第23話 織田くんがわたしの騎士さま!?

 ステージに上る階段で、わたしと織田くんは合流する。

 相変わらず似合いすぎている女の子の制服。凛々しい笑顔。


「――心配かけたね。サッチー」

「もう。本当だよ。騎士ナイトさまには守ってもらわないといけないはずなのに。お姫さまと騎士ナイトさまの関係が逆転だよ」

「あはは。サッチーがお姫さまって――」

「えー。可笑しい? わたしだってお姫さまになりたい普通の女の子なんだよ?」

「ううん。おかしくない。サッチーは僕の――お姫さまだよ」


 織田くんはそう言って左手を差し出した。その手をわたしはとる。

 わたしたちは手を繋いだまま、壇上に立った。

 そしてステージから生徒二四〇人、そして先生方を一望する。


『え……えっと! 候補者は木春菊幸子さんと、……織田呉羽くん……あれっ、あれっ? ――あっ!』


 選挙管理委員長は壇上に上がってきた女の子が織田くんだとは思わずに、取り乱した様子だった。でもきっと、この数日広がった噂話、そして昨日のわたしのスピーチを思い出したみたいで、小さく声をあげた。目の前にいる美少女が織田くんだと気づいたのだろう。


『で……では、まず会長候補の織田呉羽くん……さん? どうぞっ!』


 彼女はマイクを演台に戻すと、そそくさと下手袖の方へと移動していった。


「――行ってくるね」

「――行ってらっしゃい」


 織田くんが手を離す。わたしはそっと彼――彼女の手を離した。


 ステージの下。体育館に集まる生徒たちの間にざわめきが広がっている。

 きっとみんな、信じられないのだ。

 壇上にいる女の子が、織田くんだということを。

 「オタクくん」といじめられた少年が、こんな少女だったということを。

 そんな男の子が、堂々と女の子の制服を着てみんなの前に立っているということを。


 やがて織田くんはマイクを手に取り――語りはじめた。


 ☆


「みなさんこんにちは。この度、児童会長に立候補させてもらいました、6年2組の織田呉羽です。4年生や5年生のみなさんについては、はじめましての人も多いかなって思います。僕は部活にも入っていないし、あんまり友達も多いほうじゃないから。6年生のみんな、特に6年2組のみんなには流石に知ってもらっているとは思います。それでもこの格好でみんなに会うのははじめてなんじゃないかなって思います。こんにちは。はじめまして。いつも教室で本ばっかり読んでいる――織田呉羽です」


 ステージの下、6年2組のみんなはほとんど全員がポカンとした顔だ。

 きっと信じられないのだろう。壇上で話す美少女が、あの織田くんだなんて。

 女の子の格好をしているってこともそうだけれど、クラスの中での織田くんはいつもおどおどしていて、自分に自信がなくて、こんなに背筋を伸ばしてなんかいないんだ。


 可愛いセーラー服は織田くんを包み、織田くんに自信を与えているみたいだ。

 織田くんが、織田くんらしく、背筋を伸ばせるように。


「まず、みなさんに謝らないといけないのだと思います。僕自信にとっては不本意なことではありましたが、結果的に皆さんに混乱を与えてしまった騒動の責任の一端は僕にあると思います。一昨日、廊下に掲示された僕と有栖川くんの写真。そこから広まった僕に『女装癖』があるとか、僕が『変態』だとか、そういう噂。それを僕は『根も葉もない噂』だとは否定できません。きっと僕が僕の大切なことを隠し続けてきたことが、混乱を生む理由の一つになったんだと思います。――申し訳ありませんでした」


 そう言って、織田くんは壇上で小さく頭を下げた。

 ――織田くんは全然悪くないのに!

 そんなわたしの想いを汲み取るみたいに、ステージ下から「クレハちゃんは悪くないよー!」って野次が飛んだ。ザワザワとした声が聴衆に広がる。織田くんは軽く手を上げて「ありがとう」って応じた。

 ありゃ、なんか目をハートにしている人たちがいるぞ。しかも男女問わず。


「だから今日は、正々堂々と、この服で壇上に立つことにしました。女の子の制服で。僕はもう、自分らしさを見失いたくないから。昨日のサッチー――木春菊さんの放送で知っていただいているかもしれませんが、本当は僕が女の子の制服を着て学校に来るのは児童会規則違反なんです。だから今日は、特別に先生に許可をもらいました。あくまでこれは『ステージ衣装』だってことで。――和以先生、許可をくださってありがとうございます。はじめてちゃんと小学校まで、この制服で来れて……嬉しかったです」


 壇上からまた一つ頭を下げる。パイプ椅子に座って見上げる貴子先生が「どういたしまして」と、小さく手を振った。

 そっか、貴子先生は知っていたんだ。織田くんが今日、女の子の制服を着てくるって。でもそれはステージ衣装だから、そのままの格好で授業を受けさせるわけにはいかない。だから授業は休んでいたんだっ!


「それから昨日のこと。――ありがとうサッチー。昨日の放送は録音で聞かせてもらいました。とても勇気づけられたよ。ありがとう」


 演台から振り向いて、騎士ナイトさまのスマイル! 鼻血が出そうですっ!

 ステージ下からも「よっ!」「かっこよかったよっ!」と拍手が沸き起こった。

 なんだか恥ずかしくてたまらないんですけど〜! でも、なんだか嬉しいっ!


「僕とサッチーの馴れ初めは昨日聞いてもらったとおり。でも僕から見ると、ちょっと違うんです。サッチーは僕のことを特別だなんて言っていたけれど、それは全然ちがう。僕は普通で、何もできない男の子。ただ女の子の服を着るのが好きで、こっそり一人で女の子の格好をしては時々街の中を歩く。それだけの人間なんです。

 張り紙で『変態』って書かれたけれど、そうなのかもしれません。ううん、僕自身がどこかでそう思っていた。だから自分の中の好きなことも外には出せずに、ずっと学校でも一人でいました。

 でもある日、女の子の服を着ているところをサッチーに見つかったんです。――見つけてもらったんです。

 そして、そんな僕のことを彼女はこう言ってくれました。

 織田くんは『特別な人』だって、『運命の人』だって」


 体育館が静まり返る。みんな織田くんの話に聞き入っている。

 一週間前の演説会とはまるで違う雰囲気。少しずつ織田くんの「想い」が染み渡っていく。


「でも僕は『特別な人』なんかじゃなかった。サッチーが見つけてくれるまでは。サッチーが僕を勇気づけてくれるまでは。

 だから僕は胸を張って生きられる自分になろうって思ったんです。やりたいことをきちんと表に出して、自由に生きていける自分になろうって。

 ……でも自分のやりたいこと――学校に女の子の制服を着て通うこと。それには大きな壁がありました。それが――『洛和小学校児童会規則第16条』でした」


 そして織田呉羽が言葉を止めた。ゆっくりと息を継ぐ。

 会場がざわつき始めた。昨日から急に熱を帯び始めた児童会規則16条改正論。

 今年の児童会選挙に突如出現した最大の争点が、早速、演説会の表に現れたのだ。


「だから僕は――児童会長になって『洛和小学校児童会規則第16条』を改正したいと思います。それが僕らの公約、一丁の一番地。僕がこの服を着て、ただ自分らしく学校に通えるように、みなさんの力を貸してくださいっ!」


 織田呉羽くん。彼? ううん、もうきっと、彼女だ。彼女が胸に広げた手を当てて訴える。その胸に膨らみはなくても、その髪がウィッグだとしても、彼女が女の子の姿であることは、とても自然なことに思えた。だからそれを阻む規則なんて、わたしは蹴っ飛ばせばいいと思うんだ!

「いいぞー、クレハちゃーん」「応援するよ〜!」「かわいいよ〜!」また聴衆から野次とも声援ともとれる声が上がる。そんな声に、織田くんは全て手を振りながら「ありがとう、ありがとう」って笑顔で返した。


「さて、ちょっと個人的なことを話しすぎました。でもこれ、僕の自己アピールの場じゃなくって、児童会長選挙なんですよね?」


 おどけたような言い回しに、会場から笑い声があがる。

 なんだかすごいよ! もう完全に会場のみんなの気持ちを掴んじゃっているよ!


「では16条改正の他に、僕が児童会長になったらって話を、少しだけしたいと思います――」


 そう言って織田くんは、わたしたちの決めた公約の説明をしていった。

 その他の公約はそんなに大きなことじゃない。ほとんどが式部さんのチームが公約であげていることと重なっている。ただわたしたちの児童会が、織田くんとわたしのやりたい16条改正のためだけのものにならないように、みんながやってほしいであろうことを盛り込んだ。そんな内容だ。わたしと織田くんと、メイちゃんはたくさん議論した。その結果いきついたのがこの公約なのだ。

 あくまで中心に立てるのは「児童会規則16条改正」っていう一本の御旗。あまりいろんな公約を入れて、その旗がぶれてしまうのは良くないって思った。

 でも一つ見えてきたことがある。わたしたちの目指す児童会が大切にしているものだ。それはきっと「自由」と「寛容」。一人ひとりがやりたいことを「自由」に実現することができる学校。でもそれを理由に人を傷つけたり、傷つけられたりすることがあってはいけない。だから「寛容」。おたがいに思いやって、優しく。型にはめるわけじゃなくて、お互いに認めあって生きていく。――そんな学校にしたいって、わたしたちは心に決めたんだ!

 やがて織田くんのスピーチは最終局面に入っていく。


「――だから、僕は児童会長になりたいと思います。『自由』で『寛容』な洛和小学校をみんなで作るために。制服の話はその一歩目。だからみなさん、僕に――織田呉羽に、清き一票を、よろしくおねがいします!」


 そう言って織田くんは自らのスピーチを締めくくり、深々と頭を下げた。

 会場からはパチパチと拍手の音が聞こえ、それは次第に大きくなった。

「いいぞー!」「応援するよー!」「クレハちゃんかわい~!」「クレハせんぱーい!」

 会場が次々と黄色い声援があがると、拍手は次第に大きくなり、やがて割れんばかりの拍手が会場を包んだ。


 ☆


 織田くんが演台を離れたあと、次はわたしの番だった。タッチ交代でマイクを握る。でも正直、言いたいことは昨日の校内放送で言っちゃったし、それで足りなかった部分も今、織田くんが全部しゃべっちゃった気がする。

 だからわたしはあらためて自己紹介した。そしてそのあとに、自分の思っていることを思うがままに話していった。結果、それがまたウケたみたいで、会場にはドッカン、ドッカンと笑いが生まれていった。

 あれ? おかしいな。わたし真面目な話をしているはずなのにな?


 わたしたちの演説が終わると、次は今川くんたちの番だった。今川くんたちは会場を巻き込んだお笑いコントみたいなスピーチをしながら、先週と変わらない公約をわかりやすく説明していた。それと――


「あー、それと。火曜日に張り出された織田の暴露写真? あれやったの俺たちだって噂があるけど、それは大嘘だからな。なめんなっつーの。もし俺がやるなら、もっと正々堂々、自分の名前を出して、正面からやるっつーの。こそこそ匿名なんかでやんねーよ! 今川一騎をなめんな!」

 とっても今川くんらしい煽り方で、自分の疑いを晴らしていたのが、ちょっとかっこよかった。続いて副会長候補の子分Aくんがスピーチをしていた。


 そして最後に式部さん。やっぱりさすがのヴァイオレットさま。彼女のスピーチには何のすきもなくて、公約も良いバランス。それまでのドタバタした雰囲気は、随分と大人びた落ち着きを取り戻し、やっぱり彼女こそが児童会長にふさわしいという空気を体育館いっぱいに広げていった。

 あらためて「やっぱりヴァイオレットさまはさすがだなぁ」って思う。敵ながら天晴れ。

 光栄なことにヴァイオレットさまからライバル認定みたいなのもらっちゃったけれど、わたしと彼女の間には、埋めがたい広い溝が横たわっている気がする。

 いつか胸をはってヴァイオレットとマーガレットって二つの花の名前で呼びあえる日がくるといいな!

 それから、式部さんのスピーチにはちょっとしたサプライズが含まれていた。

 これについてはまた、機会があったら話すことにしよう。


 その後に式部チームの副会長候補の演説があり、最終演説会は終わった。そして、そのまま児童会長と副会長を決める投票へと進んでいった。体育館に投票箱と記入所が設置されて、生徒たちが一人ずつ投票用紙をもらって投票をしていく。

 三〇分ほどかかって全生徒の投票が終わり、わたしたちの児童会役員選挙が終わった。


「おつかれさま」

「うん、おつかれさま。――心配かけてごめんね。二人とも」

「ううん、大丈夫だよ。信じていたから。ありがとう、メイちゃん。ありがとう、織田くん!」


 体育館を出たわたしたちは三人で手を取り合った。

 いつかショッピングセンターの屋上で出馬の決意をしたときみたいに。

 手をつないだまま、三人の手を空に掲げる。

 校庭から見上げた空はやわらかい青色で、西の空の太陽は優しく輝いていた。


 ☆


 そして休日を挟んでやってきた運命の月曜日。昼休みの校内放送。

 わたしたちの挑戦した児童会役員選挙の結果が、発表されたのだ!

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