第19話「アンリエッタとカイルの会談」

 ──十数分前・城と帝国陣地の中間地点で──




「お待たせしたわね。バーゼル王国のカイル王子」

「お目にかかれて光栄だ。ドラゴリオット帝国のアンリエッタ皇女」


 城の外で、アンリエッタとカイルは向き合っていた。


 カイルの足元には、ザイザル子爵の姿がある。

 青ざめた子爵は、身動きひとつしない。手足を縛られた上に、カイルの『麻痺点穴まひてんけつ』を受けているからだ。数時間は立ち上がれないだろう。


 会談の目的は、戦後の処理と、ザイザル子爵の扱いについて決めること。

 そのために2人は、互いに武器を持たずに、向かい合っているのだった。


「子爵を引き渡せと、そちらの兵が騒いでいたようだが」

「それはお詫びするわ」

「あれは姫の本意ではないと?」

「いいえ。帝国としては、子爵を引き渡して欲しいのだけれど」


 カイルに向かって、アンリエッタはうなずきかける。


「今回の件についてはドラゴリオット帝国が正式な謝罪を行い、被害を補償いたします。後ほど『諸国連合』にも使者を送り、この件について説明をいたしましょう。魔王討伐後の平和が、ゆらぐことのないように」

「……帝国の対応については了解した」


 カイルはうなずいた。


「問題はザイザル子爵分についてだ。引き渡せということは、こいつは帝国で処分するということか?」

「ええ。こちらで尋問して、その後に処分を決めることとなるでしょう。その際は、『諸国連合』の皆さまにもお知らせして、納得いくようにするつもりよ」


 アンリエッタは告げる。


「その者は腐っても帝国貴族ですからね。皇帝陛下は、ご自身で罰を下すことを望んでいるの。私としては……触れたくもないのだけれど」

「話はわかった」

「さすがカイル。話が早いわね」

「だが、姫の希望には添えない」

「ザイザル子爵はバーゼル王国に連れて行くということ?」

「こいつがまだ生きているのはそのためだ。俺としては、即座に処分してもよかったんだけどな」


 カイルが子爵を捕らえたとき、そのまま心臓に刃を突き立てても良かった。

 そうしなかったのは、公の場で責任を取らせる必要があったからだ。


「このフェニオット王国は諸国連合の一部だ。そこに侵攻したのだから、当然、諸国連合が子爵の扱いを決めるべきだろう」

「そのためにも、まずはバーゼル王国が子爵を預かるということね」

「構わないか?」

「あとで子爵を引き渡してもらえるなら」

「処分の結果を帝国に伝えることは約束する」

「わかりました。では、ここに兵を駐屯させて待ちましょう」

「それを許可するかどうかはフェニオット王国次第だ」

「いいわよ。その結論も待ちましょう」

「だが、陣地が城に近すぎる。もう少し離れてくれ」

「私は皇帝陛下に子爵を連行するように言われているの。子爵を放置するわけにはいかないわ」

「平行線だな」

「そうね」

「…………」

「…………」


 しばらく、沈黙が続いた。

 カイルとアンリエッタは身動きひとつしない。


 見守る兵士たちの間に緊張が走る。

 彼らも、カイルとアンリエッタが魔王を討伐した英雄だということを知っている。

 その後でたもとを分かち、互いの国に帰ったことも。


 そのふたりが、互いの国の代表として向かい合っているのだ。

 ただでは済まない。


 ふたりの間で怯えるザイザル子爵を見て、兵士たちは思う。

 自分たちはあの場所にいなくて幸せだ、と。 


「……ひとつ、聞いてもいいか」


 不意に、カイルが口を開いた。

 アンリエッタの背筋が、びくり、と震える。


(兵士たちの主観で)カイルの間合いを警戒するかのように、一歩引く。


「いいわ。言ってみなさい」

「元気か」

「どういう意味?」

「言葉通りの意味だが」

「……元気よ」

「そうか」


 話が途切れた。


「悪い。聞き直してもいいか」

「どうぞ」

「さっきの質問はシンプルすぎた。あれじゃ話が続かない」


 カイルは少し考えてから、


「俺たちが魔王討伐に出掛けてから数年。その間に、ドラゴリオット帝国の宮廷での勢力図も変わっているはず。アンリエッタ姫に敵対する勢力もいるのではないか……という話だ」

「いいわ。それなら話題が続きそうね」

「だろう?」

「それに対する私の回答は……おっと」


 アンリエッタは口元を押さえて、


「さすがはカイルね。この機会に探りを入れてくるとは」

「仲間を気に掛けるのは当然だろう?」

「ありがとう。けれど、他国の王子であるあなたに、帝国の状況を教えるわけにはいかないの」

「そうか」

「そうよ」

「…………」

「…………」


 カイルとアンリエッタは無言のまま視線を逸らした。


 ふたりの頭の中には、こんな言葉が響いていた。



(……駄目だ。どうしてもアンリエッタに視線を奪われてしまう)

(……駄目よ。じっと見つめていたら、カイルに想いを気づかれてしまうわ)



 不思議だった。

 ふたりは、相手から視線を外すことができなくなっていたのだ。


 魔王を討伐する旅の間、ふたりは共通の目的を見ていた。

 星をたよりに旅をするように、魔王討伐という目的を見つめて旅をしていた。

 それが終わったあとは、互いにスローライフをさせるという目的のために別れた。


 ミンゼンの町で再会したときはお忍びだった。

 ふたりとも、レストラン街と料理のことで頭がいっぱいだった。


 だが、今のカイルとアンリエッタは正体をさらして、正面から向かい合っている。

 こうしていると、自分の中にある気持ちが、はっきりとわかってしまうのだ。


 ──近づきたい。

 ──触れたい。

 ──側にいたい。


 だが、その想いに気づかれるわけにはいかない。


( ( (アンリエッタ) (カイル) には、引退してのんびり暮らしてもらう!!) )


 その目的のために、ふたりは必死に自分を抑えていた。

 そして、それを見ている兵士たちは──



「……これが、達人同士の立ち会いか……」

「……聞いたことがある。達人は、相手の視線から動きを読むことができると」

「……姫さまも、カイル=バーゼルも、そうしているということか」



 ──大盛り上がりだった。


 それとは対象的に、アンリエッタは緊張しっぱなしだった。

 必死にカイルから視線を引き剥がそうとするけれど、身体が言うことを聞かない。


(だめよ。こんなに見つめていたら、私がカイルを大好きだって気づかれちゃう)


 それだけは避けなければいけない。


 カイルのことだ。アンリエッタがカイルを好きだと気づいたら──彼女が女帝になりたい理由だって察してしまう。今でもほとんど察してるような気がするけれど、確定させるわけにはいかない。

 そうしたらカイルは、本気でアンリエッタを止めに来る。


(……私は、カイルに嫌われるくらいがちょうどいいの)


 だから、パーティ解散のときに、あんな言い方をしたのだ。


 前日は寝る間も惜しんでセリフの練習をしていた。

 聖剣で魔王に切りつけるたびに、小声で「カイル、パーティから出て行って」とつぶやいていたのだ。ダメージを与えるたびに魔王が叫んでいなければ、とっくにカイルに気づかれていただろう。

 悪名高い魔王だが、アンリエッタの恥ずかしいセリフをかき消してくれたことには感謝している。


 アンリエッタの目的は、どんな手段を使っても、カイルを幸せにすること。

 それを、止めるわけにはいかないのだ。


(カイルを見つめていたら想いに気づかれる……だったら、どうでもいいものを見つめるしかないわね)



 ぎぃんっ!



 アンリエッタはザイザル子爵をにらみ付けた。


「ひぃぃぃぃっ!?」


 突然襲って来た殺気に、ザイザル子爵が悲鳴を上げる。


 アンリエッタはカイルを見つめないように必死だった。唇をかみしめ、拳を握り、ときめきに気づかれないように胸を押さえている。彼女にとっては自分自身の恋心こそが強敵だった。それと必死に戦うあまり、身体から殺気があふれだす。


 殺気はそのままザイザル子爵を直撃して──


「あばばばばばばばばばばばばばばっ!?」


 本能的な恐怖に打たれたザイザル子爵は、喉を反らして悲鳴をあげる。


 だが、カイルはそれに気づかない。

 というか、彼も必死だった。

 必死に『動揺を抑えるツボ』を押しているのに、少しも落ち着かない。

 アンリエッタの姿を見て、ドキドキを抑えられなくなっていたのだ。


(……やはり、俺が交渉の場にでるべきじゃなかったか)


 カイルは不器用だ。

 気の利いたセリフを口にすることもできない。

 アサシンだからそれでいいと思っていたけれど──今はそれが悔しかった。


 アンリエッタが真剣な表情でうつむいているのに、彼女をなぐさめる言葉さえ浮かばない。


 アンリエッタは唇をかみしめながら、じっとザイザル子爵を見つめている。

 おそらくは帝国貴族の悪行に心を痛めているのだろう。


 アンリエッタは帝国の女帝となることを目指している。

 世界の行く末を案じるアンリエッタにとって、ザイザル子爵の所業は決して許せないことなのだろう。

 だから厳しい表情で、ザイザル子爵を見つめているのだ。


(……この帝国貴族が、アンリエッタを悲しませているのか)


 氷のような殺気を宿し、カイルはザイザル子爵を見据える。

 アサシンは滅多に殺気を発しない。敵に余計な情報を与えることになるからだ。

 だが、真に怒ったときは、凍てつくような殺気を発するのだ。

 それは受けた者の心身ともに凍り付かせるようなもので──


「ヒ、ヒィィィ。ヒィ──ッ」


 ザイザル子爵の息は絶え絶えになっていく。

 最強勇者と最強アサシンの殺気が渦巻く草原。


 そこはまさに、覚悟なきものの侵入を許さない死地だった。


「アンリエッタ姫」


 5分ほど「気の利いた言葉」を探していたカイルが、口を開いた。

 彼は目を細め、なるべくアンリエッタを見ないようにしながら、


「魔王討伐が終わった今、お前に剣は似合わない。ドレスを来て、舞踏会の相手を見つけるといい」

「……それはこちらのセリフよ」


 同じく視線を逸らしたまま、アンリエッタが応える。


「あなたこそ、バーゼル王国の王子として、け、け、結婚相手を見つけるべきじゃないの?」

「……それはできない相談だな」

「どうして?」

「俺は、アンリエッタ=ドラゴリオットが引退するまで、休むつもりがないからだ」


 カイルは、きっぱりと宣言した。


「お前は尊敬できる仲間であり、尊敬できるライバルでもある。お前なら帝国を大きく発展させることもできるだろう。だが──」

「それはバーゼル王国をはじめとする、諸国連合を圧迫することにもつながる、でしょ?」

「そうだ。だからお前が休まない限り、俺も休むわけにはいかないんだよ」

「私も、あなたと同じ気持ちよ」


 アンリエッタは言った。

 口に出してから、「誤解されるセリフだったかも」と思ったが、もう手遅れだ。

 高鳴る心臓を押さえながら、アンリエッタは続ける。


「あなたがバーゼル王国を繁栄に導けば、帝国にも影響が出るでしょう? 私はそれを防がなければいけないの」

「帝国に比べればバーゼル王国は小国だ」

「あなたがいるだけで、バーゼル王国は帝国に匹敵する力と強さ、それに魅力を備えているのよ」

「光栄だが。かいかぶりすぎだな」

「そう? あなたも狙っているのでしょう? 例の儀式・・・・を」


 アンリエッタは声を潜めて、告げた。

 カイルの表情は変わらない。けれど、否定もしない。


 アンリエッタはカイルを信じている。彼は嘘をつかない、と。

 魔王討伐の旅の間もそうだった。不利な状況でも、彼は事実のみを伝えてくれた。


 強力な魔将軍と戦い、ピンチになったときも「魔将軍の自爆魔法を受けたら全滅する。少なくともクレアとミレイナが死ぬ。その前に俺が奴の心臓を刺すから、アンリエッタは奴の気を引いてくれ」と、状況を正確に把握して、伝えてくれた。


 そうして彼は予告した通りに、魔将軍の心臓に剣を突き立てた。

 その前にアンリエッタが、魔将軍の両腕を切り飛ばしていたのだけれど。


「ということは、アンリエッタも俺と同じように、例の儀式を狙っているんだな」


 カイルは言った。

 アンリエッタは内心で手を叩いた。


(やはりカイルと私は、同じものを見ているのね!)


 なんだか、すごくうれしい。

 まるで一緒に買い物に行って、おそろいのアイテムを買ったような気分だ。


(……だから困るのだけれどね)


 大陸の王に選ばれるのはひとりだけ。

 アンリエッタが選ばれるか、カイルが選ばれるか。あるいはどちらも選ばれないか。

 これだけはカイルに譲るわけにはいかない。


「ええ、そうよ。私がスムーズに、ドラゴリオット帝国の次期皇帝になるために」

「そうか。俺もできるだけ早く、バーゼル王国の王になるつもりだ」

「お互い、譲れないものがあるということね」

「ああ」


 カイルとアンリエッタは同時にうなずいた。


「となると、ザイザル子爵の件は、ぶっちゃけどうでもいいな」

「どうでもいいわね」

「動乱を止めたことで成果は上げたからな」

「そうね。あとは帝国とバーゼル王国の高官に決めさせましょう」

「高官同士が話す機会を設けた方がいいな」

「それはこちらで準備するわ。会合と……動乱を素早く止めた記念にパーティを開くのはどうかしら」

「良案だな。さすがはアンリエッタ姫」

「これくらいカイルなら、すぐに思いついていたはずよ」


 言いながら、おずおずと手を差し出すアンリエッタ。

 緊張でその手がガタガタと震えていたけれど、カイルは気づかない。

 カイルも緊張でガタガタ震えていたからだ。


 やがて、ふたりは握手を交わす。


(……あまり長く握っていると、アンリエッタに変に思われるかもしれないからな。気配察知スキルを使って、アンリエッタが力をゆるめる気配がしたら俺も放そう)

(……あ、握手。二度目の握手……。だ、だめよアンリエッタ。カイルと握手できるからって、よろこんじゃだめ。カイルが手を放そうとしたら、すぐに放すの。わかってるわね?)


 そうして数分が経過して──



「──おい。皇女殿下とカイル=バーゼルは、握手をしたまま動かないんだが」

「──お互い、相手の隙を狙っているのかもしれない」

「──利き腕が自由になった瞬間に決着がつく、ということか?」

「──姫さまに加勢を──?」

「──だめだ。あの草原には殺気が満ちている。オレたち程度では近づけない……」



 帝国の兵士たちは握手を続けるアンリエッタとカイルを、じっと見守っていた。


(……と、どうする? こちらから手を放していいのか? こういうときはどうすれば──)

(……カ、カイルが近いわ。ど、どうしたらいいの。手を放したら……カイルに誤解されない? カイルには触れるのも嫌だと、私が思っているんだと勘違いを……ああ、でも、どうすれば……)


 ふたりが膠着状態こうちゃくじょうたいに入った、その時。



「「そこまで──────っ!!」」



 ミレイナとクレアが、二人の前に飛び出したのだった。






「それじゃ、ザイザル子爵の身柄は、一旦、帝国に──いや、アンリエッタに預ける」

「私の名誉にかけて、お預かりするわ。場所は帝国の国境近くでいいわね?」

「ああ。そこに『諸国連合』の高官たちが訪ねることになるだろう」

「その場で戦後交渉を行いましょう」

「承知した」

「のちほどカイルにも、招待状を出すわね」

「招待状?」

「あなたは私に、舞踏会でドレスを着るがいいと言ったでしょ? その言葉の通りにするだけよ」


 アンリエッタは不敵な笑みを浮かべた。


「ドラゴリオット帝国の国境近くで、ザイザル子爵の反乱を鎮圧した記念パーティを開くことといたします。『諸国連合』の高官たちも招待するわ。そこで互いの交流を深め、交渉がスムーズに行くようにしましょう」

「その後、ザイザル子爵の扱いを決めると?」

「察しがいいのね」

「わかった。姫の意向に従おう」


 カイルは、陸揚げされた魚のように震えるザイザル子爵から離れた。


「日時が決まったら教えてくれ。それまでに俺も身だしなみを整えておこう。今度こそ、高貴なる姫君の前に出られるように。あなたを間近で見ても、恥ずかしくないようにな」

「ええ、舞踏会で私が誰の手を取るか、楽しみにしているといいわ。カイル」


 そう言って二人は別れた。



「……コワイコワイ……コロシテ……ヒトオモイニ……コロシテ」



 のたうつザイザル子爵を残して。




 こうして、諸国連合への侵攻は、1名の精神を破壊して終わった。


 だが『聖別の儀』によって大陸の王になることを目指すカイルのアンリエッタは『地の繁栄』『人の支持』を得なければいけない。さもなければ神々からの『天の加護』は得られない。

 帝国で行われるパーティは、ふたりにとって好機となる。

 どちらが多く『人の支持』を獲得できるか。

 それはふたりが求める『地の繁栄』にも繋がるはずだ。


 こうしてカイルとアンリエッタは、新たな作戦を練り始めた。



 後に、『ザイザル子爵の動乱』は大陸の運命を決めた事件と呼ばれ、また『とある王たちの最初の共同作業』として語られることになるのだが──


 ──それはまだ、誰も知るよしもないことなのだった。




──────────────────


とりあえず、このお話はここまでです。

お付き合いいただき、ありがとうございました!

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