俳句:セミのイメージを変えた出来事を詠みました

亜逢 愛

セミのイメージを変えた出来事を詠んだ俳句

 私にはセミの声を聞くと、どうしても思い出してしまう出来事があります。今回はその出来事を俳句にしました。








 闇に咲く 白き妖精 セミさなぎ




(もう一度)




 闇に咲く 白き妖精 セミさなぎ








 10年以上も前のことです。

 いまだに昼の暑さが残っているような夜でした。私は一人静かに帰宅しました。

 玄関の近くにはツゲの木が植わっており、ほのかな明りが届いています。

 しかし、その明かりとは裏腹に、とても白い布か紙のような何かが一枚、そのツゲの枝に揺れもせずに、ぶら下がっているではないですか!

 遠目には名刺大の縦長二等辺三角形です。

 でも、その白さと言ったら、夜の自然界には決して存在しないはずの輝くような白なんです。もし冬の晴れた日なら、日差しを受けた雪に匹敵したことでしょう。


 ありゃ、いったい何?


 ぼんやりと見えているわけではなく、くっきりと見えるので、幽霊や妖怪のたぐいには思えません。

 布か紙が飛んできて、枝に引っかかっているのでしょうか?

 しかし、あまりにも白いので、ただの布や紙には思えません。私は興味津々となりました。


 近づいて目を凝らして見ると、なんと、セミ!

 脱皮したての真っ白いセミでした。


 セミの脱皮は知っていました。こいつはマジで自然界です。自然界に存在しないなどと思ってしまい恥ずかしい限りでした……。


 その白いセミは、自身の抜け殻にわずかにつかまっています。羽は伸び切ったものの、まだ乾いていないようです。

 なので、動けないのでしょう。私が近くにいるのを見て、セミは何事も起きませんようにと、祈るかのような目をしていました。


 さらによく観察すると、白の中にも薄っすらと背中に模様が見えます。その模様からミンミンゼミと分かり、裏を見ることで男の子であることも分かりました。


 セミの脱皮は図鑑やテレビで見たことがありましたが、実物を見たのはその時が初めてでした。


 それにしても、なんとはかなく、なんと白いのでしょう。その美しさが神秘的に思えてなりません。


 どんなに凶暴な生物でも、どんなに偉い学者でも、決して触れてはならないという神々こうごうしさを感じました。


 宙を舞う純白妖精が、小枝の先にちょこんと休んでいるようでした。


 テレビなどからは伝わりようのない感覚を、私が憶えた瞬間でした。


 しかも、小さな爪でぶら下がっている姿が、実に健気けなげで可愛らしく、とてもいとおしく思えたのです。


 その後、何度か見に行きましたが、同じ色、同じポーズでした。羽が乾くには思った以上に時間がかかるのでしょう。

 そして翌朝には、その姿はありませんでした。残された抜け殻だけが寂しく青空を見上げていました。



 その夜から、セミに対する私の思いは一変しました。


 夏にうるさく、暑さを助長するだけのうっとうしい虫でしかなかったセミが、心を揺さぶる愛らしい存在となったのです。


 元気に鳴く声を聞くたびに、あの白いさなぎのようなセミを思い出します。

 あの愛らしいく白かったセミが、命の限りに鳴いていると思うと、その声がジーンと心にみてくるのです。


 がんばってメスを呼び寄せ、想いを遂げて、子孫を残して欲しいと思う次第です。そして、でき得るならば、またあの白い妖精のようなセミに、もう一度会わせて欲しいと私は願うようになったのでした。(まだ、その願いはかなっていません)





 ミンミンゼミが鳴き始め、この俳句を始めに考えた時には別の表現でした。


 闇に浮く 白き妖精 セミさなぎ


 「闇に浮く」は本当に闇に浮かび上がっているように見えたので、そう書いたのですが、あまりにも凡庸ぼんようであり面白さに欠けるので直そうと思いました。

 「妖精」は私が見た時に感じた神秘的な印象でしたが、妖精とは宙を飛ぶ存在です。動いていると思わせてしまいます。じっとぶら下がっているセミを想像させるには、工夫が必要となると思いました。

 「セミさなぎ」は、そのままにすることにしました。セミにはという形態はないのですが、じっとして動かなかったので、さなぎっぽかったからです。

 さらに、「さなぎ」という言葉を使えば、読み手に特別な印象を与えられると思いました。


 闇や夜、白、大きさ、神秘性を読み込めて、「セミさなぎ」を付けるという目標を立てて、最初の句を再考した結果、本句となりました。


 句を直す途中、「妖精」を「天使」に置き換えた時がありました。天使だと大きいので、「天使」とか「天使の端布はぎれ」などを考えましたが、白いという表現を付けると「白い天使」のころもぬのとなってしまい、ナース服を思わせてしまいます。方向性が違ってしまうので天使は却下しました。


 さて本句についてですが、「闇に咲く」はミステリアスと言いますか、神秘性を感じます。次にくる「妖精」につながりやすい気がしました。

 それに、「咲く」は動かない花に用いるので、妖精が動いていない状態をイメージできると考えました。

 妖精が飛び回ることなく、じっと花のように咲いているというシーンが見えてきます。と言うことで「白き妖精」は「天使」などには変えずに、そのままにしました。

 また、「闇に咲く」を使うと、夜に咲く花かも知れないと思わせることもできます。その後に「セミ」が出てくることで、期待を裏切り驚きを与えられる効果があると考えました。

 なので結局、「浮く」を「咲く」に変更しただけにとどまったのでした。


 もう少し考えたかった気もしましたが、現在(2021年8月16日)は少し涼しくなってきていて、時間をかけて考えていると夏が過ぎてしまいそうなので、ここらで手を打った次第です。


 最後まで読んでいただき、大変ありがとうございました。




【現在、文筆活動は休止状態なのですが、ミーン ミンミンミン ミー、そんなセミの声にほだされて一句詠んでしまったのでした……】




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俳句:セミのイメージを変えた出来事を詠みました 亜逢 愛 @aaiai

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