第17話「勇者の出兵(アンリエッタ視点)」

 ──アンリエッタ視点──




「城門が開いているだと!?」

「はっ。城壁の上にも兵士はおりません」

「ザイザル子爵は用心深い。城の守りをおろそかにするとは思えぬが」


 ここは、ドラゴリオット帝国軍の陣地。

 偵察兵の報告を受けた将軍は、不思議そうに首をかしげた。


「罠かもしれぬ。偵察兵の数を増やし、周囲をよく観察するように」

「無駄よ。ザイザル子爵はすでに敗北しているわ」


 アンリエッタの声が響いた。


「おそらくはバーゼル王国の仕業でしょう。城門が開いているのは、我々と話がしたいというサインね」

「お待ち下さい、姫さま」

「どうしたの、クレア」

「ザイザル子爵がフェニオット王国に攻め込んでから、まだ数日。いくらなんでも早すぎます」

「バーゼル王国に、城に忍び込む達人がいたとしたら?」

「……まさか!?」

「バーゼル王国に、ほれぼれするほどの技術を持ち、黒髪をなびかせ、美しき黒い瞳で警備兵の弱点を見抜き、城に忍び込み、一瞬で子爵を無力化する最強にすばらしい達人がいたとしたら?」

「なんで言い直したんですか、姫さま」

「ザイザル子爵がどんな警備を敷いたとしても、彼の前では無力でしょう。おそらく、子爵はすでに捕まっているはず」

「なんと……」


 陣地がざわめきはじめる。

 将軍、武官、兵士たちも青ざめて、ひそひそと話し出す。


 子爵によるフェニオット王国への侵攻は、ドラゴリオット帝国が責任を取らなければいけない。

 そのために、アンリエッタ姫直々に軍を率いてきたのだ。


 だが、その前に子爵の身柄を押さえられてしまったら、帝国の面目は丸つぶれとなる。


 ザイザル子爵を帝国軍が捕らえ、断罪する。

 その上でフェニオット王国と、今回の件について交渉する。

 帝国が汚名を返上するには、それしかなかったというのに……。


「……ザイザル子爵は、なんという愚かなことを」

「まったくです! 殿下!!」

「あの者はフェニオット王国との交渉材料になるはずだったのに。彼の身体、資材、兵力、すべてが交渉の道具とするつもりだったのよ。スローライフするべき彼を働かせた罪を、その命で償わせるつもりが……」

「姫さま姫さま。本音本音」


 横で控えていたクレアが、アンリエッタの脇腹をつっついた。


「変なことを考えている場合じゃないですよ、姫様。子爵が捕らえられたのなら、捉えた者と交渉をしなければ」

「クレア、私はザイザル子爵の罪について考えているの。これは重要なことよ」

「いいんですか? 城ではカイルさまが待──」

「すぐに交渉の準備をしましょう」


 アンリエッタは迷いなく宣言した。


 決意に満ちたその姿に、兵士たちが歓喜の声を上げる。

 聖剣を手に、白銀の鎧をまとったアンリエッタは、彼らの英雄だ。

 その姫君が交渉の席につくというのなら、異論などあるはずがない。


「それで、どのように話を進めるおつもりなのですか、姫さま?」

「カイルの顔を見てから考えるわ」

「わかりました! まずわたしが使者に立ちます!」


 クレアは思わず叫んでいた。

 最強で不器用なふたりがぶつかったら……なにが起こるかわからない。

 まずは、冷静な者を使者として送りこむべきだろう。


「カイルさまが来ているのなら、ミレイナさまもご一緒でしょう。まずは私がミレイナさまと話をしてみます。それでお互いの意思を確認するのがよいかと!」

「そうなの?」

「そうです! だから、姫さまはここで待機していてください!!」

「……わかったわ」


 アンリエッタはうなずいた。


「ただし、緊急事態になったら話は別よ。私でなければ対処できないことがあったら、動くから」

「もうそれでいいです」

「では、お願い。クレア」

「わかりました」


 そうしてクレアは使者として、カイルたちがいる城へと向かったのだった。

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