第18話「ミレイナとクレアの会談」

 ──ミレイナとクレアの会談 (ドラゴリオット帝国・陣地にて)──




「ひさしぶりね。クレアさん」

「ごぶさたしています。ミレイナさん」


 ここは、ドラゴリオット帝国の陣地に作られた天幕。

 テーブルを挟んで、ミレイナとクレアは向き合っていた。


「単刀直入に聞くけど」

「わたくしもミレイナさんにうかがいたいことがあります」


 ふたりは同時に口を開いた。


「カイルが」「アンリエッタ姫が」

「姫さまに」「カイルさまに」

「ベタれしてることを」「死ぬほど恋をされていることを」

「知ってた?」「ご存じでしたか?」


「「………………」」


 沈黙が落ちた。

 ミレイナとカイルはしばらく見つめ合い、それから──


「「はぁ………………」」


 とても長いため息をついた。


「やっぱり、アンリエッタ姫が『ドラゴリオット帝国が大陸を統べる』とか言い出したのは、世界を平和にしてカイルを楽にするため?」

「ミレイナさまも、姫さまから聞いていたのですか?」

「ううん。これ、カイルの想像」

「ドン引きするくらい察しがいいですね」

「それを止めるために、カイルは諸国連合の盟主を目指すつもりみたいよ?」

「やはりバーゼル王国のあとつぎとしては、帝国の大陸統一は許せませんか」

「ううん。アンリエッタ姫にスローライフをさせたいんだって」

「ドン引きする愛されてますね。姫さまは」

「姫さまの方はどうなの」

「わたくしも始終ドン引きしています」

「だよねぇ……」


「「………………はぁ」」


 再び、ため息をつくふたり。


「わたくしとしては、ミレイナさまはカイルさまのことをお好きなのだと思っていましたが」

「あたしの好きは姉としての好きだから」

「エルフは長命種ですからね」

「うん。あたしにとって、カイルはちっちゃな弟みたいなものよ」

「弟に恋愛感情は抱きませんか」

「あたしはちっちゃい子を、自分好みに育てるのが好きなの」

「ろくでもないことをカミングアウトしないでください」

「だから、カイルとアンリエッタ姫の子どもに期待してるんだよねー。カイルとアンリエッタ姫さまの能力を受け継いだ子どもを魔法王国に連れて行って、英才教育したら、どんな可愛い子が……」

「よだれよだれ」

「ハンカチありがと。クレアが変なこと言うから、話がそれたじゃない」

「わたくしのせいですか」

「とにかく、あたしはアンリエッタ姫の恋敵にはならないから。むしろ、さっさカイルとくっついて欲しいかな」

「わたしも同感ですが、いくつか問題があります」

「問題?」

「はい。重大な問題です」

「男女の恋愛以上に重大な問題なんてあるの?」

「アンリエッタ姫さまはドラゴリオット帝国の皇女です。そして、カイルさまはバーゼル王国の王子です」

「知ってる」

「しかも最強の勇者と、最強のアサシンです」

「知ってるってば。あたしたちも一緒に魔王と戦ったんだから」

「そのふたりが結婚するとします」

「させようよ。ラブラブあまあまな感じで」

「そうなったら、おふたりはどちらの国に住めばいいのでしょうか?」


 クレアは真剣な表情で、ミレイナに告げた。

 ミレイナの顔がひきつる。

 言葉の意味がわかったようだ。


「アンリエッタ姫が女帝を目指すなら、国を出るわけにはいかないよね。そうなると、カイルがドラゴリオット帝国へ、お婿さんに行くことになるのかな」

「最強の婿ですね」

「そうだね」

「最強のアサシンスキルであらゆる情報を集めることができて、誰にも気づかれずに城を出られます。数日で故郷に行って戻ってくることもできますね」

「バーゼル王国まで、カイルが全力を出せば4日ね」

「そんな危険人物、帝国の中枢に住まわせられると思いますか?」

「魔法王国だったら気にしないけどね。エルフはみんなのんきだから」

「ドラゴリオット帝国はそういうところ気を遣うんです」

「まぁ、大陸一の大国だからねぇ」


 ミレイナは腕組みをした。

 クレアの言うことはもっともだった。

 帝国に住んだカイルは、国内のあらゆる情報を手に入れることができるだろう。


 魔物であふれた魔王城に入り込んで、すべてのトラップを無力化した上に、待ち伏せしてた魔物にバックアタックをかけるアサシンを止められる者などいない。

 いるとしたらアンリエッタくらいだろう。


「でも、カイルはそんなことしないと思うけど」

「そんなことしなくても、できるでしょう?」

「……そうだけど」

「陛下も重臣も、そんな人が身近にいたら生活できませんよ。政治の話がダダ漏れになる恐怖でパニックになってしまいます」

「じゃあ、アンリエッタ姫がバーゼル王国にお嫁にくればいいんじゃない?」

「帝国最大の戦力が他国へ流出することになりますね」

「しょうがないよ。恋のためだもん」

「エルフはそういうところ、達観してますね……」

「あたしから見たら、立場に縛られている方が不思議だよ。人間は寿命が短いんだから、自分の気持ちに従った方がいいんじゃないの」

「それは同感ですけど」

「まぁ、カイルとアンリエッタ姫の子どもの面倒はあたしに任せて」

「結局それですか」

「将来を任せられる相手って貴重でしょ?」

「ミレイナさん、わたくし、ひとつ疑問があるんですけれど」

「なぁに、クレアさん」

「カイルさまって、子どもの作り方を知ってるんでしょうか?」

「……どうかな。アンリエッタ姫は?」

「あの方は、勇者としての教育しか受けてませんよ?」

「カイルだって、アサシンとしての訓練しかしてないと思う」

「ですよね」

「結局、くっついても、手を握るまでに数年かかると思うわ」

「前途多難ですねぇ」

「とにかく、あたしたちが協力するしかないんじゃない?」

「では、こまめに連絡を取り合うことにしましょう」

「そうね。カイルとアンリエッタ姫が会うときには、立ち会うってことで」

「あの2人を放っておくと、なにが起こるかわかりませんからねぇ」

「だよねぇ」



 だだだだだだだっ!



 不意に、天幕の外で足音がした。


「ご報告いたします! 大神殿神官クレアさま! 魔法王国第一王女ミレイナさま!」

「どうしました!?」「なにがあったの?」

「アンリエッタ姫さまと、バーゼル王国のカイルさまが会談に入られました!!」


 兵士が叫んだ。


「「な、なんで!? どうして!?」」

「帝国兵の一部が、『ザイザル子爵を引き渡せ』と、城に向かって叫んだのです。そうしたら……カイル=バーゼルさまが、子爵を連れて出てきまして……」

「いい機会じゃない? アンリエッタ姫とカイルで話し合った方がいいと思うし」

「そうでしょうか」

「そうだよ」

「最強同士が痴話ちわげんかしたら?」

「……するかなぁ」

「……どうでしょう」

「「…………」」


 クレアとミレイナは顔を見合わせた。


「わたしは姫さまのバックアップに入ります。ミレイナさまは」

「カイルが暴走しそうになったら、魔法で止めるね」

「攻撃魔法は使わないでくださいね」

「大丈夫。カイルならどうぜ避けるから」

「兵士に被害が出たらどうするのですか!? そしたら帝国とバーゼル王国が敵対することになりますよ!?」

「わかったわかった。気をつけるから安心して」


 そうしてクレアとミレイナは、天幕を飛び出したのだった。

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