第18話 エピローグ~3年後~

今日は、めぐみの月命日なので、僕は郊外にある霊園へと向かった。

あれから、約2年後、めぐみは亡くなった。

めぐみの好きだったカフカも、かごに入れて連れてきた。幸いカフカは、まだ元気だ。


『未来の世界』は、事実上壊滅状態になって、今は活動していない。教祖大山は、銃刀法違反や強制性交罪などで、懲役4年の実刑判決を受けた。


狐川は、その後、『菩薩の道』という新しい教団を立ち上げた。『未来の世界』にいた信者から、かなりの数の人々がこの教団に流れ込んだらしい。教義そのものは、『未来の世界』とほぼ変わっていないようだ。


熊野は、あの後、『未来の世界』をはなれ、『日本救霊会』という、神道系の新興宗教に移った。この団体は、表立ってトラブルを起こしたということは聞いてないので、今度は長くとどまれるかもしれない。


惣野は、あれから社労士事務所をやめた。『カルト対策室』の運営方法を学んで、自分で『ブラック企業対策室』というNGO法人を、つくば市に立ち上げたのだ。最初は資金繰りが大変だったが、社会的な意識の高まりから、今では6社から協賛金を出してもらうことに成功している。


僕は僕で、今度は土浦のタクシー会社で働いている。ここも他とかわらず、賃金体系とか労働時間とかはブラックな部分が多いが、この歳になってから業種変更するわけにもいかない。


カフカを膝に乗せ、めぐみの墓に手を合わせた。そして、帰ろうとした時に、惣野から電話が入った。

「中根君?鈴木一男くんって知ってるでしょ」

「ああ、昔よく一緒に遊んだけど」

「おととい亡くなったそうよ」

「え?」 

「県庁の展望台から飛び降りたらしいの」

「飛び降りた?」

鈴木一男くんといえば、僕や惣野、田口君などど同じクラスの同級生だった。

田口君と成績を争うほどの秀才で、現役で東京の有名私立大学に入り、『つくば計算システム』という、地元では有名な企業に就職した。結婚するまでは、時々僕とも一緒に遊びに行くことがあったが、結婚してからはほとんど連絡も取らなくなっていた。

『つくば計算システム』というのは、地元の役所などが主な顧客で、地域の産業動態とか、住民の生活状況を、数値で把握するための数値管理をしている会社だと聞いていた。残業が多く、夜は、日をまたいで仕事することもよくあると、鈴木君がぼやいていたことを思い出した。

「今日の夜6時からがお通夜だそうよ。お葬式は家族葬だから、お通夜に行こうかと思うんだけど、中根君、こられる?」

「うん、大丈夫だと思う」


僕は、式服に着替え、教えられた石岡市の斎場に向かい、車を止め、会場に向かった。

お通夜には、鈴木君の同僚や、親戚などが、約50名ほど出席していた。

高校の同級生は、惣野のほかに田口君と、海老野君が出席していた。海老野君は、鈴木君と同じ、『つくば計算システム』に就職していた。彼のクラスは僕たちと違い、彼はGクラスで、理系コースのクラスだった。僕たちのクラスはEクラスで、文系コースだった。


通夜のセレモニーの後、形だけ通夜振る舞いをいただいたき、会場を出た。会場の外で、惣野が海老野君に訊いた。

「ねえ、鈴木君は、どうして自殺なんかしたんだろう?」

「うん…」

と言うと海老野君は、惣野の顔を見た後、僕と田口君をみて、ちょっと呼び寄せるようなうなずき方をした。僕たちは海老野君の周りに集まるような格好になった。

「鈴木は、3年前に営業部の課長になったんだ。課長になった直後は嬉しそうだったんだけど、だんだん暗い顔に変わっていった。部長からのパワハラがひどかったらしい。そして、鈴木君の課の営業成績が、社内で最下位になり、大勢の前でたびたびそれを指摘されることがあって、ひどく落ち込んでしまい、数日間無断欠勤をしてしまったらしいんだ。そしたらその後、すぐに経理部の一平社員に異動させらせてしまった。それでも半年ほどは出社していたが、その後、病気を理由に出社しなくなった。うつ病だったんだ」

「その部長は、今でものうのうと部長やってるの?」

と聞いた惣野の声は、少し震えていた。

「ああ、相変わらず、後任の課長にパワハラしてるよ」

「まだ子供は、高校生と中学生だっぺ?」

と田口君が訊いた。

「うん、さっき挨拶してたでしょ。まだ育ちざかりなんだけどね」

「てことは、パワハラが原因でうつ病になり、亡くなってしまったんだから、労災だよね?」

と僕が訊くと、海老原君は言った。

「それが、会社としては、パワハラは認めてないんだ。会社を休んで半年くらい経つけど、その間は、健康保険で賄っていたらしい。社長は、とにかく体面を保ちたいタイプの輩だから。労災を認めると、会社の評判を落とすことになるから、絶対に認めないよ。同じように、うつ病になったり、突然死したりした人は、社内で何人もいるけど、一人として労災扱いされた人はいないんだ。会社のお抱え弁護士が、うまく処理をしてるらしいよ」

僕はその時、遠くにいる、鈴木君の奥さんを見ないわけにはいかなかった。確か彼女は、鈴木君と大学の同級生のはず。彼女の思いを想像すると、背中が寒くなった。


「許さない」

と、震える声で惣野が言った。みんなが一斉に惣野の顔を見た。


「私の同級生を死なせた、その部長、社長、会社、弁護士、絶対許さない。奥さんの前で土下座して謝るまで、とことん追い詰めてやる!」

そう言った惣野の顔は、般若を通り越して、もはや仁王像の顔そのものだった。



                                 ー終ー






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黒い海を泳ぎ切れ 保地一 @wbnn247

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