第42話 そして冒頭へ
・・・・・・・・・・
「……ん」
いつのまにか眠っていたらしい。
顔を上げてあたりを見回し、ここが逃げ込んだ店の2階の部屋だという事を思い出す。
夢を見てたのね。
アネモネ達に処罰を下してから、もう1ヶ月が過ぎていた。その間、弟はお屋敷の使用人なるための教育が始まっている。
私は、というと。毒の症状も、熱も無くなったというのに、表向きはまだ婚約者ということになっているからか仕事もさせてもらえない。
それに加え、仕事を無理やり抜け出してきたレンヴラント様は、私たちのことが済んだあと、お屋敷を不在にする事が多くなり、顔を合わせる機会が減っていた。
それなのに、顔を合わせると必ずと言っていいほど、このレースのリボンを捨てろと言われて、喧嘩になってしまう。
それで、色々な
だって、どうしてもコレは嫌なんだもの。
なんでそんなにこのリボンを嫌うのか? 理由くらい言ってくれればいいのに、それは教えてくれない。
よくよく考えれば、私って偽の婚約者という宙ぶらりんな立場だし、今回の恩もある。
居候しているくせに。
おかみさんの言う通り、こんな聞き分けのない事をしていたら、追い出されても文句言えない。
はぁ……バカだな私。
こうやって飛び出して来たのに、迎えに来てくれる事を期待してしまっているなんて。
手のひらに乗せたリボンを見つめ、あの日、屋敷を抜け出した時のことを思い返してみる。
あ……もしかして。
そう思った時、階段を登ってくる足音が聞こえ、私はは扉に目を向けた。
※
レティセラが飛び出て行ってしまった。レンヴラントは、机の引き出しを開け、ため息をつく。
「どうするんです? ソレ。彼女、偽物だと思ってるんでしょう?」
「なんでそうなった??」
「わたくしに聞かないでくださいよ」
アルバートが腰に手をあてて自分を見下ろす。
確かにあの時、諸々を伝えて、婚約して欲しいと言ったはずだ。その時は、熱のせいで少しぼーっとしていたものの、ちゃんと返事もしていたはず。
だから、この婚約の書は紛れもなく本物なのだ。
リボンは……。
気に入らないが、妥協すべきだろうな。いや、あれはそう、ただのリボンなんだが。
髪を掻きあげる。
「追わなくてよろしいのですか?」
「もちろん、行ってくる」
「どちらに行かれたのかお分かりなので?」
「まぁ、行く場所は限られてるからな」
街のとある店だろう。
彼女の反応から、俺に好意がないわけではなさそうなんだが、ここにきて、婚約の話は
なんでそんな勘違いをしてしまっているのか。彼女の気持ちが、まるでその名のように、目隠しをされて分からない。
だからもう一度、ちゃんと伝えてこなくては。
『愛おしいと思った相手が、たまたま彼だったというだけ』
強く言った声が、今でも耳に残る。
あんな事を言われたのは初めてだ。思い出すだけで、胸が高鳴り、喜びで手が震える。
あれは『彼女しかいない』と思わせる決定打と言っていいだろう。
難しく考え過ぎる彼女は、いまごろ思い詰めているかもしれない。あまり迫っては怖がられてしまうが、それくらいしないと伝わらないからな。
「全く、手を焼かせてくれる」
俺は口もとに笑みを浮かべた。
「ソレ、惚気ですね」
アルバートが、小さな箱を差し出す。
「ご健闘を」
「あぁ」
レンヴラントはそう答えて扉に向かった。
前に来たことがあり場所は知っている。中に入り女将を探す。
「邪魔をするぞ」
「いらっしゃ……あぁ。あの子なら2階にいるよ」
「世話をかけるな」
女将が満足そうに頷いている。
その横を通り過ぎて、階段を上がり部屋の扉を開ける。
彼女は床に座り、とろんとした目を向けていた。
おい。まさか、寝ていた……だと!?
だか、そんな様子さえ可愛く見えてしまうのだから、俺も大概だろう。
「……レンヴラント様」
「迎えに来たぞ」
立ち上がったと思えば、レティセラは勢いよく拳を突き出してくる。
なるほど、一発入れさせろと言うなら構わないぞ。パンチのひとつやふたつなら可愛いものだ。
レンヴラントは特に防御することもなく、大人しくそれを受けることにした。
ぽんっ、と胸に彼女の手が当たる。それは、攻撃とは言うにはあまりにも軽い衝撃。いや、そもそも攻撃ではなかったらしい。
胸に押し付けられた手をみて、レンヴラントが目を見開く。そこには、散々喧嘩の種になっていたレースのリボンが握られていた。
家を追い出された地味な私は、いぢわるな俺様貴族の専属メイドになりました 天野すす @susuki5905
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