第12話「勇者が願う儀式(アンリエッタ視点)」

 ──アンリエッタ視点──




「──以上の理由により、おそらくは『バーゼル王国』も『聖別の儀』を狙っているのではないでしょうか」

「……なんと」


 アンリエッタの報告に、父皇帝は目を見開いた。


「いや、税収は上がっておる。民も喜んでおる。これ以上の改革は、しばらく必要ないと思っておったのじゃが……」

「その前に6ヶ月、私にいただきたいのです」

「我が国始まって以来の好景気じゃからな、余としては、祖先に報告をしたいのだが」

「駄目です。その間にカイルが成果を上げたら『聖別の儀』で私が負けます」

「いや、あの者に神託が降りると決まったわけではあるまい?」

「カイルを認めない神に存在価値などありません」

「神託を求める者がそれを言ったらおしまいであろうが! というか、罰当たりなこと言うでない、アンリエッタよ!」


 慌てて「しーっ」のポーズを取り、周囲を見回す皇帝。

 対照的に、アンリエッタは落ち着いた様子で、


「失礼いたしました。つい、本音が出ました」

「お主の本音は隠しておいた方がよいぞ。うむ」

「とにかく『聖別の儀』の前に成果を上げておくことが重要です。なので、得た利益を使って教育機関を作りましょう」

「教育機関?」

「平和になったこれからは、時代に合わせた人材を育てる必要があります。おそらくカイルも、アサシンたちの転職のために、そのような場所を用意するはずです」

「言っていたな。バーゼル王国の者たちが、レストラン街のレシピを読み取り、コピーすると」

「はい」

「そのようなことが可能なのか?」

「普通に考えれば不可能です。ですが、カイルが指揮を取るならば、それくらい簡単かと」

「……むむむ」

「彼はすぐれた味覚と嗅覚の持ち主です。魔王討伐の旅の間も、彼の『毒分析』スキルに助けられました。私がまだ未熟で、魔物の毒を受けたときも、即座にどんな毒かを分析していました。その後、手早く吸い出してくれました。そのときの話を、詳しく聞きたいですか? 父上」

「いや、別に詳しく話さなくても構わないが」

「そのときの話を、詳しく聞きたいですか? 父上」

「い、いや」

「詳しく聞きたいですよね?」

「殺気混じりでにらむのはやめよ! 時間があるときに聞いてやるから!」

「わかりました」

「つまり、カイル=バーゼルは仲間のアサシンと共にレシピを分析し、料理人を育てる機関を作る。それだけではなく、多くの人材を育成する教育機関を作ると。お前はそう予測しておるのだな」

「はい。となると、優秀な教育者を奪われる可能性があります。こちらが教育機関を作ろうとしたときには、すでに人材が底をついていた、ということもあり得ましょう」

「お前が急ぐのはそのせいか」

「そうです。『聖別の儀』の儀式で『天の神託』を得るためには『地の繁栄』と『人の支持』が必要となりますから」

「神聖賢王の伝説だな。『天地人』すべてを束ねたものが、大陸の真の王となると」

「カイルはそれを狙っているのでしょう。もちろん……私もですが」


 だから、カイルには負けられない。

 民の繁栄のためになら、帝国のレストラン街までやってくるカイルだ。

『聖別の儀』で神託を得るためには、どんなことでもするだろう。


(しかも……カイルは私を一言も責めなかった)


 パーティ解散の時、アンリエッタはカイルにひどいことを言ってしまった。

 あのときのことは忘れていない。

 今でも夢に見て、飛び起きるくらいだ。

 けれど、アンリエッタが未練を断つためには、他の手段は思いつかなかったのだ。


 なのに、レストラン街で再会したとき、カイルはアンリエッタを責めなかった。

 ちゃんと話をしてくれた。

 アンリエッタの手も……握ってくれたのだ。

 

 そんな優しいカイルに、神々が神託を与えないはずがない。むしろ、与えなかったらアンリエッタがぶちキレる。天上界に向けて怒鳴り散らす自信がある。


 けれど、彼が王になってしまったら、スローライフができなくなる。

 だからなんとしても、アンリエッタが先に『聖別の儀』の儀式をする必要があるのだ。


「もちろん、私が民を想う気持ちに偽りはありません」

「で、あろうな。偽りがあれば、神々は見抜いてしまうだろう」

「ですが『聖別の儀』により、真の皇帝になりたいのも事実です。そのために、孤児たちの教育機関の設置を提案いたします」


 アンリエッタは言った。


「魔王軍の侵略により、帝国の子どもたちの多くが孤児となりました。平和になったのなら、その子たちを教育する施設も必要でしょう。10年、20年といった長期的な投資と考えれば、納得できるのではないでしょうか?」

「……孤児か」

「カイル=バーゼルも孤児でした。同じように、優秀で素敵な子が見つかるかもしれません」

「……わかった。大臣たちに諮るとしよう」

「懸命なご判断をお願いいたします」

「わかったから睨むな。それで、教育機関の名前は?」

「『公立学園カイ──』……いえ、考えておきます」


 そう言って、アンリエッタは父皇帝の元から退出したのだった。



──────────────────



「…………ふぅ」


 自室に戻ったアンリエッタは、椅子に座り、長いため息をついた。




「…………まだまだね。私も」

「その反応はおかしいですから! 姫さまはすでにとんでもない功績を挙げてらっしゃいますから!」

「まだ次期皇帝にするという確約をもらっていないもの」

「帝国9大貴族の3分の2を味方に付けているでしょう!? 十分ですよ」

「3人も取りこぼしがあるのよ?」

「むしろ全員味方になったら、王都にいた他の王子王女の力量が疑われますってば!」

「他の6人だって、いつまで味方でいてくれるかわからないのよ?」

「そうですねぇ。次期帝位継承には、父上と宰相閣下と、9大貴族の過半数の賛成が必要となりますから」

「『聖別の儀』を執り行う前に、残りの3人との話し合いを進めておくべきね」


 アンリエッタはまた、お茶を口にした。

 向かい側の椅子に座ったクレアも、同じようにする。


「……こうして姫さまの自室にいると、子どもの頃みたいですね」

「そうね。クレアとは、子どもの頃からの付き合いだものね」

「わたしは姫さまの幼馴染み。ミレイナさんはカイルさまの幼馴染み。そういうパーティにすることで、うまくバランスが取れてましたからね」

「そうね。ミレイナとカイルは、幼馴染みだったわね」


 うつむいて、ティーカップをのぞき込むアンリエッタ。

 それを見て、ふと、クレアは、


「今ごろ、カイルさまとミレイアさまは、どうしていますかねぇ」


 カタカタカタカタカタ。


「今ごろ仲良く、部屋で休んでいるかもしれませんね」


 カタカタカタカタカタ! ガタガタ!


「幸せになってくれるといいですねぇ」


 パシャパシャバシャバシャシャ!


「……姫さま」

「どうしたのかしら、クレア」

「お茶、こぼれてますよ?」

「あら、気づかなかったわ」

「熱くないんですか?」

「ええ。魔王の極炎魔法さえも防ぐ『究極対熱無限障壁アルティメット・アンチ・テンパラチャーフィールド』を使っているもの」

「お茶を防ぐのにそんなもん使わないでください」

「大丈夫。魔力はまだ7割も残っているわ」

「姫さまの魔力は常人の1000倍でしょうが。3割って大概ですよ?」


 クレアは布巾を手に取り、アンリエッタの膝を拭いていく。

 ドレスの裾をまくると、彼女の肌は白いまま。究極魔法は熱を防いでくれている。

 けれど、ドレスの染みはもう取れないだろう。もったいない。


「そんなに動揺するくらいなら、カイルさまのところに行けばいいのに。ゆっくり話して想いを伝えたらどうなんです? すっきりしますよ」

「駄目よ」

「どうしてですか?」

「私は世界を背負うと決めたの。そんな私が側にいたら、カイルが落ち着かないでしょう?」


 アンリエッタはまた、ため息をついた。


「カイルはこれまでたくさんの苦労をしてきたの。もう、彼は休むべきなのよ」

「休みますかね。彼」

「ちょっと見てきてもらえる?」

「無茶ぶりがすぎませんか。姫さま」

「睡眠魔法は得意でしょ? カイルが無理してたら眠らせてあげてくれない?」

「扉の向こうにいる魔物の種族と数がわかるアサシンにですか?」

「回避されるかしら」

「レジストもされますね」

「さすがカイル。あの人の勇姿を思い出すだけで、黒パン5個は食べられるわ」

「喉につまるからスープも飲んでください。あと、のろけるのに、わたしを利用しないで」


 クレアは肩をすくめた。


「そういえば姫さまとカイルさまって、いつ知り合ったんですか?」

「……言ってなかったかしら?」

「わたしが勇者パーティに入ったのは最後でしたからね。姫さま、カイルさん、ミレイナさんが、修行を終えた私を『大神殿』に迎えに来てくれたんじゃないですか」

「そうだったわね」

「覚えてないんですか?」

「私たちも旅をはじめたばかりで、色々あったもの」

「そうなんですか。カイルさんにばっかり気をとられてて、他のことをまったく気にしてないのかと思いましたよ」

「そんなことあるわけないじゃない」

「そうですよね」

「当たり前よ」

「ところで姫さま。お茶、こぼれてますよ」

「大丈夫よ。『究極対熱無限障壁アルティメット・アンチ・テンパラチャーフィールド』をかけ直したから」

「だから魔力の無駄遣いしないでください。まったく」


 クレアは再び、アンリエッタの膝を拭いていく。


「普段は有能なのに、どうしてカイルさんが関わるとポンコツになるんですか」

「言いがかりはやめてちょうだい。クレア」

「この状態で言いがかりっておっしゃる姫さまも大概ですよね」

「話の腰を折らないでって言っているの。あなたはカイルの話が聞きたいのでしょう?」

「その強引な話の戻し方は昔から変わりませんねぇ」

「……私とカイルが出会ったのは、8歳の春だったわ」


 アンリエッタは目を閉じた。

 記憶をよびさますように、ゆっくりと語り出す。

 ドレスのスカートからお茶がしたたってるけど気にしてない。


「私が生まれつき勇者として育てられていたことは、クレアも知っているでしょう?」

「はい。スキル鑑定の際に、神託を受けたのですよね?」

「私はいずれ魔王と戦う運命にあった。だから父上は、同年代の才能ある子どもを探していたの。諸国連合にまで、文書を送って」

「その一人がカイルさんだったんですね」

「ええ。勇者の私もかすんでしまうくらい、凜々りりしい子どもだったわ。その彼との顔早生のために、私は父上と一緒に国を出て、バーゼル王国に向かったの」


 そうして、アンリエッタは話し始めた。

 8年前。まだ8歳だったアンリエッタが、カイルと初めて出会ったときの物語を。

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