8話 都合のいい現実
あれから四日経った。ちょうどサヤと出会ってから一ヶ月。
懲りずに僕はサヤの居るはずの海岸へ毎日顔を出していた。
バイトの時間ギリギリか、日が沈むまで一人で浜辺に座る。
そんな繰り返しが続いていた。
あのデートの日以来、サヤは僕の前に姿を現さなくなっていた。
間の悪いことに、真夜さんも出張で居ないらしい。サヤの居場所を知る人は、誰もいない。
ただ彼女が僕を避けているのなら、それでもいい。彼女を待たせる事にならなければ。
空を見上げると、黒い雲が厚く海岸を覆っていた。
普段の約束通りなら、雨の日にサヤは出てこない。それでも僕はただじっと座っていた。
雨の日にロクな思い出はない。小さい時に滑って転んで病院の世話になったのも雨。
中学一年の時に小夜と大喧嘩して、かばんに入れていたクッキーの紙袋が濡れてダメになったのも雨。
フェリーで島に戻って来て、小夜が病室で冷たくなっていたのも雨。
そう、僕は小夜の死に目に会えなかった。
ちょっとした用事で、帰ったら久々に海岸で散歩しようと約束した日。
容態が急変したと、後に医者の先生は言っていた。
お土産に買ってきた23.5センチの緑のビーチサンダルは、火葬場の煙になった。
体温が下がっていく。15時まであと2分。少し寒いがこんなものか。
傘を持ってくればよかったか。天気予報もたまには外れるな。
立ち上がってビニールシートに溜まった雨水を払うと、声が聴こえた。
「ねぇ、そんな所に居たら風邪引くよ」
サヤだった。赤い傘の内側に溜まった海水と雨水を払う。
ポンと傘を開いて、波打ち際で僕の横に座った。
「今日は休みじゃなかったのか」
「ホントはキミがアタシに飽きるまでおやすみのつもりだったの」
「悪いな。僕は暇人だから」
「ほんと、キミって暇だし、ちょっとヤバいよね」
傘も差さずに海辺でぼーっと女の子待ってるとかありえないでしょ
サヤは笑っていた。上半身にラッシュガードを着ていて、肩が触れても
気にせずに僕に体重を預けた。
「ごめんね。黙っていなくなって、怒った?」
「怒る奴がこんな暇な事しないさ。ああ、でも……夢でヤキモチ焼かれた。」
「最低。そんな話をアタシの前でする?」
「見損なったか?」半分冗談で、半分本気だった。
「別にー。最初からキミの評価は低いし」わざとらしく口をとがらせる。
「アタシの遊び場で勝手に溺れるし、勝手に名前つけるし、勝手に他の女の子と重ねるし。
勝手にデートに誘って勝手に写真撮ろうとするし、それに……」
「会いたくもないのに勝手に待ってるもんな」
「ほんとだよ。ストーカーじゃん」
「じゃあ、条例で捕まる前に退散しますかね。人魚が風邪引くかは知らないけど、寒いからそっちもそろそろ帰りなよ」
そう言って立ち上がる僕の裾を、サヤがくいと引いた。
「どうした、なにか忘れ物でも……」僕の唇を、彼女の唇が塞いだ。
冷たいのに温かくて柔らかいなと思っていると、唇が離れた。
「はい、忘れ物終わり。そのまま熱出して風邪引いちゃえ」
僕に傘を押し付けて、いつもより数段早くサヤは海に飛び込んだ。
その姿を、僕はぼんやりと眺めていた。
人魚姫の夢 @chun4970
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