第14話「アサシンの思い出話(カイル視点)」

 ──カイルの話──



「──ということがあったんだ。アンリエッタは覚えてないだろうけどな」

「ほぇー。そんなことがあったんだね」


 ミレイナは驚いたように目を見開いた。


「びっくりしたよ。まさか子どもの頃、カイルがアンリエッタ姫さまを誘拐しようとしてたなんて」

「びっくりするのはいいけど、お茶、こぼれてるぞ」

「大丈夫。『耐熱魔力障壁』を張ってるから」

「お前の魔法の耐熱能力って、アンリエッタの10分の1じゃなかったか?」

「お茶の熱くらいは防げるよ」


 ミレイナは残り少なくなったお茶のカップをテーブルに置いた。


「でも、どうしてそのとき、カイルは姫さまを誘拐しようと思ったの?」

「暗殺者としての修業が嫌になったんだよ」


 カイルは吐き捨てた。


「うちの親父は基本的に『身体で覚えろ』ってタイプだったからな。自分の技術を教え込むのに、同等のアサシンを3人やとって、毎日集団で俺をボコってたんだ」

「……あー」

「3人は返り討ちにしてたけど、親父にはまだ敵わなかったんだ」

「8歳で上級アサシンを返り討ちにするカイルもすごいよね」

「そんな時に、勇者でお姫さまなアンリエッタがうちに訪ねてきたんだ。正直……やってられない、って思ったんだ」


 自分と同じ勇者なのに、きれいな服を着て、大勢の人にかしづかれて。

 怪我なんてしたこともなさそうな、きれいな肌で。

 まるでかわいそうなものでも見るように、自分を見ていた。


「……やってられない。一緒に魔王退治をやる立場なのに、どうしてこんなに差があるんだ。ぶっ殺すぞこいつ、って思ったんだよ。だから当時の俺は、アンリエッタを誘拐して、身代金を要求するつもりだったんだ」

「相当すさんでたんだね……カイル」

「うちの親父、メンタルケアなんて一切しなかったからな」

「それにしてはカイル、普通に育ったよね……」

「……あの姫さまのせいだ」


 あの朝。

 カイルはアサシンとしてのスキルをフル活用して、迎賓館に忍び込んだ。

 メイドや衛兵の声に聞き耳を立て、アンリエッタの部屋を探し出し、その窓を叩いた。

 そうして出てきたアンリエッタを見て──


「とりあえず『退屈でしょう。お姫さま。よければ町をご案内します』って言って、誘い出したんだ」

「姫さま、それに乗っちゃったんだ……」

「乗っちゃったんだよ。あいつは」


 カイルが善意で言っているのだと、疑いもしなかった。

 素直に寝間着を脱ぎ捨てて、カイルが用意した、ボロボロの普段着に着替えた。

 それからカイルの手を取って、一緒に、外へ。

 目覚めたばかりの町へと繰り出したのだ。


「知能犯だね。カイル」

「……あいつが人を信じすぎるんだよ」

「それで、誘拐をやめちゃったの?」

「…………ああ」


 カイルは苦いものを飲み込んだような顔で、うなずいた。


 誘拐作戦は、最初の5分で投げ捨てた。

 朝日に照らされた町の大通りを見て、「うわ、わー。すごい!」って、アンリエッタが目を輝かせた、その瞬間に。

 うっかり、きれいだって思ってしまったのがまずかった。

 その後、屋台に連れていったのも失敗だった。

 庶民が食べるような串焼きに迷いなくかぶりつき、ソースで顔をべたべたにするアンリエッタを見て、笑ってしまったのも最悪だった。

 笑われて頬をふくらませる彼女の顔を拭いてやって、その後、笑いかけられたらもう、駄目だった。


 誘拐作戦も、アンリエッタを人質にして逃げる作戦も放棄した。

 あとは小さな子ども同士で手を繋いで、笑いながら朝の市場を駆け回るだけだった。

 手を繋いで、走って、笑って。


 こづかい (スキルを多用して父親の懐から盗み出した)を使い切って、迎賓館に戻った。

 もちろん、無茶苦茶怒られた。

 アンリエッタとはそのまま別れた。見送りには、行かせてもらえなかった。


「とまぁ、それだけの話だ」

「なるほどね。姫さまがカイルを人間にしたんだねぇ」

「なにを言ってるんだミレイナ。俺は元々人間だぞ」

「あたしが言ってるのは中身の話だよ」

「自分の身体構造は認識している。俺の心臓、他の臓器、筋肉の配置、血管の位置はすべて人間と同じだ。そりゃ、たまに自分の意思で位置を変えられるけどな」

「まぁ。カイルはそれでいいんじゃないかな」


 相変わらずの親友を前に、ミレイナはうんうん、とうなずく。

 ずっと疑問だったのだ。

 アサシンとしての厳しい修行を経てきたカイルが、どうしてただの殺人機械にならなかったのか。

 なるほどわかった。

 ミレイナが出会う前に、アンリエッタはカイルを人間にしていたのだ。


「なるほどねぇ。これだけ根が深いと、素直にくっつけるのも大変だねぇ」

「──大変です! カイルさま! ミレイナさま!!」


 ミレイナがつぶやいたとき、ノックの音とともに、執事の声がした飛び込んできた。

 ドアを開けると、執事は荒い息をつきながら、


「ドラゴリオット帝国の貴族が、『諸国連合』に攻め込んできました! 場所はバーゼル王国の西! 沿岸王国フェニオット!! すでに王国の城が落とされ、占拠されたとのことです!!」


 ──緊急事態を告げたのだった。

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