第10話「勇者の秘策(アンリエッタ視点)」

 ──アンリエッタ視点──




 数日後、ミンゼンの町の付近では──


「受けよ、我が渾身こんしんの一撃!! 『テンペスト・ストライク』!!」


 勇者アンリエッタの刺突が、巨大な衝撃波を生み出した。

 それは魔力を込めた一撃となり、目の前の岩場に突き刺さる。剣は岩を穿うがち、岩場に巨大な穴を開ける。まるで竜の一撃だ。勇者アンリエッタの剣は、岩盤を易々と貫き、魔力と衝撃派は地の深い場所へと達する。勇者の剣技の中でも最強の貫通力を持つ『テンペスト・ストライク』は地面を貫き、そして──



 シュバ────ッ!



 地面に空いた穴から、温泉が噴き出した。


「おお! ついに掘り当てましたね。殿下!!」

「長く止まっていたミンゼンの町の温泉が復活したのですね!!」

「レストラン街に温泉……これがあれば町は帝国最大の観光地となりましょう!!」


 集まっていた町の民が声をあげる。

 彼女たちの声を聞きながら、アンリエッタは無言で剣を鞘に収めた。


「……まだまだ未熟ね。温泉を掘り当てるまで、8回も剣技を放つなんて」

「姫さまの剣技は採掘用じゃないですから! 水脈に達するまでの威力に高めたのは、姫さまの努力ですから!!」


 神官クレアが声をあげる。


「それに、どうしていきなり温泉を掘り当てようと思ったんですか!?」

「クレアも知っているでしょう? ミンゼンは、かつて女神が湯に浸かったともいわれる温泉地よ。さびれていたのは、魔王軍の侵攻のごたごたで土地は荒れ、温泉が涸れてしまっていたから。平和になったのなら、復活させるのは当然じゃない」

「でも、こんなに急いでやる必要はないと思いますよ?」

「そうかしら?」

「少なくとも、姫さまがこんな力業で岩盤をぶち抜く必要はありません。帝都に戻って人を雇い、掘削作業を進めれば──」

「それでは時間がかかるでしょう?」

「急ぐ必要なんてありませんよ。レストラン街は上手くいってますよね? 温泉があれば観光の目玉になりますけど……こんなに急いで復活させる必要なんか……」

「クレア、あなたはカイルを甘く見ているわ」

「……え?」

「カイルは戦闘技術だけではなく、政治的な才能もあるわ。国に戻った今なら、人材を集めて動かすこともできるでしょう。魅力的なカイルが手を一振りするだけで、どれだけの人が集まり、彼のために動くことか」

「そうなんですか?」

「ええ。私が皇女じゃなければ、彼の元へ駆けつけているわ。部下にしてもらうために」

「もうそっちに行っちゃったらいかがですか?」

「それは世界を安定させてからの話ね。それよりクレア、それほど多忙で、魅力的で、素敵なカイルがなんの目的もなく、帝国のレストラン街に来ると思う?」

「姫さまに会いに来たんじゃないですか?」

「なにを言うのクレア。カイルがそんな(ぶんっ)個人的な(ざくっ)つまらない(がががっ)目的で(ごごごごごっ)ここまで来るわけがないじゃない!」

「照れ隠しに聖剣を振り回すのやめてください。岩壁が削げてますから! 剣先に魔力が集まってますから!!」

「おそらくカイルが来たのは、レストラン街の料理を研究するためね」

「そうだったんですか!?」

「ええ。平和になった今、バーゼル王国はアサシンの数を減らすことになるわ。となると、再就職先が必要。五感が鋭く、手先が器用なアサシンは料理人にぴったりでしょう。彼らの身のこなしなら、狭い厨房でもぶつからずに料理ができるもの」

「まさか! 姫さまが温泉を掘り当てたのは!?」

「カイルたちが対抗してレストラン街を開いたときの対策よ」


 アンリエッタは再び聖剣を鞘に収め、告げる。


「カイルなら完璧にレシピをコピーするでしょう。けれど、こちらには温泉という目玉がある。人々はカイルが作る観光地よりも、こちらの観光地をめざすでしょう。帝国の景気を上げて、経済を活性化させるにはいい手だと思わない?」

「確かに、素晴らしい手段です。姫さま!」

「うれしそうね。クレア」

「それはもう、みんなが幸せになれる、いい手段ですから」

「そうね。経済が活性化すれば、クレアたちの神殿に寄進する人も増えるものね」

「いえいえ、カイルさまのレストラン街が寂れたところにアンリエッタさまが遊びに行けば、大歓迎されるじゃないですか。客が少ないところに帝国の姫君が来るんですから、カイルさまも感動しますよ。姫さまのことを、ぐっと身近に感じるんじゃないでしょうか」

「……え?」

「そうすれば、カイルさまも姫さまに対抗するのをやめてくれるんじゃないですかね……なーんて、冗談ですよ。姫さまとカイルさまは似てますからね。それくらいでカイルさまが諦めるわけが……って、あれ、姫さま?」


 気づくと、アンリエッタがクレアの手を握りしめていた。

 きらきらした目でクレアを見つめながら、つぶやく。


「クレア」

「は、はい」

「やっぱりあなたは私にとって必要な人よ。ずっとお友だちでいましょうね!!」

「え? あ、はい。もちろん。こ、光栄です」

「あなたがそれほどの策士だなんて思わなかったわ。私もまだまだ勉強不足ね」

「あ、あの、わたくしのさっきのあれは冗談で……」

「私は、さらに気合いを入れて帝国の発展に努めましょう。その栄光が、天上の神々にまで届くほど!」

「ひ、姫さま。あ、ああ、わたくしはなんてことを。ひ、火に油を注いでしまったような……ねぇ、姫さま。あんまり無茶なことしないでくださいね。あなたは勇者ですけど、まわりの者はそうではないのですからね!? 体力も魔力も限界が……って、聞いてますか。アンリエッタ姫さまぁあああ!」

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