第11話「アサシンが願う儀式(カイル視点)」

 ──カイル視点──




「……我が子、カイルよ」

「はい。父上」

「やりすぎじゃないか? お前」


 ここば、バーゼル王国の国主の間。

 そこでカイルとミレイナは、国王と顔を合わせていた。


「税収がどえらい勢いで上がっておる。魔王討伐が完了する前の3倍……いや、4倍近い」

「香辛料と南方の食材が売れていますからね」

「それだけではない」

「わかります。新たな商品が市場に出たことで、皆が『魔王軍との戦いが終わった』ことを自覚した。平和な時代になったことに気づいて、よりよい生活を望むようになったのですよね」

「そうだな。魔王との戦の最中では、さまざまな備えが必要であったからな」

「だよねぇ」


 うんうん、と、うなずくエルフのミレイナ。


「魔王討伐の旅の途中に立ち寄った村では、みんなお金や食材をため込んでたからね。魔王軍が攻めてきたら逃げなきゃいけないし、田畑を焼かれたときのための備えもしなきゃいけないもん」

「その備えが必要なくなった。だから消費が増えているということですね。父上」

「それ自体はよいことだ。だがカイルよ。お主のやり方には疑問がある」

「なんでしょうか?」

「交易に、帝国のレストラン街の研究……それに続いて教育機関を作りたいそうだな」

「『バーゼル国立アンリ学園』ですね」

「愛称にすればごまかせると思った?」

「なにを言ってるんだミレイナ。ちゃんと『バーゼル国立』とつけたぞ」

「わかるから。カイルとアンリエッタ姫がパーティ組んでたことを知らない人なんていないから」

「最も尊敬する相手の名前を付けただけなんだが」

「……尊敬ねぇ」

「もしかして『バーゼル国立ミレイナ学園』にして欲しいのか?」

「絶対やめて!!」

「──学園の名はなんでもよい。改革のペースが早すぎるのが問題なのだ」


 カイルとミレイナの言葉を断ち切るように、バーゼル国王は言った。


「カイルよ。お前が急ぐ理由はなんなのだ?」

「帝国に遅れを取るわけにはいかないからです」

「改革とはすぐに結果が出るものではなかろう。もっと長期的視点で行うべきではないか?」

「そうだよカイル。あたしも国王さまに賛成」

「わかるか。魔法国の姫よ」

「カイルの目的はバーゼル王国の次期国王になって、諸国連合をまとめ上げることだもんね。そんなの、1年や2年でできるわけないもん。なのにカイルは、一気に事を進めようとしてる。ということは、なにか隠れた理由があるんでしょ?」

「……はぁ」


 カイルはため息をついた。

 それから、がりがりと黒髪を掻いて、


「ミレイナには敵わないな」

「幼なじみだもん。カイルがなにか隠してることくらいわかるよ」

「やはり、お前はなにか企んでおるのか?」


 カイルをじっと見つめるミレイナと、バーゼル国王。

 そのふたりを、カイルはじっと見返して、


「父上とミレイナは、数百年前にいた『神聖賢王』の伝説を知ってますか?」

「──『神聖賢王』だと?」

「もちろん知ってるよ。エルフにとっては最近のことだもん」


 首をかしげる国王と、手を挙げるミレイナ。


「いや、わしも知ってはいる。かつてこの大陸を治めていた大王のことだな。当時、たくさんあった小国をまとめあげ、ひとつの大国にした聞いておる」

「『神聖賢王』は神々に『大陸をひとつの国にすべし』という神託を受けたんだよね?」

「そうだな。じゃあミレイナ。『神聖賢王』がその神託を受けたのは?」

「えっと……大陸で最も大きい山で儀式を行ったんだよね? 巨大な悪竜を倒したことを、神々に報告するために。そこで荒れていた大陸を落ち着かせて……みんなの生活を安定させるって誓いを立てたんでしょ?」

「その儀式のことを『聖別の儀』って言うんだけどな。確か、ふたつの月が重なるときに儀式をやったんだ」

「今の暦だと、ふたつの月が重なるのって9ヶ月後だけど……まさか!」

「カイルよ。貴様はこの時代に『聖別の儀』を復活させるつもりか!?」


 バーゼル国王は叫んだ。

 父親の問いに、カイルはうなずく。


「『神聖賢王』が儀式をしたのは、悪竜を倒した後だ。『悪竜』を『魔王』に見立てれば、俺たちにも同じ儀式をやる権利がある。神官クレアが言ってたんだ。神々はあちこちにいて、人間界をじっと見てる。その理屈で言うなら……」

「カイルが国を豊かにして、魔王の遺物を捧げて『聖別の儀』をやれば、神託が下る可能性がある?」

「そうすれば、バーゼル王国が諸国連合をまとめる理由付けになるだろ?」

「……カイルよ。お前はなんと大胆なことを」

「俺を魔王討伐に送り出した人の言葉とは思えませんね。父上」


 カイルは肩をすくめた。


「神託が下りなくても構わない。『バーゼル王国のカイル王子には、聖別の儀を行う覚悟がある』という評判が作れればいい。その裏付けとして、儀式を行うまでの間に国をできるだけ豊かにしておく必要がある。少なくとも、民が納得するように」

「……そういうことだったのか」

「で、どうしますか。父上」


 強い視線で父王を見据えるカイル。


「バーゼル王国が諸国連合を完全に支配できるかもしれない機会です。逃す手はないと思いますが。少なくとも父上の名は歴史に残ります。そういうの好きですよね。父上は」

「……ぐぬぬ」

「それとも、ドラゴリオット帝国に『聖別の儀』の機会を譲りますか?」

「なんだと!?」

「アンリエッタ姫も同じことを考えてるって言うの!?」

「彼女は皇帝になって、世界を平和にすることを望んでる。同じ手を使うのは当然だろ。しかも、彼女の場合は本当に神託が下る可能性がある」

「そ、その根拠は!?」

「根拠はなんなの、カイル!?」

「そりゃ神さまだって、黒髪三白眼ぶっきらぼうなアサシンより、光輝く、大陸で最も美しく、気高く、誇り高い姫君の方に神託を与えたがるだろう。いや、そもそもアンリエッタが『聖別の儀』をやって、神託が来ないことがあるだろうか。いや、ない!」

「「…………説得力あるなぁ」」

「では、父上の意見を聞かせてください」


 カイルは再び、父王に問う。


「あなたは俺に、改革の手を緩めるように命じますか? それとも、バーゼル王国が『聖別の儀』を行う機会を逃さぬように命じますか? 答えてもらおう。ケネス=バーゼルよ」

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