2.司のホワイトデー

「司くん、今先月のバレンタインの話してた」

「ちょ、あっさり言わないでくれる?」

「なんで? 司くんにあげたのはクッキーだったって聞いてない?」


 クッキー?

 また斜め上来たな。

 本人たちがクッキーを好まないことと、割と基本を踏まえつつプレゼントしたいタイプだからチョコには違いないとは思っていたけど……


 今年のバレンタインは休日だったため、そんな話をすることもなかった。


「クッキーとか、イメージなかったんですけど珍しくない?ですか、司さん」


 何が珍しいのかというほど一緒に時間を過ごしていないので、疑問形になるオレ。


「珍しいだろ。しかも手作り」

「手作り!!?」

「確かにお菓子作りというキャラではないのは自覚してるよ。ただ……動画見てたら異様に作りたくなったんだ」


 なんだ、ただの衝動的なモノづくり作業の延長か。それならわかる。


「クッキー缶の作り方がやたらと心に刺さるデザイン性で」

「またデザインにやられたのか。オレ、お前の行動理由が何かわかってきた」

「作ってみたいと思ったら作ってみたいんだよ。森ちゃんにURL流したら今年はこれにしようという話になり」


 欲しい、ではなくおいしそう、でもなく「自分にも作れるだろうか」になるあたり、安定ではあると思う。


「びっくりするでしょ?」


 安定の、サプライズも超重視。


「びっくりした」

「司さん……」

「まさか二人から手作りのクッキーが、しかもバレンタインに贈られるとは思ってなかったんだ。たぶん、もう二度とない」


 そうですね。通常、そういう女子力高そうなことは世界が滅亡しても興味なさそうですしね。そこは興味だから二度とないのか。


「二度やるのは二番煎じでつまらないからしない。しかも意外とうまくできた」


 こいつのことだから、意外とっていうかびっくりするくらいうまくできたのではと思う。そこはきっと「できた」んじゃない。たぶん「できるまで」やったというべきか。


 森さんと二人して。


 サプライズのためなら己の身を切る努力を厭わない人たちだ。


「でもふたりからクッキー缶とか……多くないですか」

「詰所に持ち込んで地味に補給してた。あと周りに気づかれたら一瞬にして減った」


 人数多い上に全員男だからな。

 気づかれたら終わり、みたいなのは想像できる。


「何かもうそれはそれでおなかいっぱいな話だよ。司さんはそんな手の込んだものをもらってまさか自分も手作りで返そうとか」

「違う。悩んでいる話というなら全然違う」


 そういえば宿題って言ってたっけ。何かを課されたってことだったか。

 あやうく流れかけそうなところでオレは当初の疑問を思い出した。


「悩んでる? ……司くん、本気であれ書こうとしてる?」

「いや、そういわれると恥ずかしいんだが、本気というかそれ以前の問題」


 書く?


「L◎FTでみつけたの、相手の好きなところを100個書くカード帳」

「100個!! サイコだよそれ!」

「私もそう思う。100個も好きなとこ書かれて送られたらドン引きする」


 忍のフラットな口調でオレはなぜか「お付き合い時に盛り上がるカップルほど破局する確率が高い」という世論を思い出した。


「忍にとってはネタなんだな。でもそんなもの課したら司さんにとっては苦行以外の何者でもないだろ?」


 司さんは、安定性が高いだろう人だ。たぶん、そういうものをうっかり熱意を込めては渡さない。


「苦行だよね。だから私と森ちゃんはふたりでそれをコンプして司くんにおまけにあげた」


 コンプとか。

 この二人にとってはブレインストームでしかないのか。

 多分、ネタ系のミニゲームみつけたからやってみよう、ついでだから成果物で司さんを驚かせようという行動理念が働いている。


「じゃああれ、って」

「100個好きなところを書くサイコなアイテムの横に、15個質問に答えるカードがあり」

「数が減ったところで苦行だろ。質問なのか。好きなところ書くとかじゃなくて」

「『一番笑った出来事』とか『付き合い始めた時の思い出は』とかあった」



 付き合いは始まってもいないだろうが、ふたりとも。



「そもそもカップル前提のカードだから、答えられないものも多いんだ。忍、どうしたらいい」

「誰がカップル前提で答えてって言った? 付き合い始めた思い出なんてふつうに今のお付き合いが始まった時の思い出でよくない?」


 司さんはそれを言われて、はたとなった。

 そうだな、そもそも質問がそんなのばっかりなら前提がそっちに行っちゃうよな。

 森さんなんて生まれた時からの付き合いだからそれはそれで何を書くんだろうと思ってしまうけど。


「ちゃんと解釈次第で全部答えられる質問なことは確認した上で謹呈したんだよ。別に苦行を課したいわけじゃないし渡すまでが私と森ちゃんの仕事だから、無理に返さなくてもいいんだよ」


 そうだな。よく考えたら忍も森さんも相手に自分の感情をごり押ししたいタイプじゃないから……


 っていうか、渡すまでが仕事って。


 結局ネタなのか。



「でも司くんが返してくれるっていうなら今度遊びに行ったときみんなで考えようか」

「そこは俺の意思を大事にしてくれなくていいんだぞ」


 むしろ返さなくていいといった時点ですべて解決だったわけだが、新たな段階に突入したようだ。

 まぁ出会ってからの思い出なら三人で楽しく話すこともできるだろう。


 何か恥ずかしくなりそうな質問もありそうだけどな。


「3月って2月と同じカレンダーだよな」

「秋葉も一緒する?」

「オレは無理だ。月曜に何かお返し渡すから。司さんも森さんに渡してもらっていいですか?」

「あぁ、わかった」


 ネタにはネタで返してもいいんだろうか。

 今年のバレンタインも、ホワイトデーも、休みで良かった。


 白上家ではほのぼのした休日が繰り広げられることを願いながら。






***

 去年のホワイトデーも休日だったから、このカレンダー配置はありえないと最後のほうで気づきました。

 でもせかぼくの世界はサザエさんワールドだから! 季節何周しても一年だから!


 なおこの話に出てくるチョコやカード、クッキー缶はすべて実在するものであり、LOFTでの話も含めて半分くらいはフィクションです。


季節話は、自分の(楽しみの)ために書いてます。

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終わる世界と狭間の僕らー季節短編集 梓馬みやこ @miyako_azuma

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