第9話「アサシンの秘策(カイル視点)」

 ──カイル視点──




「……ふぅ」


 カイルはため息をついた。

 アンリエッタの気配は、もう感じない。

 自分が予想以上に緊張していたことに気づいて、カイルは肩をすくめる。


「ごちそうさま。おいしかったー」


 テーブルの向こうでは、ミレイナが最後の料理を食べ終えたところだった。


「本当にすごいね。このレストラン街。びっくりしちゃった」

「やっと食べ終わったのか。ミレイナ」

「うん。ここが観光地になるのもわかるよ。南方の料理だけじゃなくて、帝国のオリジナル料理も豊富なんだもん。こんなのができたら、誰でも来ちゃうよね。感動したよ」

「いいけどさ。アンリエッタにあいさつくらいしろよ」

「いやー、口を開いたら余計なことを言っちゃいそうで」

「余計なこと?」

「うん。カイルがずっと、自分の胸の中央に親指を突っ込んでいることとか」

「これか?」

「なにそれ」

「精神安定のツボだ」

「なんでそんなことしていたの?」

「いや、村娘の姿をしたアンリエッタを見たら驚くに決まってるだろ。いつもとイメージが違うからな。でも、アンリエッタってなにを着ても似合うな」

「うん。それはわかったから」

「だからといって、アンリエッタに動揺しているところは見せられない。だから精神安定のツボを突いたんだ。アサシンの常識だよ」

「アサシンの常識って大変だねー」

「ちょうど感覚を鋭くしてたときにアンリエッタが来たから、つい、な」

「感覚を鋭くしてたとき?」

「……その話は店の外に出てからだ」


 ふたりは会計を済ませて、外に出た。

 カイルは周囲の気配を探りながら、小声で、


「ミレイナ。お前は俺たちがなんのためにここのレストラン街に来たと思ってるんだ?」

「慰安旅行じゃないの?」

「そういうのはアンリエッタがスローライフをしてからだ」

「それっていつになるんだろうね?」

「できるだけ早くできるようにする。それより、みんな戻って来たようだぞ」


 町を歩いていたカイルは、ミレイナの手を引いて路地へと移動する。

 まわりに人気がないことを確認して、立ち止まる。

 すると──



 しゅたっ。すたっ。すたたたっ。



 かすかな足音と共に、数名の少年少女が舞い降りた。

 まるで、建物の屋根から降ってきたようだった。


「あ、一緒に来たアサシンさんたちだね。お疲れさまー」


「「「「お疲れさまです。カイルさま。ミレイナさま」」」」


「ご苦労。で、首尾は?」


「「「「……これをご覧ください」」」」


 少年少女たちは、カイルに向かってメモを差し出す。

 たった今書いたばかりのようで、インクも新しい。

 そこに書かれていたのは──


「これはなに? 食材や香辛料の名前が並んでるけど?」

「レストラン街で食べた料理に使われていた食材と、香辛料のリストだ。量や配分も分析してある」

「……え?」

「アサシンに毒味のスキルは必須だからな。味覚と嗅覚で毒を察知できなければ、アサシンなんか務まらない。つまり、アサシンってのは味覚と嗅覚が、最も優れているジョブなんだよ」


 アサシンは毒を操るジョブだ。

 そのために小さいころから、嗅覚と味覚を徹底的てっていてききたえる。

 カイルも、魔王討伐の旅の途中、パーティの毒味役をしたことがある。


 においで毒を察知できる嗅覚。

 一滴のスープから、毒の存在を見抜く味覚。

 それらはすべてのアサシンが身につけなければいけないスキルなのだ。


 同じように食材と香辛料の味を徹底的に覚えさせて、このレストラン街の料理を調べさせれば──


「その鋭敏な味覚と嗅覚で、料理の食材の配分がわかるというわけだ」

「いや、食事を楽しもうよ!?」

「帝国自慢のレストラン街への対抗手段を見つけるのが先だろ」

「なにをする気なの?」

「このアサシンたちに、料理人へと転職してもらう」


 バーゼル王国がアサシンを使っていたのは、魔王軍に対抗するためだ。

 帝国ほどの戦力を持たないバーゼル王国にとっては、情報が重要だった。


 そのために国は大量のアサシンを育てて、魔王軍の動きを偵察させた。

 時には魔将軍や、魔王軍の隊長の暗殺を試みることもあったのだ。


 だが、魔王軍が滅んだ今は、それほど多くのアサシンは必要ない。

 だからそのすぐれた味覚と嗅覚を活かして、料理人に転職させる。

 それが、カイルの計画だったのだ。


「俺が魔物から奪った宝物を元に、バーゼル王国に教育機関を作る。彼らにはそこで料理人としての技術を学んでもらい、このレストラン街の料理のレシピを研究させる」

「そのためにここに来たの!?」

「アンリエッタがここを観光地にするなら、俺はそれを活用させてもらう。近くに教育機関を作り、人材を育てるんだ。ここで色々と勉強させてもらおう。最終的に、観光客をすべてバーゼル王国がいただくためにな」

「そうして、国を富ませるんだね?」

「ああ。俺が王位について、諸国連合をまとめるためにな。もっとも……」


 カイルは肩をすくめて、


「アンリエッタはおそらく、この作戦を見抜いている」

「そうなの!?」

「ああ、あいつは観光地にアサシンたちがいることに気づいてた。『次の仕事』とも言ってたからな。俺がアサシンたちを料理人にしようとしていることも、あいつは察してるはずだ」

「……すごいね。アンリエッタさまって」

「だから、また別の対抗策を考えなきゃいけないんだけどな。だが、結局国を富ませるのは人材だ。だから、教育機関を作るのは間違ってないと思う」

「うん。そうだね。あたしも協力するよ」

「ありがとう。ミレイナ」

「どういたしまして。それで学校の名前は?」

「アンリエッタのやり方に学ぶんだから『アンリエッタ学園』でいいんじゃないか?」

「帝国に怒られるからやめなさい」


 その後、カイルたちは王国に戻り、レシピの分析を始めた。

 そうして彼らが始めた教育機関で、王国発展のための研究が進んでいくのだった。

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