第156話 水着を買いに行こう 5
金貨10枚が15万円と思うと目減り感が半端無いけど、アーリアのお金はいくらでも稼げるお金だと言える。一方で日本円は手に入れるにしても色々と面倒な手続きが必要だ。
もちろん金貨を売った収入はちゃんと申告するよ。
ちゃんと書類ももらったし、後ろめたい部分があるからこそ、そこは抜かりなくやる。
しかしこうして手元資金に余裕ができると、アレだな。
余裕が無くて後回しにしてたけど、百均のじゃないちゃんとした鏡を2枚くらいはエインフィル伯爵に献上してもいいかも知れない。来年の春まではなんとしてもアーリアに滞在しなければならないわけだし、こういうこまめな贈り物は大事だと思う。
とは言っても持ち運びを考えると姿見というわけにはいかない。卓上の小さな、でも映りの綺麗なやつを選ぼう。
いつもならちょっと入りづらい女性向けの雑貨屋なんかを片っ端から見ていく。
うーん、丸い台の付いた丸鏡が多いな。こういうデザインが一般的なのだろうか。持ち運ぶ時にかさばりそうだから、なんかこう、折りたためるようなのがいいのだけど。
なんか、この丸いの顔が大きく見えるな。
一応、折りたたみのスタンドミラーもあるのだが、そっちはちょっと造りが安っぽい。百均の物とは比べるまでもないのだが、もうちょい質がいいものが欲しい。あと高級感。
そうして結構探し回ってようやく気に入った物を見つける。
天然木枠の四角いスタンドミラーだ。
折りたためるわけではないが、台座が小さくて運びやすそうだ。厚みがあって、重さもそこそこある。
百均の透明樹脂を使ったっぽい鏡とは高級感が段違いだ。
これを2枚購入して贈答用に包んでもらう。消費税入れて2万ちょい飛んでいったが、まあ、これは換えが無いとか言っておこう。恩を売るのが最大の目的だし。
2枚用意したのは、1枚を国王に献上できるようにだ。
エインフィル伯爵とその夫人で使ってもいいけど、見つかった時は知らないよ。僕は。
そうこうしているうちに、結構いい時間だ。
水琴たち、いくらなんでも時間かかりすぎじゃない?
僕はそう思ってLINEで連絡を取る。
すると割とすぐに返事があって、水着は購入済みで、今は化粧品を見ているとのことだった。
ああ、嫌な予感がする。
僕はすぐに行くからと水琴に店を教えてもらって急ぐ。
水琴は良かれと思って化粧品を見に行ったんだろうが、メルは日本人的美的感覚では絶世の美少女なのだ。化粧無しで。
まあ、アーリアでもモテてたみたいだけど。
問題はメルには一度バズってしまった過去があることだ。
去年のことなので、今は沈静化しているが、こういうのはどこから再点火するか分かったものではない。
メルが帽子を被っているのは、目立たせないためだっていうのに!
なお、メルがバズった時に髪を赤く染める流行ができて、それが一部界隈ではまだ残っているため、髪の毛が赤いくらいではそんなに目立たない。
水琴が伝えてきたコスメショップに到着すると、水琴とメルは3人の店員によって囲まれていた。
手遅れだったか。
いくらなんでも2人組の客に店員3人は多い。研修中の店員でもなければ普通は1人だろう。
「水琴!」
後ろから声を掛けると、2人とも振り返った。
その瞬間の衝撃をどう表現すればいいのか分からない。
さっきメルのことを絶世の美少女と言ったけれど、今のメルは例えるなら傾国の美少女って感じだ。元気いっぱいで、幼さの残っていたメルの可愛らしさが、全部美しさに変換されちゃった感じ。
僕は思わず顔を逸らしてしまう。
漫画なんかで、眩しくて目が眩むみたいな描写があるけど、要はこういうことかと納得する。
美しすぎて真っ直ぐ見られないということがあるのだ。
横顔なら見られたかもしれない。だけど、その瞳がこちらを真っ直ぐに射貫いているとなると別だ。
あまりにも美しい存在に認知された瞬間、心がひれ伏して対等に目を合わせることができなくなる。
高貴な女性に膝をついて顔を伏せる騎士はこんな気持ちなのかもしれない。
「ひーくん?」
心臓が五月蠅い。顔が熱を持っている。きっと僕は耳まで真っ赤だろう。
とっくにメルに恋していた僕は、そこからさらに突き落とされた。
呼吸することすら難しい。
「ごめん、メル。綺麗すぎてちょっと見れない」
僕は両手で顔を隠しながら、そう言うことしかできない。
「やだー、大げさだよぉ」
ケラケラ笑うメルはいつも通りの声で、いつも通りな感じ。
「いや、メルさん、自覚無さ過ぎ」
水琴の声でツッコミが入る。そうだ。水琴、もっと言って。
「お客様の場合、その、元から整ったお顔立ちでいらっしゃいますし、お若いですので、ほとんど手を入れておりません」
店員さんらしき声で補足が入る。
「いや、全然違うんですけど!」
「いわゆるベースメイクがほとんどです。あとは眉を整えたくらいですね。リップ、チーク、アイシャドウは軽く乗せましたが、気持ち程度です」
「それって一通りですよね!」
「アイライナーは入れてませんし、お客様の場合はマスカラも必要なかったです。お肌が白いので、ちょっと難しかったですが、上手にできました」
上手とかのレベルじゃないんだよなあ。元がいいからなんだろうけどさあ!
「ひーくんはいつもの私の方がいいの?」
「良い悪いの定義についてまず前提を話し合う必要があると思う。つまりこの場合の良いとは僕が心地良くメルと接することができるという意味であって、美しさの程度を比べるものとは違うんだ。いつものメルは可愛くていいと思うし、今のメルは綺麗すぎてちょっと落ち着かないんだよね。つまりこの両者を比較するのがまず間違いであって、どっちが良いとか悪いとかじゃないんだ」
「お兄ちゃんがめっちゃ早口になっててウケる」
「すみません。お化粧落としてもらってもいいですか?」
「あら、彼氏さんの要望じゃ仕方ないですね」
店員さんの言葉をメルは特に否定もせずに、化粧を落としてもらい始めた。
「あー、その化粧品の使い方ってメルは覚えた?」
「うん。覚えたよ」
レベルの上昇によってメルの記憶力も上がっているから、複雑な化粧の手順でも一度見たらばっちりだと思う。
「全部でおいくらになりますか?」
僕は恐る恐る聞いてみる。
「化粧水、乳液、UVケアセットに、化粧下地、ファンデーションとフェイスパウダー、アイシャドーとチーク、リップで――」
何がほとんど手を入れてないだ!
それともこれすら基本なのか?
分からない。化粧が分からないから、分からない。
「44,280円になります」
店員さんも苦笑い。流石に僕の見た目では、この金額をぱっと出せるとは思えないだろう。
「水琴、こんなにするものなの?」
「そりゃもっと安いのもあるけど、ブランドものも混じってるし、こんなもんじゃない?」
「ぐぬぬ、水琴、なんか一品買ってやるから、この散財は秘密だ」
両親に報告されると財源を疑われる。水琴はアホだから気にしないだろう。
「2つ!」
「ああ、言い忘れてたけどお前も似合ってる。けど、ちゃんと落としてもらえ」
「3つ!」
「なんで褒めたら増えるんだよ」
「褒められたときの自分に近付けたいじゃん!」
ああ、もうしゃあないかあ。
「3つな。ただし、いま試用させてもらってるものからだぞ」
多分、水琴は自分で一品くらいは買うつもりで試用品を選んでいるはずなので、メルの分ほどお高くはないはずだ。メルのほうは店員さんの悪ノリが入っているはずなのでしゃーない。
「やった!」
水琴が商品を見比べ始める。
金貨を売った収入があったから買えたというべきか、買ってしまったというべきか。
「あーっ!」
そのとき突然水琴が奇声を上げ、そこに居た全員がビクッとする。
「ど、どうした?」
「メルさんのフルメイク画像撮るの忘れてた!!!」
こいつ、なんも反省してないな。
僕はため息を吐いて、両手をグーで水琴の頭を挟み込んだ。
「痛い痛い、ごめん、ごめんなさいってば」
罰として買うのは二品にさせた。
それでもホクホクした顔をしてたけど。
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一応、これで買い物編はおしまいです。
水着のお披露目はプール回までお預け!
次は魔法チート(https://kakuyomu.jp/works/16818093076241201686)の続きを書くので、こっちはちょっと間が空きます。
どちらもよろしくお願い致します!
異世界現代あっちこっち ~ゲーム化した地球でステータス最底辺の僕が自由に異世界に行けるようになって出会った女の子とひたすら幸せになる話~ 二上たいら @kelpie
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