第24話 未来は変えられる――ざ・ちぇんじ!?

 校舎の屋上からは京都の街が一望できる。二条駅前のショッピングセンター屋上からの眺めもいいけれど、学校屋上からの眺めも悪くないんだ。放課後、空に近い場所でわたしたちは風に吹かれていた。


「終わったねー」

「終わった、終わったぁ~。終わっちゃったね。サッチー。織田くん」

「あっという間の二週間だったね。二人と一緒に戦えて、楽しかったよ。こんなに充実した二週間、小学生になって、初めてだった気がするから」


 わたしたちは一緒に空の向こうを見る。

 児童会役員選挙の結果は昼休みに校内放送で発表された。

 新しい児童会長と副会長が決まった。新しい書記は会長と副会長によって指名されるのがルール。だからきっと二、三日もしないうちに児童会役員の新体制が決まるだろう。


「お前らやっぱりここにいたのかよ。まぁ、全部終わったからスッキリして、ゆっくり景色でも眺めたくなるよな」

「そうね。だからわたくしも来てしまいましたわ。今回の選挙戦の打ち上げ? 特に何をするってわけでもないですけれど。一緒に走り抜いたライバル同士、話すこともあるかなって思いまして」


 そう言って現れたのは今川くんと式部さんだった。

 式部さんは右手にナイロン袋を持っていて、その中からパックのジュースを取り出す。オレンジジュースとかアップルジュースとか飲むヨーグルトとか。


「和以先生からこっそり差し入れだって。みんなお疲れ様って」

「「やったね!」」


 わたしたちは順番に思い思いのジュースを手に取っていく。


「それにしても、なかなか、ドラマチックな結果だったよな。正直、俺は負けてくやしいけどなっ! ――でも良い戦いができたって、なんだかスッキリしたものはあるんだぜ」


 カフェオレのパックにストローを挿した今川くんが、ニシシと笑ってみせた。初めて会った時は嫌なやつだなぁって思ったけれど、付き合ってみると今川くんはなかなかいいやつだと気づいた。いろいろと物言いに問題があったりもするけれど。なんだかんだで6年3組の代表になるのも、わかる気がする。


「そうだね。私は一発大逆転があるかなー、なんて思いましたけれど。さすがの式部さんでした。総合的に。人柄。頭脳。判断。弁舌。――もうこれは憧れざるをえませんよ」


 アップルジュースのストローを唇から外すと、メイちゃんが肩を窄めた。

 うちのブレーンがこう言うんだから間違いない。

 そしてわたしもそれに同意だ。わたしと織田くんはまた顔を合わせる。「負けちゃったね」って肩をすくめて。でもそれは単純な敗北を意味してはいないんだ。

 わたしたちは――本当の意味では、夢に近づいたのだから。


「おめでとうございます。式部さん。やっぱり式部さんはすごいです。届きませんでした」

「ありがとう。マーガレット。やっぱり日頃からヴァイオレットって呼んでくれるようにはならないのね?」

「はい。やっぱり、まだ式部さんとの間にはすごく距離があるなって。でも――いつになるかは分かりませんが、対等な関係になれたと思ったときには、ヴァイオレットって呼ばせてもらいます」

「そう? うん、じゃあそれでよろしくね。……でも、じきによ? だって、今日からこれまでよりもずっと密なお付き合いになるんだから」

「で……ですかね」

「そうよ。あなたたちの猛追、すごかったわよ。正直、わたし、負けたかなーって思っちゃったもの」


 そう言って式部さんは目を見開いてみせた。

 その言葉は買いかぶりな気もするけれど、わたしたちに手応えがあったのは事実だ。


 一位 式部紫 103票

 二位 織田呉羽 70票

 三位 今川一騎 69票


 織田くんが大いに追い上げたものの、結局は式部さんが逃げ切って児童会長に選ばれた。予備選大敗からの躍進は過去の記録にくらべても例外的で、先生たちも驚いていた。確実にわたしたちの後ろから風は吹いていたのだ。

 でも届かなかった。その理由にはそもそもの知名度だとか、友人関係に基づく基礎票だとか、そういうものも間違いなくあるけれど、最後の最後で式部さんが繰り出したサプライズこそが決定打だったと思う。


 金曜日の最終演説会。全会長候補の最後に登壇した式部さんは壇上で公約の追加を宣言したのだ。――それは『洛和小学校児童会規則第16条改正』という公約だった。

 先週木曜日からの全校的な改正論の空気を読んだ式部さんの、土壇場での判断だった。

 これによって織田呉羽と式部紫の政策上での違いはほとんどなくなった。織田チームの言っていることを応援したいからといって、必ずしもわたしたちに投票しないといけないという必要性はなくなったのだ。

 わたしたちを応援したいけど、「二人のことはやっぱりまだよく知らなくて信用できない〜!」と思う人は、安心して予定通り式部紫へと投票することができた。

 これが最後の決め手になったのだと思う。


『たった一つの争点でぶつかったときに、その争点をつぶされちゃうとどうしようもなくなっちゃうわよね』


 そうメイちゃんが言っていた。

 式部さんは公約に『洛和小学校児童会規則第16条改正』を加えて当選した。

 でもそれはつまり、わたしたちが実現したかったことを、式部さんが一緒になって実現してくれるということだ。

 それはむしろわたしたちの勝利って言えるんじゃない!? そう思えるんだ。


「でも本当の大逆転は副会長選だったわよね」

「ほんと、それには俺も驚いた」


 何かを含みをもたせるように呟いた式部さんに、今川くんがウンウンと頷く。


「ああ、言われていますけれど。ホントのところ自信はあったんですか? 木春菊幸子新副会長〜?」

「あるわけないじゃん〜! 自分でもびっくりだよっ!」


 からかうように覗き込んできたメイちゃんに、わたしは抱きついた。

 そうなのである! 会長選では式部さんに届かなかったわたしたちだけど、副会長選ではわたし木春菊幸子が、式部さんのところの副会長候補を票数で超えて一位当選してしまったのである! 誰も予想していなかった驚きの大逆転なり〜!


 ここに式部会長と木春菊副会長という異色コンビの児童会役員新体制が発足したのでる。


「でも僕は嬉しいな。僕たちとしても児童会役員にサッチーが入ってくれたら、児童会規則16条改正に向けて児童会が頑張ってくれるって安心できるし。何よりもサッチーが児童会副会長って……それだけで面白いっ!」

「それあるねー」

「もうー! 他人事だと思ってえ〜!」

「ごめん、ごめん!」

「私はいつでも、サッチーの味方だからねー。なんでも手伝うよ〜!」


 児童会役員になるのは、結局、わたし一人。

 でもわたしたちは変わらず親友で、チームなんだ!


「あなたは意外な結末だと思うかもしれないわね。でもそれもまた、洛和小学校の生徒みんなの想いに基づく選択なのよ。みんなは会長にはわたくしを選んでくれました。でも、みんなはあなたの『想い』に共感した。そしてあなたの指し示す未来を選んだのよ」


 式部さんは、そう言ってそっと右手を差し出した。


「だからこれからよろしくね。わたくしの――マーガレット副会長」


 わたしはその手を握り返す。そしてギュって力を込めた。


「はい! よろしくおねがいします! ヴァイオレット会長!」


 わたしと式部さんが繋いだ手。みんなにも視線を送る。

 頷いたメイちゃんが、その上に手を重ねてきた。そしてそれに織田くんも続く。「仕方ねーなぁ」と今川くんまで。


 お互いの健闘を称えるように。これから始まる新しい一年間に向けて想いを一つにするみたいに。手を繋いだまま空を見上げる。眩しい太陽の光に目を細めた。


 児童会役員選挙は終わった。

 何のとりえもなかったわたしが、なんと児童会副会長になっちゃった!

 でも児童会規則16条が改正できたわけじゃない。

 きっとこれから、まだまだいろんなことを乗り越えて行かなくちゃいけないんだと思う。

 織田くんやメイちゃんと一緒に! ヴァイオレット会長と一緒に!

 そして今川くん、有栖川くん、そして洛和小学校のみんなと一緒に!

 それがきっとわたしの――わたしたちが描いていく特別な物語なんだ。


 ふと視線を落とす、足元。コンクリートの上に置いた、わたしのカバンの脇で「バター牛くん」のキーホルダーがゆらゆらと風に揺れていた。


              〈ざ・ちぇんじ☆児童会!? 了〉

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ざ・ちぇんじ☆児童会!? 成井露丸 @tsuyumaru_n

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