第13話「勇者の思い出話(アンリエッタ視点)」
──アンリエッタの話──
勇者になんか生まれるんじゃなかった。
どうして母さまは、子どもが勇者になることを望んだのだろう。
赤ん坊のうちに私を殺してくれれば、こんな苦労はしなくてよかったのに。
……どうしたの、クレア。青い顔をして。
ああ、おどろいているのね。こんな話、したことなかったものね。
でもこれが、8歳の頃の私の本心。
勇者として生まれ、そのあとすぐに母さまを亡くした私。
父さまは、女の子の扱いなんか知らなかった。
血の繋がった兄さまや姉さまは、私のことを『母さまをうばった妹』として見た。
だから私は、小さい頃から修行にあけくれていた。
その方が楽だったから。
父さまは喜んでくれたし、兄さまたちも『魔王を倒す勇者』のために母さまを失ったなら、納得するしかなかったから。
もちろん、父さまは一流の先生をつけてくれた。
剣術の先生。戦術を教える将軍。魔法の先生。
私は、一生懸命に学んだ。そうすればほめてもらえたから。
できることが増えることは、楽しかったものね。
もちろん皇帝の娘という立場だから、大事にしてもらったわ。
剣術の先生は厳しかったけれど、私に怪我をさせないように気を遣っていた。
戦術の先生の将軍は、自分の孫みたいな相手に敬語を使っていたわ。
魔法の先生なんか、ことあるごとに「さすが勇者さま。すばらしい才能です」って言っていたもの。
勇者としての自覚は、あったと思う。
私が恵まれた生活をしているのは、魔王を倒すため。
ふかふかのベッドで眠れるのも、多くのメイドにかしづかれるのも、成長に必要な食べ物をちゃんと摂れるのも、ね。
でもね、私にはわからなかったの。
家族は、私に話しかけてもこない。
先生たちは、決まった時間に相手をしてくれるだけ。
メイドたちは私とは目を合わせようとしない。
私には守りたい人が、誰もいなかったの。
そんな時よ。私がバーゼル王国に行き、カイルと出会ったのは。
バーゼル王国は西方の異民族が作った国。
その民族は徒歩で山を越え、馬と並んで走れるほど動きが軽快なことで知られている。
でも、互いの習慣の違いから、ドラグリオット帝国とは付き合いが薄かった。
けれど、魔王の出現が彼らとの関係を変えたの。
帝国と王国は協力して、魔王を倒すためことにした。
そして王国は「勇者」である私──アンリエット=ドラグリオットと並び立つ人材を探していたの。私が王国に呼ばれたのは、その人材が見つかったことからよ。
そう。その人材が最強の暗殺者、カイル=バーゼルよ。
初めて出会ったときのことは、よく覚えているわ。
護衛に囲まれ、ドレス姿の私が王国の城に入ったとき──カイルは、土と血にまみれていた。
彼の回りには数人の教官がいた。
後で知ったことだけど、うち1人は、バーゼルの国王だったそうよ。
彼らはカイルを取り囲み、剣と棍棒で攻撃をしかけていた。
……ええ。わかっているわ。クレア。それが訓練だということは。
カイルは短剣で攻撃をさばきながら、反撃を繰り返していた。
すごいのよ。カイルったら。4人の教官に同時攻撃されながら、すべてかわして反撃していたのだから。昔からすごかったのね。彼は。
その動きは魔法のようだったわ。
無駄のない動き、というのでしょうね。
私にはそのときの彼が、美しい野生動物のように見えたの。
詳しく話すと、まず最初に一人目の教官の棒を避けて、相手の手首を短剣で斬りつけて、さらに2人目と3人目の攻撃を受け流して同士討ちを誘い、4人目のバーゼル国王の攻撃は──え? 話を進めて?
……そうね。カイルがすごいなんて、クレアは知っているものね。
そうして、カイルは華麗に3人の教官を打ち倒したけれど、4人目のバーゼル国王に倒されてしまったの。
8歳だものね。仕方ないわよね。
地面にうずくまるカイルに、バーゼル国王は「もっと修業しろ」と一言だけ告げて、それから、私たちに丁重に挨拶をしたの。そのとき、自己紹介と、カイルについて教えてくれたの。
彼が孤児だということと、私と並び立つ者といて、多数の子どもの中から選ばれた者だということを。
カイルは神ではなくて、人に選ばれた者。
でもね、クレア。人に選ばれた者が、神に選ばれた者より劣るわけじゃないのよ。
だって、そのとき、私はカイルをきれいだと思ったんだもの。
土にまみれて、じっと私を見ている彼を、美しいと。
皇帝の娘に生まれた私は、父上や先生たちに大事にされて育った。
でも、カイルは打ちのめされ、地にまみれても、それでも勇者としての役目を果たそうとしてる。
そんな彼を見て、私の不満なんか吹き飛んでしまったのよ。
はやく世界を平和にして、この人を解放してあげたい……そう思ったの。
……え?
それだけですか、って。
ううん。もちろん、この話には続きがあるの。
次の日の明け方。まだ暗い時間に、私はカイルと再会したの。
バーゼル王国の迎賓館で、慣れないベッドで寝付けずにいると……明け方、不意に窓を叩く音がして……窓を開けたらそこに、カイルがいたの。
「退屈でしょう。お姫さま。よければ町をご案内します」
彼はそう言って、私を町に連れ出してくれたのよ。
……素直に、すごい、って思ったの。
彼はすごい苦労をして、勇者になろうとしている。
なのに私がひとりぼっちだってことに気づいて、こうして町へ連れ出してくれてる。
もしかしたら彼は、こうしていつも、一人で町を歩いているのかもしれない。
守るべき世界……守るべき人、そういうものを実感するために。
その後のことは、よく覚えていないの。
楽しすぎたからね。きっと。
カイルと一緒に屋台を回って、露店をひやかして、そうして迎賓館に戻ったわ。
もちろん、すっごく怒られたけど。
でもね、私がカイルをかばったことに、みんなびっくりしてた。
私が誰かに関心を持つなんてこと、なかったから。
そのあとのことはクレアも知っている通りよ。
私は帝国に戻って、また、勇者としての修業をはじめた。
そうして13歳の誕生日に、3人パーティを組んで、魔王退治の旅をはじめて……3年かけて、魔王討伐を果たした。
わかったでしょ?
私が、カイルには幸せになって欲しいと思う理由が。
きっと……カイルは覚えていないでしょうね。
私には大事な思い出だけれど、カイルにとっては、なんでもないことだもの。
かごの鳥だった小さなお姫さまを、1日、連れ出してくれただけ。
でも、私はそれでいいの。
その思い出だけで、この世界のために女帝を目指すことができる。
……え? カイルは、本当に覚えていないのか、って?
それとなく聞いてみましょうか、って、やめなさい。
変な勘違いされたらどうするのよ。もう。
勘違いじゃない……って、はいはい。クレアが恋愛脳なのはわかりました。
カイルが覚えてるわけないじゃないの。もう。
彼はこれまで苦労した分だけ、幸せにならなきゃいけないんだから。
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