第8話「アサシンの対抗策(カイル視点)」
──カイル視点──
さらに数ヶ月後。
「……美味いな。南方に行ったときに食べた味……いや、それ以上だ」
ここは、ドラゴリオット帝国の国境近くの町、ミンゼン。
そこに新たに作られたレストラン街の一角に、一組の男女がいた。
黒髪の少年、カイル=バーゼル。
銀髪のエルフ、ミレイナ=ジーニアス。
ふたりは、国境地帯に作られたという、この観光地の視察に来ていたのだった。
「これは……オリジナルのメニューか」
カイルは淡々と、町の名物料理を口に運んでいる。
「南方で採れる食材に、この大陸の食材と肉を組み合わせることで、食べやすくしている。ここは一大観光地になるのもわかるな。バーゼル王国の民がここまで足を運ぶわけだ」
「カイル……これ、からい……でも、美味しい。うぅ、止まらないよぉ」
「しかも、帝国内の食材を多く使うことで、南方の食材の使用量を減らしている。だからコスト削減を削減して、料理を安く提供できるというわけか。やられたな……これは」
「す、すごいよこれ。禁断の味だよ。これが平和の味……平和ってすばらしいよぉ……」
向かい側の席にいるミレイナは、すごい勢いで料理をたいらげている。
混み合った店内で、彼女はおかわりを頼もうと手を挙げる。
そんな彼女を見ながら、カイルは、
「あまり食べ過ぎるなよ。ミレイナ」
「自分の分は自分で払うよ?」
「金の話じゃない。あまり目立たない方がいいから……いや、もう遅いか」
カイルはフードを下ろした。
彼のアサシンとしての感覚は、周囲にいる者すべての気配を察知している。
その中に、よく知っている気配があった。
足音。身のこなし。空気の動き。
それらをすべて読み取り、出て来た答えは──
「……久しぶりだな。アンリエッタ」
カイルはナイフとフォークを置いて、顔を上げた。
テーブルの横に、フードを被った女性が立っていた。金色の髪を結い上げ、村娘のような服を着ている。変装して、お忍びでここに来ているのだろう。
けれど、カイルが彼女を見間違えるわけがない。
そこにいたのはドラゴリオット帝国の皇女、勇者アンリエッタだった。
「レストラン街の視察か? それとも、お前も観光に来たのか?」
「ふうぇっっっっ!? ふぁんりふぇったひむぇ!?」
「お久しぶりね。カイル。元気だったかしら。ミレイナは口の中のものを飲み込んでからしゃべった方がいいわよ」
アンリエッタはフードで顔を隠したまま、穏やかな口調でつぶやいた。
カイルが『気配察知』を広げると、近くに神官クレアがいるのがわかる。
彼女は店の外にいるようだ。
うろうろしているところを見ると、アンリエッタを探しているのだろう。
クレアが来る前に話を済ませようと、カイルはアンリエッタに語りかける。
「5ヶ月ぶりか? アンリエッタ」
「いいえ、4ヶ月と12日よ」
「別れてから大分時間が経ったような気がするけどな。まだ、その程度か」
「その短い間に、かなりの成果を上げたのね。カイルは」
村娘姿のアンリエッタは微笑んだ。
「魔王討伐が終わり、民が浮き立っているところを狙っての経済的攻勢。しかも、帝国では手に入らない香辛料と、南方作物を一気に売りつけてくるとは……見事なものね。さすがは私の……いえ、バーゼル王国の王子ね」
「見事な観光地を作り上げたアンリエッタに言われても気恥ずかしいだけだろ」
カイルは肩をすくめた。
「バーゼル王国が好景気に沸いているところを狙って、国境地帯に観光地を作るとはな。しかも、その目玉商品が南方の料理だ。こっちが香辛料と作物を売りつけたのがを逆手に取るとは、たいしたものだよ。アンリエッタ」
「私が発案者とは限らないけど?」
「だったら、アンリエッタがここにいるわけがないだろ」
「それでは、カイルがここにいる理由は?」
「俺は、評判の観光地を見に来ただけだが」
「あなたは目的なしでは動かない人でしょう?」
「……どうかな?」
「……とぼけても無駄よ?」
「ふふ」
「ふふふふふ」
視線を交わしながら、不敵な笑みを浮かべるふたり。
その不穏な気配に、周囲の客が席を立つ。距離を取る。壁際に移動する。
おかわりが来ないことに気づいて、ミレイナが頬を膨らませる。
そんな周囲の反応には気づかず、カイルとアンリエッタは──
「その様子だと、例の野望はまだ捨ててないようだな。アンリエッタ」
「カイルこそ、故郷でスローライフでもしていたらどうなのかしら?」
「だから観光に来ているわけだが?」
「だったらどうして、レストラン街にあなたと同じジョブの者たちがいるの?」
アンリエッタは言った。
カイルと同じジョブ──それはもちろん、アサシンのことだ。
さすが最強の勇者だ。あっさり見つけてしまったらしい。
「魔王討伐成功を祝っての
「……あなたって、敵に回すと本当に怖い人ね」
「本当に仲間と慰安旅行に来ただけなんだがな」
「そう?」
「ああ」
「なら安心ね。魔王討伐が終わり、魔将軍もいなくなり、索敵を得意とする彼らの仕事も減るでしょう。次の仕事を見つける前に、休んでおくのも重要よね」
「……そういうことだ」
カイルは内心で舌打ちする。
アンリエッタの言う通り、カイルはアサシン仲間の『次の仕事』──つまり、彼らを使って、アンリエッタの観光地に対抗する方法を考えていた。
そのために、彼らに観光地の調査を行わせていたのだ。
(だけど、アンリエッタがそこまで深読みしてくるとは思わなかった)
自分はまだ、この最強勇者を甘く見ていたのかもしれない。
改めて自戒するカイルだった。
カイルは深呼吸する。
彼は胸を押さえながら、アンリエッタを見て、
「アンリエッタ=ドラゴリオット」
「なぁに、カイル」
「お前の目的は変わらない……そういうことでいいんだな?」
「カイルこそ、商人にでもなってのんびり暮らす気はないの?」
「最強勇者の政治力におどろかされている間は無理だな」
「私にこの道を選ばせたのはカイルよ。詳しいことは言えないけど」
「俺も、アンリエッタがいなければ、バーゼル王国なんかとっくに飛び出してただろうな。理由は言えないが」
「お互い、面倒な道を選んだものね」
「性分だからな」
「負けないわよ。カイル」
「ああ。お前を皇帝にはさせない」
「その挑戦、受けて立ちましょう」
がしっ。
固い握手を交わすカイルとアンリエッタ。
お互い、微妙に視線を逸らしていることには気づいていない。
そうして、まわりの客をドン引きさせながら、ふたりは別れたのだった。
──アンリエッタ視点──
「あら、クレア」
「探しましたよ。ひとりでうろうろしないでください」
店を出たところで、クレアが駆け寄ってきた。
彼女はずっと、アンリエッタを探していたらしい。
「迷子になったかと思いましたよ。大丈夫ですか?」
「少し、困ったことになったわ」
「どうしたんですか? 姫さま」
「お願いがあるの。『精神安定』の魔法をかけてくれない?」
「『精神安定』の魔法を? 一体、なにがあったんですか?」
「カイルに会ったの」
「……その症状を治す魔法はないですねぇ」
「わかったわ。じゃあ右手に『耐水強化』をかけて」
「なんでまた?」
「カイルと握手したの。洗っても、その時の感触が落ちないようにしないと」
「……姫さま」
「勘違いしないで。これはカイルと大陸の
「それを可能にする魔法はありません。諦めてください」
「残念ね」
「カイルさまは、この場所を作ったのが姫さまだって気づいたんですか?」
「クレア、あなたはカイルをまだ甘く見ているようね」
「ドヤ顔で言われても困りますけどね。でもまぁ、さすがにカイルさまも驚いたでしょうね。まずは姫さまが先手を取ったわけですから」
「すぐに逆転されるでしょうけどね」
「え?」
「相手がカイルなら仕方ないわね。次の手を打ちましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。姫さま。どういうことですか!?」
「歩きながら話すわ。ついてきてちょうだい。クレア」
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