第16話「帝国貴族の陰謀」

 ──沿岸王国フェニオット 西方の城──




「ふはは。ついにこの地の制海権を手に入れる時が来た!!」


 ここはフェニオット王国、西方の城。

 最上階で海を眺めながら、ザイザル子爵は高笑いしていた。


「ふふ。我が軍略の冴えが、自分でも恐ろしい」


 魔王が討伐され、世界がお祭り騒ぎになっているこのタイミングで兵を動かすとは誰も思わない。当然、国々の警戒心も弱まる。

 ザイザル子爵は、その隙を突いたのだ。


 犠牲は最小限で済んだ。

 この城の城主が、民の犠牲を望まなかったからだ。

 城を守り切れないと判断した城主は、開城し、民を逃がすことを選んだのだ。


 おかげでザイザル子爵の軍は、あっさりと城を占領することができた。

 もちろん、フェニオット王国の兵士は全員、武装解除して牢に放り込んである。


「帝国も周辺諸国もすぐには動けまい。兵を出すまでに数ヶ月かかるはず。帝国には漁業権と港の利用権をちらつかせれば、時間稼ぎができるだろう。他の国々には、あくまで当方とフェニオット王国の問題であることを強調し、敵対する意思がないことを示す。そうして現状維持を続け、なし崩しに領土を我がものに──」

「子爵様! 緊急の報告です!!」


 不意に、部屋のドアがノックされた。


「偵察兵が情報を持ち帰りました。子爵さまに直接お伝えしたいと!!」

「わかった。入れ!!」


 部屋のドアが開き、鎧を着た兵士が駆け込んでくる。


「周辺の村からの情報です! 勇者アンリエッタ姫が兵と共に帝都を出発し、全速でこちらに向かっているそうであります!!」

「なにいいっ!?」

「ちなみに、それを報告しに来た兵士の正体はアサシンだ」

「なにいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 兵士がにやりと笑い──次の瞬間、その姿が消えた。


(な、何者だ!? どうやってこの城に──!?)


 そう思った瞬間、子爵の身体に鳥肌が立った。

 彼の首筋に、背後からダガーが突きつけられていたのだ。


「バーゼル王国の王子カイル=バーゼルだ。『諸国連合』を代表して、大陸の平和を乱す者を討伐に来た」

「──な!?」


 ザイザル子爵はドアの方を見た。

 ドアをノックしたはずの兵士は、床に倒れ伏している。あの兵士は子爵の腹心だ。さっき耳にしたのは、間違いなくあの兵士の声だった。

 だが、彼が裏切ることはあり得ない。

 一体なにが起こっているというのか……?


「腹話術と声真似だよ」


 背後から答えが返ってくる。


「魔物の鳴き真似をして、他の魔物を引き寄せるスキルだ。種族も身体のつくりも異なる生き物の声を真似るのに比べれば、人間の声を真似るなど簡単だ」

「あ、あ、あ、あ」

「貴様は勇者パーティを舐めすぎだ。アンリエッタが来たら、こんなものじゃ済まない。あいつの剣技を喰らえば、あんたは部屋ごと吹っ飛んでたぞ。良かったな。あの美貌びぼうの、光輝く姫君が相手じゃなくて」

「黙れ! この私が、薄汚い暗殺者などに!!」

「貴様こそ国を盗もうとした、薄汚いこそ泥だろうが」

「──ぐぬぬ」

「そんな者と話す口はない。アンリエッタが来るまで静かにしていろ」


 カイル=バーゼルの指が、ザイザル子爵の首筋を突いた。

 全身から力が抜けた子爵が、床に崩れ落ちる。


「……こ、こ、これ……は」

「アサシンスキルの『麻痺点穴まひてんけつ』──身体を麻痺まひさせるツボを突いた。魔王軍の上級幹部には通じないスキルだけどな。つまり、あんたは魔将軍の配下にも及ばないってことだ。そんなことで、よくアンリエッタにケンカを売る気になったな」

「……わ、私をどうする……つもり」

「あんたにはドラゴリオット帝国との交渉材料になってもらう。あの勇者を働かせた罪、その命であがなえ」


 冷えきった声を聞いたのを最後に、子爵の意識は闇に飲まれていった。





 ──十数分後──


「お疲れさま。カイル。早かったね」

「ミレイナが魔法で兵士の気を引いてくれたからだ。そっちは問題ないか」

「エルフにも、身を隠すための魔法はあるもん。大丈夫だよ」

「了解。では、兵士たちの制圧に行こう」


 子爵の部屋を出たカイルは、ミレイナと合流した。


 数日前、ザイザル子爵侵攻の報告を受けたカイルは、すぐに父王の許可を得て飛び出した。

 そうして、エルフのミレイナと共に、子爵に占領された城を目指した。


 ふたりきりの作戦になったのは、カイルとミレイナに追いつける兵士がいなかったからだ。

 子爵の私兵がうろつく城に潜入できるのも、カイルとミレイナしかいない。

 だからミレイナが魔法で兵士を引きつけ、その隙にカイルが城に潜入し、子爵を拘束することにしたのだった。


「帝国よりも先に処理できたな」

「フットワークが速いのは暗殺者の特技だからね」

「帝国としては、王女を単騎駆けさせるわけにはいかないだろうからな」

「護衛の騎兵を用意するには時間もかかるもんね」

「兵を率いて戦うアンリエッタも見てみたかったけどな」

「そういう私情を脇に置いて動けるのって、カイルの特技だよねぇ」


 ミレイナは肩をすくめた。

 そんな彼女に、カイルは軽く頭を下げて、


「ありがとうな。城の警備が薄かったのは、ミレイナの爆炎魔法のおかげだ」

「計画はカイルが城に向かってから20分後に、森で爆炎魔法を使う。それで兵士の気を引いて、その隙にカイルが城に入る……だよね?」

「あれ? 10分後じゃなかったか?」

「え?」

「え?」

「20分後だけど? あたし、時間通りに爆炎魔法使ったんだけど!?」

「その頃、俺は『無の境地』に入ってたな」

「五感を制限することでゾーンに入って、倍速で動けるようになるスキル?」

「ああ。だから爆炎魔法の音が聞こえなかった」

「じゃあ、あたしが空に向かって『煉獄爆炎れんごくばくえん』を放ったときはどこに?」

「とっくに子爵を締め上げてたな」

「あたしの魔力を返しなさい」


 じっとカイルを睨むミレイナ。

 すでに2人は、西の城を制圧しつつあった。


 城の中にいた兵士のほとんどは、縛られた子爵を見て武器を捨てた。

 だが──


「子爵さまを放せ! 侵入者め!」

「遅い」


 武器を振り上げた兵士の腕から、血が噴き出した。

 その脇を駆け抜けたカイルが、短剣を鞘に収める。一瞬遅れて、兵士が倒れる。


「動かない方がいいわよ。あなたたち全員、カイルの間合いに入ってるから」

「き、貴様は?」

「あたしはジーニアス魔法王国のミレイナ=ジーニアス。エルフの魔法使いよ。で、こっちはバーゼル王国のカイル=バーゼル。ふたりとも、魔王討伐を果たした勇者の仲間よ」


「「「────!?」」」


 カイルとミレイナの名を聞いて、兵士たちは一斉に武器を捨てた。

 相手はたった4人で魔王城に乗り込んだ英雄だ。勝てるわけがない。

 それに、子爵はすでにカイルたちに捕まっている。子爵が殺されたら、兵士たちには戦う理由がなくなる。

 すでに勝敗は決しているのだった。


「……エ、エルフ。初めて見た。なんと美しい」

「あら? ありがとう。見る目がある兵士さんもいるのね?」


 思わずミレイナが笑顔になる。

 魔法王国は、ここからはるか西方にあるという伝説の王国だ。

 そこに住まうエルフが、魔王討伐に力を貸しているという噂は、兵士たちも知っていた。


「ジーニアス魔法王国はバーゼル王国と盟約を結んでいるの。世界の脅威たる魔王を倒すまでの間、王の娘であるミレイナが協力するとね。もう魔王は倒しちゃったけど、家に帰るまでがクエストだから」

「エルフ……しかも、姫君が子爵の敵に……」

「ドラゴリオット帝国にはローゼッタ教会がついてるからね。公平を期すという意味で、『諸国連合』には魔法王国がついてるわけ。その流れで、子爵を捕まえに来たってわけ」


 ミレイナは杖を手に笑ってみせた。

 隣にいるカイルは無言。だが、隙のないその姿に、兵士たちの戦意は消えていく。

 カイルはただ、突っ立っているだけ。

 なのに斬り込む隙も、矢を打ち込む隙もない。


「武器を捨てた者から、塔の中に入れ。いいと言うまで出てくるな」

「「「──は、はい」」」


 カイルが宣言すると、兵士たちは直立不動で返事をした。

 カイルの言葉に救われたように、兵士たちが武器を投げ捨てる。

 そのまま彼らは、城壁の側にある見張り塔の中へ。


 彼らが全員中に入ったのを確認して、ミレイナが魔法で『氷の壁』を作り出し、塔の入り口と窓を塞ぐ。

 兵士たちの武装解除が完了し、カイルとミレイナは安堵の息をついた。


「それじゃ、俺は帝国からの客を出迎える準備をする」

「うん。じゃあ、あたしはカイルの身だしなみを整えてあげるね」

「何の話だ」

「夜に紛れるために顔に泥を塗ってるでしょ? そんな顔で姫さまに会うつもり?」

「……わかった。洗おう。俺はバーゼル王国の代表だからな」

「時間はあるわ。ゆっくり準備しましょうね。カイル」

「お姉さんかよ」

「エルフだもの。カイルよりはお姉さんよ」


 その後、ふたりは地下牢に閉じ込められていた王国兵たちを解放した。

 彼らには城の中で待機しているように告げて、カイルとミレイナは、客人を出迎える準備を始める。


 そして、しばらくすると帝国の方角から、騎兵たちがやってきたのだった。

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