様?碧海さんを迎えにってことですか?」

「今ごろ彼女、海で何かを捕まえてると思うわ。それはいつものことだし半分仕事でもあるからいいのだけど、ただ彼女捕まえるのに夢中になりすぎて帰ってこないことがあるのよ」

 沙月はそう話しながら窓の外の海を見ている

「今すぐじゃなくてもいいわ、休憩が終わるころに休憩の終わりを伝えに行く感じで。そもそも彼女時間が分かるもの持ってないから」

「ははぁ、わかりました」

 涼太は首を傾げながらもしずく探しを承諾した。


 ――


 そんなやり取りがあって涼太はスタッフ用出入り口のすぐ前にある海岸へしずくを佐探しに向かった。とはいっても今いる場所からしずくの姿は見えない。

「沙月さんは遠くに行ってるわけじゃないからすぐ見つかるわ、とは言ってたけどいないな」

 そう言いながら涼太は辺りを見回す。出会ってまだ二日の相手だ、行きそうな場所の見当もつかない。

「せめて何を捕まえに行ったか沙月さんに聞くべきだったかな、でも碧海さんがどこで捕まえてるか心当たりないだろ…」

 沙月でもしずくが何を捕まえるか分からないだろうと思い始めてすぐ涼太は昨日見た光景を思い出した。面接前に広場から見た海岸を走る女性の姿を。

 沙月はしずくが海に出かけるのはいつものことと言ってたし、涼太が女性の姿を見かけたのは昨日の昼過ぎだ。まさかと思い涼太は昨日女性が走っていた場所に向かった。

 面接前に立ち寄った広場に着くと涼太はその時に海を眺めていた場所から砂浜を眺めた。昨日と同じように気持ちの良い海風が正面から吹いてくる。

「確か向こうの遊泳エリアのほうに向かって走ってたような…」

 昨日見た女性のいた方向を思い出しながら砂浜に繋がる階段を下りていると、下りてすぐ横の壁際にバケツがいくつか並べられていた。よく見ると水族館のロゴマークが印刷されている。間違いない、しずくはこっちの砂浜で捕まえているのだ。何を捕まえているのか気になりバケツを覗くと

「ん?何もいない?」

 バケツの中は水が張ってあるだけで魚らしきものは見当たらない、そう涼太が首を傾げ斜めから覗く形になると

「いや何か浮いてる…クラゲか?」

 もう少し近づいてみると水中に何か透明なものが浮いている。それは海を泳いでいるとよく見かける一般的なクラゲだった。

「碧海さんクラゲを捕まえに来てたのか」

 捕まえているのがクラゲと分かり涼太は辺りを見回す、近くにしずくがいる様子はない。でもクラゲを捕まえているということは浅瀬で捕まえているだろうと、ここから遊泳エリアのほうに向かって探しに行くことにした。

 涼太がいる場所から遊泳エリアまでの間にはちょっとした岩場もあり、途中には大きな岩が向こう側を隠すように海と砂浜の間に出ている。涼太がその岩を回り込むように横を抜けるとその先の浅瀬で棒を持つ人影が見えた。もう少し近づくとその人影がしずくであることが分かり、声をかけるために小走りで近づこうとしたとき風が吹き涼太は足を止めた。風が強かったからではない、風が吹いた瞬間彼女は海中から何かをすくい上げるように網をあげそれと同時に長い髪が風でなびいたのだ。なびいたしずくの髪は初めて見た時よりも海の色を反射してか綺麗な青色に見えた。あまりにも綺麗な青色だったので涼太は足を止め魅入ってしまった。

「姫様か…」

 涼太は沙月が言っていたことを思い出す、確かに浅瀬とはいえ海の上で水しぶきの中あの綺麗な髪をなびかせていたらそれはまるで水中から飛び出してきた人魚姫のようだ。確かにお姫様と表現したくもなるな、と沙月の言葉を思い出していると本来の目的も思い出してきた。涼太は止めた足を再び動かししずくへ近づく

「碧海さぁ~ん!」

「…ん?」

 自分を呼ぶ声が聞こえたのかしずくは海面に向けていた視線を声がしたほうへ向けると

「えっ?水谷君!?どうしてここにっ?」

 涼太に気づいたしずくは驚いている

「沙月さ、霧島チーフに頼まれて碧海さんを迎えに来たんです。昼の休憩終わりましたよって」

 と言いながら涼太は自分の腕時計を見せる

「あっホントだ、ごごめんなさい!私また水谷君をほったらかしにして…」

 と時間を見るや慌てだすしずくに

「大丈夫ですよ、自分も昼食はさっき食べ終わったところですし。そもそも休憩中に霧島チーフから碧海さんの話を聞きましたから、これも仕事の一環なんですよね?」

 涼太は沙月から、半分は仕事みたいなものと言われたことを思い出しながらしずくに説明した。説明を聞いてしずくは安心したのか持っていた網を両手で地面にさすように支えにしながら

「良かったぁ、またチーフに怒られるのかと思ったぁ」

 と安堵の表情を浮かべている。

「ちなみになんでクラゲを捕まえていたんですか?」

「あぁ、えぇっとそれはですね展示コーナーを作るためです」

 安堵した表情はすぐにいつもの恥ずかしがっている表情へと変わりながらしずくは答えた。

「展示コーナー?クラゲエリアとは別にですか?」

 涼太は不思議に思いつつもしずくの説明を聞いた

「はい、クラゲエリアとは別にミズクラゲの展示コーナーを作るんです」

「ミズクラゲってあの海水浴場でよく見かけるクラゲですよね、それを個別に展示って何か変わった生態とかでもあるんですか?」

 と涼太は口に出してからしまったと思った

「ミズクラゲの生態ですか?ミズクラゲはですね……」

 しまったと思ったときには時すでに遅く、質問されしずくはいつもの説明モードに入りミズクラゲについての説明が始まってしまった。その説明は心配して後から来た沙月に見つかるまでの間続いたのであった。







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