7話 都合のいい夢

『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板は、少し赤錆びてペンキが剥げている。

看板の根本に落ちた塗料が、細かい砂にちぐはぐに色を混ぜる。

ざく、ざく、と音を鳴らして僕のスニーカーが色付きの砂に足跡を着けた。

右手を包むやわらかい指先と、ほんの少し当たる安っぽい金属の感触。

「今日も着けてくれてたんだ」

音は帰って来ない。視線を右手から上に向けると、小夜の微笑みが僕を待っていた。

切りそろえたばかりの小夜の茶色い髪の一本一本が、潮風に舞って踊る。

緑色のビーチサンダルは僕より一回り小さく、狭い足跡をつないだ手の長さの幅だけ並べていく。


(都合の良い夢だ)『僕』はそれを感じ取りながら、夢に浸り続けていた。


ゴミもない、手にしたらサラサラと崩れる白い砂と、静かに打ち寄せる波の泡だけが、僕ら二人を待っている。

近所の雑貨屋で買った三色のビニールシートを広げる。反対側は小夜が持ってくれた。

『ダサいね、これ』彼女ははにかみながら口と手の動きでそう告げる。

「やっぱり、ダサいよな」僕も口と手で返す。


文句を言いながらビニールシートに座る。小夜は僕の肩にもたれかかった。

髪の匂いと、ノースリーブの服から出た腕の柔らかさと体温。

(やっぱり都合がいい)『現実』の小夜とだったら、こんな近さは恥ずかしさで耐えきれなかった。

体感したことのない妄想のリアリティに、『僕』は苦笑した。

……いや、違う。これはサヤの感触だ。


スキンシップが激しいサヤから、小夜を妄想してるだけだ。


ふと小夜を見ると、足元からビーチサンダルが落ち、ぬめりのある尾びれと鱗が現れた。


『人魚姫みたいでしょ?』夢の小夜は屈託なく笑う。いつの間にか声も聞こえる。


「人魚姫はノースリーブを上に着ないだろ」

「なぁに?貝殻ビキニの方がよかった?それとも原作みたいに全部とってあげようか」

と、蠱惑的な笑みを浮かべてすり寄ってくる。


自分の妄想の情けなさとくだらなさに、すり寄った彼女を突き飛ばした

「やめろよ。そういうの」

『昔からずるいよね。そういうとこ』

声が止まり、指で僕をなじった。

「うるさい」

『スケベなとこ、見せずにかっこつけてた』

「うるさい」

『私が病気だから、遠慮してたの?』

「黙れ」

最悪な夢だ、あの婆さんのせいだ。

『ごまかさないで』

彼女は表情を変えず、僕に言葉を突きつけてくる。

「悪いか。小夜で致したって僕の勝手だろ」

『うわ、気持ち悪い』

「なら僕の前から消えればいいだろ。もうやめろ」

僕をこれ以上辱めないでくれ、夢でくらい夢をみさせてくれ

いつの間にか、小夜がずっと指で話していることも忘れ、怒鳴ってしまっていた。

『よかった』

「……なにがよかったんだよ」

夢に訪ねてどうするんだ

『私のこと、大事にしてくれてたんだ』

「当たり前だろ」

そうじゃなきゃ、こんな夢なんか見ない。

『でも、もうちょっとくっつきたかったな』

「……ごめん。」

なんで謝ってるんだ 僕は

『サヤが羨ましい』

夢でしか、私はもう会えないもの 

「どういうことだよ」

手を伸ばしたときには、夢から覚めていた。


明かりがつけっぱなしの部屋、乱雑な折りたたみベッド。

時計は5時43分。

「おはよう。昨日は最悪だった」

写真立ての小夜に話しかけて、僕は起き上がった


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