6話 都合のいい話
「……ありがとうございました」
水族館の職員の人が借りた車椅子を引き取ってくれた。
真夜さんは不在だった。ちょうどよかったかもしれない。
あの後、どちらとも無く気まずくなって、そのまま写真は撮らずにサヤを海まで送った。
バイトも休みなせいで、今日は何もすることがない。つくづく最近はサヤ中心に生活が回っていたなと思い知らされた。
ぼんやり家へと帰る途中に、霊園が目についた。サヤに会ってからまだ墓参りをしてなかった事を思い出した。
家から道具を持ち出し、適当に店で線香と花を買い、霊園に戻ってきた。
自分の家の墓参りを簡単に済ませる。おじさんがマメに掃除してくれてるおかげで、墓は新品同然だった。物心付く前に会っただけの両親に挨拶をして、数歩歩く。
小夜の墓の前に立つ。いつもどおりに手順をこなす。あの日以来、毎月の習慣になっていた。線香の煙が立ち上り、墓の前の花が2つになった。
「あれまぁ、ボンじゃないの。こんな半端な時間に墓参りかい」
僕に声をかけてきたのは、小夜のお祖母さんだった。
アロハめいた服を来て、ビーチサンダルと麦わら帽子をかぶる姿は、遠目からでも目立った。
「ええ、ちょっと」
「ほうかい。……おや、死人の顔が抜けたねぇ」
「わかりますか」
「何年ボンを見てきたと思ってるの。おばあちゃんも安心したよ」
小さなころからこの人にはかなわない。余計な隠し事も知らないはずなのにバレてしまう。妙な人だ。
「でも、恋の顔をしてるね。ボンが中学生ぐらいの時そんな顔してたよ」と、からかうように笑う。
「そうですか。……真夜さんからなんか聞きましたか」
「聞いた。色々聞いた。人魚にモテるなんてボンも色男になったね」
「その言い方はセクハラですよ」
「おお怖い怖い。……で、小夜に遠慮してんのかい」
「それもありますけど。……なんで、小夜の顔して出てきたのかなって」
「昔から、そういうものだよ。学校でも習ったろ」
そういえば、社会だか道徳だったか、地元の民話の話をされた気がする。
人魚が妻を失って孤独に打ちひしがれた男の前に、妻の姿そっくりで現れた話。
最初は妻の姿をした人魚に戸惑った男だったが、少しずつその奔放さに心ひかれ、
人魚もまた男に心を通わせていく。二人は逢瀬を重ねて最終的に契りを結ぶが、人と人魚ゆえに共に暮らす事は叶わず、
人魚は、自分から男の子供を腹に宿したまま元の元を去る。
男は人魚から教えてもらった歌を毎夜歌うという終わり。
この島の人魚伝説は、細かい形は違えどだいたいこうだった。もっとも、後半の下りは
子供向けにぼかしてあったはずだ。その歌は今でも残っている。博物館にいけば
渋い節回しで館内にループ再生されているので嫌でも覚えられる。
「……でも、妙に都合のいい話ですよね」
「元々は男が溺れ死んで、数年後に人魚の子供だけが浜に残って終わるのさ」
「ああ、それならまだ腑に落ちます」
「もっとも、ボンは最初に溺れ死に損ねたし、その子を抱いてもない」
「本当にセクハラで訴えますよ」
デリカシーのかけらもない所がこの人の欠点だ。小夜にもこんな話を平然と振っていたんだろうか。
ボンも小夜も奥手だねぇ、とセクハラを重ねてきたので、帰ろうとした。
「……このお話、小夜は好きだったけどオチが嫌いでね。実は人魚は妻の生まれ変わりで、最後は
全てを思い出して二人で幸せに暮らしましたってオチに変えたんだよ」
「知ってますよ。その本、売れましたし。家にもあります」
「人魚なんてトンチキが目の前に居るんだ。ちょっとぐらい夢見てもいいんじゃないかい」
「……余計なお世話です」
そんな甘い夢など見られるか。そんなことしてもひょっとしたら病気が治るかもと思ったあの時の二の舞だ。
口には出さなかったけど、僕はおばあさんにそう言いたかった。
期待してる自分が最低だから。そんな夢はあの子の気持ちを踏みにじってるだけだから。
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