第17話 狐川の話
めぐみは、ワゴン車の後ろの方に座り、泣いた後なのだろう、目を赤くはらしていた。
「めぐみ!」
と僕が言うと、
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
と言って、顔を手で覆った。
僕はめぐみの隣に座り、体を抱いた。めぐみは、僕の体にしがみついて、声を上げて泣き始めた。
「よがったよがった」
と、田口君が言った。
「大山には、以前から不信感を抱いてました」
と、タオルで濡れた体をふきながら、狐川が語り始めた。
「私は、大山の身の回りの世話をするようになってから、5年ほどになります。最初のころは、教祖の身の回りの世話ができるという喜びでいっぱいでした。
しかし、次第に、彼には表の顔と裏の顔があることに気が付きました。
表では、自分は橋渡し役、皆さんが幸せになるお手伝いをしているに過ぎないと、謙遜しているようなことを言ってますが、裏に回ると、自分のために周りが動いているのだ、という意識が強いのです。
だから、自分の思い通りに周りの人間が動くと機嫌がよく、思い通りにいかないと激怒することが度々ありました。
わたしも、ほめられたかと思うと、すぐ怒鳴られたりすることが、一日に何度もありました」
「なるほど。それは、人を手なずけるやり方の一つだね。自分の言った通りのことをやると褒め、やれないと強く叱る。叱られた方は、褒められたいから、その人の言うことを忠実に実行しようとする。そうして、次第に自我を無くしていく。新興宗教に限らず、マインドコントロールの一つのやり方だ」
田口君が口をはさむと、狐川は一つうなずいた。
「大山は、私に、薬品を用意させました。教団には、内々に「化学部」というのが組織されていて、闇ルートで薬品を調達して、飲んだら記憶をなくすことができる薬品を調合していたんです。
大山は、「イニシエーション」で、その薬品を使いました。
もちろん、完璧に記憶をなくすことは不可能です。だから、イニシエーションの内容を覚えている人はいました。そしてそれを知ると、大山は激怒しました。
やがて、結果がよくなってくると、すなわち、みんな内容をわすれていると、大山は機嫌がよくなりました。
そして、若い女性が教団に入ってくと、「イニシエーション」には、奥にベッドがある部屋を使うようになりました。
イニシエーションが終わると、部屋は、私がかたずけました。
そして、ベッドには、明らかに性交渉の跡が見られました。
大山は、性交渉の記憶をなくさせるために、薬品を使っていたのです」
「それは、何回も行われていたんですか?」
と僕が訊いた。
「私が担当した限り、6回はありました」
泣いているめぐみが、洟をすすった。
「そして、今回も、ベッドのある部屋に、薬品を用意するように、という指示でした。
私は、もうこれ以上できないと思い、めぐみさんに、すべてを話しました」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
とまためぐみが言った。
「いいんだ、大丈夫。もう終わったよ」
と言いながら、僕は考えた。
どうして、こういう場合に、謝るのはいつも被害者なのだろう、と。
大山を連れてきて、土下座させなければならない。テレビドラマの『半沢直樹』
の、あの登場人物のように。
「そして私は、インターネットで、『カルト対策室』の存在を知り、連絡しました。今日、4人ほど紛れ込んでいたはずです」
「おいらにも、その連中から連絡があったんで、狐川さんが味方に加わったのがわかったんだ」
「なるほど、そうだったんだ」
その時、警察車両が3台、入り口の門から、警報を鳴らし、パトランプを回しながら入ってきた。
その日、僕たちは、一人ひとり、暗くなるまで、警察の施設で取り調べを受けた。
夜になって、めぐみを連れてアパートへ帰ると、待ちかねていたかのように、カフカが玄関で出迎えてくれた。久しぶりにカフカの「なあ」という鳴き声を聞いためぐみは、カフカを抱き上げて頬ずりをした。カフカがめぐみの目から流れる涙を、ひたすら舐めていた。その時の、めぐみの笑顔を、僕は一生忘れないよう心に刻み込んだ。
その後、数日間、僕たちは警察に呼ばれて、事情聴取を受けた。
銃刀法違反の案件なので、警察も念入りに調べないわけにはいかないのだろう。
そしてその後、しばらく僕は、新聞や週刊誌を丹念に読んだ。
熊野が持っていた拳銃は、暴力団から密売されたものだった。教祖大山が暴漢に襲われたりしたときなど、大山を守るために、3丁ほど購入されていたらしい。
大山の、レイプ訴訟は、狐川の証言もあり、大幅に進んだ。2人の被害者が名乗りを上げ、法廷闘争になっている。
教団は、解散命令こそ受けてないが、信者は大半が離れてしまい、事実上の解散状態になった。
とある週刊誌に、あの『貉の館』(後で調べたら、「むじなのやかた」と読むらしい)の占い師で、『未来の世界』の相談役だった、葉山みどりという人のコメントが出ていた。
「大山は、一度地獄に落ちて、修行しなおした方がいい」
と、彼女は言っていた。さすがは相談役だ。
教祖自らが地獄に落ちたら、いったい誰が助けてくれるのだろう?
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