第41話 柵(しがらみ)との決別
人を刺すとは、こんなものなのだろうか。
「……手応えないわね」
「当たり前ですよ。それは、布団を丸めただけですからね」
犯人はギョッとして振り返った。
「やっと尻尾を出しましたね」
「いや……これはその……」
それはよく見覚えのある人物。だけどおおよそこんな事をする様には見えなかった人だった。
「もう言い逃れはできませんよ。アネモネさん」
後ろから来た屋敷の兵士を見て、
「……やっぱりあなただったのね」
兵士の後ろには、レンヴラントに支えられたレティセラが、悲しそうな表情を浮かべていた。
※
私は少し前に目が覚めていた。その時に、レンヴラント様たちから、内部に自分の命を狙う人物がいる事を聞いて、思い当たるのは1人しかいなかった。
信じたくなかった。
「あなたを信じていたかった」
「うるさい! 私の方が早くいたのに、なんで特別なの!? 私が婚約者に選ばれるはずだったのに!!」
アネモネが仇のような目を私に向ける。それを見たレンヴラント様は、私に首を振っていた。
なぜこうなってしまったのだろう。
最初は本当に親切で、親友だったはずだ。そう、ネックレスを無くしたあの日までは。
あれからレンヴラント様とは距離が近くなったからな。憧れを抱く相手の近くに、異性がいれば嫉妬もする────か。
リムエルト様のことはわからない。だけど、ウォード家で夜会が開かれた時、ミランダ様と出会うように仕向けることが出来たのは、洗濯物を私に託した
それに、あの『殺人の花』を潜ませたお茶の缶も、やっぱりアネモネが出て行ってから置かれたものだった。それは、ロザリーさんに確認済みである。
「アネモネは、あのお茶の缶を置いて、わたしが死ななかった事を考えて、私の実家に行って私を呼び戻すように言ったんだよね?」
きっとお金を積んで。両親が最近になって夜会に出れるようになったのもそのためなのだろう。これは、レンヴラント様が友人から聞いたことらしい。
「ふんっ! そんな証拠はないでしょ。人を犯罪者にするつもり? 捨て子のくせに!!」
言葉が胸に突き刺さる。グッと胸元を握り、息を整え、止めようとしたレンヴラント様の前に、私は手を広げた。
本音を言ったら、何かを失うって怖いよ。だけどね、私は進むと決めたから。それには失う事も、選ぶという事も、しなくてはいけない。
「証拠はないわ」
「ほらご覧なさい! もしそうだとしてもね、私とあんたじゃ身分が違うのよ。罪に問うなんてこと、出来ないんだから!!」
正直、アネモネが、こんな気の強い人だとは思ってなかった。でも……私だって負けないよ。
「レンヴラント様」
「ああ」
黙って見ていたレンヴラント様がペラッと紙を出す。
「何よそれ。っ!!」
それをよく見たアネモネは気づいたらしい。
「ありえない! 婚約の書!? なんであなたが、だって身分も……!!」
「確かに、ノートンという没落した家では、レンヴラント様と婚約する事はできないわ。でも、それを可能にする方法はある」
私はレンヴラント様からある紙を手渡され、それを
「まさか、養子!?」
「そうよ。私はルーブルグ家の養子になったの」
既に血判はしてある。これは、彼は私がずっとここにいれるように、手配してくれたもので、気を失う前に言っていたのはこの事だった。
ま、そうなれば、身分の高いレンヴラント様との婚約ができることになる。ただ……コレは、アネモネを追い詰めるためのニセなんだろうけどね。
「証拠はないが、その代わりはある」
レンヴラント様の指示で連れてこられたのは、わたしの両親だった人。
「助けてくれ! 私たちはこの女の言う通りにしただけなんだ」
「黙りなさい!」
レティセラは首を振った。
あれだけ愛して貰わなかったというのに、決別する事を
いつの日か、私たちを愛してくれた父に戻ってくれる、という願いを捨てることは辛かった。
出来ればこんな姿を見たくなかった……
それでも、今こそ区切りをつけるべきなんだと思う。
「ウォードの名において、お前たちの処分は、私の婚約者に委ねる」
「ありがとうございます」
「大丈夫か?」
レンヴラント様が、こっちを心配そうに見ていた。
「私は、あなたを見ていて、人権ある1人の人間として、もっと強くなりたいと思いました」
フッ、と口許に弱々しい笑みを浮かべる。
「……レティセラ」
「あ、もしダメだったら手を貸してくれますか?」
「当たり前だ」
言葉と共に、背中を押されて私は前に出る。本当は、もう布団に潜ってすぐにでも眠りたい。
そのためにも決着をつけなきゃ。
「許せない!! 信じないわ!! お前ごときがレンヴラント様の婚約者なんて!! 許さないわよ!」
「ねぇ。なんでアネモネは、レンヴラント様の婚約者になりたかったの?」
「そんなの、国の序列一位の家の上に、かっこいいからに決まってるじゃない!?」
これで、彼の人柄を愛してやまない、と言うのであれば、私の気も少しは治ったのに。
レティセラは呆れてため息をついた。
「……そう」
だけど今のは、明らかに彼を傷つける言葉だ。これが、一般の貴族令嬢ってものなのかしら?
怒りに拳を握り、ギッとアネモネを睨む。
「な、なによ!!」
とすると、私と彼女らには決定的に違うものがある。
「それは、レンヴラント様がウォード家の御令息でなければ、相手に選ばない、ということ?」
ふざけている!
「私のレンヴラント様への想いはそんなのとは違う! 愛おしいと思った相手が、たまたま彼だったというだけだわ!」
そう、だから私は、もしレンヴラント様が貴族でなくとも、彼が彼である限り、出会えさえあれば、多分同じように好きになるだろう。
そう言い切ったレティセラを、レンヴラントも、アルバートも、周りにいた他の全員が黙って見ていた。その沈黙のなか、さらに彼女は続ける。
「私、レティセラ=ルーブルグは、私の安全を
自分でもビックリするくらい堂々と言い放つ。
まずアネモネについては、ウォード家に楯突いたとされ、位を降格。もちろん、この家に出入りする事はどんな理由でも禁止とした。
そして、わたしの両親とその子供は、落ちる位がないため平民落ちという処分を下した。
終わった。
アネモネと両親たちが連れて行かれ、ようやくベッドに腰をおろす。ふぅっと息を吐く。目の先にある手がまだ震えていた。
・・・・・・ん????
というか私、何か口走ってた気が。
そろっとレンヴラント様を見ると、彼の顔が顔を覆っており、耳が赤くなっている。その隣では、アルバート様がいつものようににっこりとしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あああああ!! 私、なんて恥ずかしい事を言っちゃってんのよ────!!!!
「私、もう倒れそうなので眠ります!!!!」
すごい勢いで布団に潜り込む。これで、顔は見られないだろう。それにしても、恥ずかしいすぎる!!
だが、その顔が発火寸前だということは、誰もが容易に想像が出来たことだった。
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