第15話「動乱(アンリエッタ視点)」
──アンリエッタ視点──
「すぐに対処いたしましょう。父上」
帝都の宮殿には、大臣や将軍たちが集められていた。
彼らの顔を見ながら、アンリエッタは迷いなく宣言する。
すでに詳細な情報は入ってきている。
ドラグリオット帝国の貴族であるザイザル子爵が、沿岸王国フェニオットに攻め込み、城を占拠したのだ。
フェニオット王国は『諸国連合』の加盟国でもある。
また、南海に面していることから、バーゼル王国が南方の品々を仕入れる際の拠点ともなっている。
そこを占拠することは、バーゼル王国にとっての痛手となるのだった。
「落ち着くのだ。我が娘アンリエッタよ。まずは方針を決めねばならぬ」
皇帝は緊張した表情で告げた。
「ザイザル子爵がこのようなことをした理由だが……」
「それについては、近隣の貴族より報告が来ております」
大臣が羊皮紙を手に話し始める。
「ザイザル子爵は長年、沿岸王国フェニオットと漁業権のことで争っていたそうです。これまでは魔王軍を恐れて他国に兵を向けることができませんでしたが、魔王が消え、海の魔物も減りました。魔物対策を警戒する必要がなくなり、その分、兵力に余裕が出たのでしょう」
「だから実力行使に出たということか」
「はい。魔王が消えたことが、直接の原因かと」
「つまり、私に責任があるということですね?」
皇帝と大臣に向かって、アンリエッタは告げた。
「わかりました。私が兵を率いて、ザイザル子爵に罰を下します。では──」
「落ち着けアンリエッタ。これは高度に政治的な問題なのだ」
皇帝は声をあげた。
「魔王が消えた現在、ドラゴリオット帝国と諸国連合は大陸を二分している。今回の事件は、諸国連合の出方を探る好機でもあるのだ。ザイザル子爵の行いに対して、諸国連合が強攻策に出るのか、外交にて解決しようとするのか、それによってこちらの対応も変わってくるのだ」
「陛下のおっしゃりようはもっともかと」
群臣の中から、別の大臣が前に出た。
「まずはザイザル子爵に使者を送り、諸国連合からの撤退を要求するべきでしょう。同時に、諸国連合に使者を送り、これが子爵の独断であることを伝えます。こちらに敵対の意思がないことを示すのです。それによって帝国の面目は保たれましょう」
「自分も同じ意見です。まずはザイザル子爵の非を訴えるのが最優先でしょう」
「うかつに動いては、諸国連合につけ込まれる隙を──」
将軍、大臣が次々に声をあげる。
皇帝は彼らの言葉に対して、満足そうにうなずいている。
だが──
「それが勇者を送り出した帝国のすることか! 恥を知れ!!」
皇女アンリエッタは、叫んだ。
「魔王が消えた直後に、欲に任せた侵攻を行うなど言語道断! 帝国として問答無用で処断すべきであろう! それを……様子見などあり得ぬ!!」
「お、落ち着けアンリエッタ」
「父上こそ思い出してください。魔王が現れたときのことを。初期の魔王軍をあなどったことにより、いくつの国が滅ぼされ、どれほどの民が血を流したか、知らぬわけではないでしょう!?」
それは、アンリエッタが生まれる前のことだ。
突然、大陸の魔物たちが、組織立った動きをするようになったのだ。
その後、魔将軍を名乗る上位の魔物が現れ、彼らは『魔王』の名を口にするようになった。
だが、当時の皇帝や群臣は、対処しなかった。
魔物は群れをなすことはあっても、軍隊のように統率することは難しい。
そういう常識があったからだ。
帝国が対策を始めたのは、魔王が魔王軍の旗揚げを行ってからだ。
その頃には、すでに被害が出始めていた。
もっと早く対処していれば……その後悔は、今も皇帝と宰相の中に残っている。
アンリエッタの言葉は、そこを的確にえぐったのだ。
「そもそも諸国連合は、魔王退治の盟友、カイルとミレイナが住まう地である! その地に帝国の貴族が侵攻したなどと、死力を尽くして共に戦った盟友になんとわびればいいのか!?」
「……アンリエッタ」
「もしもこの件によって諸国連合にダメージを負わせることとなれば、私はすべてを投げ捨ててカイルに詫びねばなるまい! 父上が手をこまねいているとするなら、私は今すぐにカイルの元へと行くであろう!! それをお望みか、父上!!」
アンリエッタは──少しだけ頬を赤らめながら──胸を張って宣言した。
勇者である皇女の覚悟に、いならぶ群臣が「おぉ」とため息をつく。
ぽつりと「……本音が出てますよ」とつぶやくクレアには、誰も気づかない。
堂々と正論を語る、勇者アンリエッタ=ドラゴリオット。
その気迫に、玉座の間にいる者たちは圧倒されていた。
「……アンリエッタ……お前はなにを望む」
「兵を」
アンリエッタは短い答えを返す。
「私の指揮下に騎兵100名を。補給部隊は後からついてきてもらえば」
「……いや、すぐにそこまでの準備は」
「ならば私が単騎で──」
「わかった準備する!! 将軍!!」
「はっ!」
「騎兵を100。
「あ、あさって……い、いえ、明日の昼までに!」
「用意を頼む。それから、アンリエッタ」
国王は、長いため息をついてから、娘を見た。
「問答無用で攻め入るつもりではあるまいな」
「もちろんです。父上」
アンリエッタは床に膝をつき、答えた。
「目的はザイザル子爵に、帝国の覚悟を見せること。このアンリエッタを尖兵として、後に本隊が来る、そう思わせれば、子爵の戦意を削ぐことが叶いましょう」
「……その戦術、いつ学んだ」
「魔王討伐の旅の間には、魔王に与する貴族と出会うこともありましたから」
「ありましたね……配下に魔王の手下を従えて、反乱しようとしてた人」
アンリエッタの言葉を、クレアが引き継いだ。
「あたしとカイルさんが正体をあばいて、姫さまとミレイナさまがボコボコにしたんでしたよね」
「私の力など小さなものです」
アンリエッタはひざまずいたまま答えた。
「すべては盟友カイルの力。彼ならば、今回の反乱など簡単に
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