第7話「勇者の対抗策(アンリエッタ視点)」

 ──アンリエッタ視点──




 数ヶ月後。


「困ったことになったぞ。我が娘アンリエッタよ」

「次期皇位継承権の問題ですか? 陛下」

「それを決めるのはまだ先の話だ。焦るな。にらむな。殺気を放つな」


 父皇帝は慌てた表情で、羊皮紙を手に取った。


「問題になっているのは外交に関わる話だ」

「と、おっしゃいますと?」

「バーゼル王国が香辛料と、新たな食材を売りつけに来ておるのだ。奴らは香辛料こうしんりょうの流通ルートを確立し、その上、新たな作物の栽培をはじめたようだ」

「バーゼル王国が?」

「食材が入って来るのは構わぬ。だが、民たちはこぞってそれらの品を買いあさっておる。そのため、バーゼル王国に多くの金が流れているのだ」

「バーゼル王国が作り始めたのは、荒れた土地でも栽培できて、収穫の早い作物のようですな。様子を見に行った者からは、そのような情報が入っております」


 皇帝の言葉を、大臣が引き継いだ。


「魔王討伐が終わったことで、民は安心し、新たな娯楽を求めています。新たな食材や香辛料を欲しがるのは無理もないことでしょう」

「そこを狙うとは、さすがは商業国家のバーゼル王国といったところだな」


 皇帝はため息をついた。


「平和になった直後に交易を活発化させ、国を富ませる。帝国に食料を売りつけることで、民の胃袋を満足させる。帝国民はバーゼル王国に好意を持つことだろう。実に巧妙な策だ」

「ですが、こちらは香辛料や作物を、あの国の商人から買うしかありません。流通ルートも、栽培方法もわからないのですからな」

「そこでお主にも意見を聞きいのだが……アンリエアッタよ。どうして目を輝かせているのだ?」

「いえ、なんでもありません」


 アンリエッタは真横を向いて、深呼吸して、それから、


「お話はわかりました。カイルの仕業ですね」

「いや、彼の仕業とは限らぬが……」

「こんなことができるのはカイルだけです。恐らくは魔王討伐の途中で南方に寄ったとき、すでに流通ルートを確保していたのでしょう」

「そうなんですか? 姫さま!?」


 控えていた神官クレアが声をあげた。


「た、確かに、めんどくさい王から地下道の鍵を借りるために、南方に行きましたが。わたしも姫さまも、珍しい料理を堪能たんのうしましたが……」

「おそらく、私たちが町で食べ歩きをしている間に、カイルはその土地の特産品について調べていたのでしょうね」

「……あの人は、そこまで先のことを考えていたんですか」

「まったく、底知れない人ね」

「どうしますか、姫さま」

「クレア、ちょっとカイルを殴ってきて。いいかげんに休むように言って」

「無茶言わないでください」

「そうね。では、彼の策を破ることで、無理矢理にでも休んでもらうことにしましょう」


 アンリエッタはうなずいた。

 それから彼女は、父皇帝を見て、


「対応策を申し上げてもよろしいですか? 父上」

「うむ。関税をかけようというのだな?」

「それでは民が不満を持ちます。今は魔王討伐でお祭り騒ぎになっております。冷や水をかけるようなことをすれば、民の怒り買うことになるかと」

「……確かに、そうかもしれんな」

「恐らくカイルは……いえ、バーゼル王国は、そこまで計算しているのでしょう」

「ならばどうしろと?」

「はい。こんなこともあろうかと、私は南方の町で『秘伝のレシピ』を手に入れております」


 アンリエッタは懐から、十数枚の羊皮紙を取り出した。

 そこに書かれているものを見て、クレアは目を見開く。


 それは南方の香辛料と作物を利用した、調理法のレシピだった。

『メメコショウ』『シロトウガラシ』『ターマイモ』『ホロロモロコシ』──それらの香辛料と食材を、もっとも効率的に使い、味を引き出す料理について書かれている。


「南方の町には、思いのほか長く滞在することになりました。その間に町で食べ歩きをして、料理人たちと交渉していたのです。そして、勇者の地位のおかげで、伝説の料理人の指導を受けることができました」


 アンリエッタは胸を張り、宣言した。


「伝説の料理人は私を気に入り、『秘伝のレシピ』を書いてくださいました。もちろん、私もその者の指導を受けています。また、こちらの食材と組み合わせた新たなレシピも開発しております」

「う、うむ。見事なものだ。だが、これになんの意味が……?」

「このレシピがあれば『ドラゴリオット帝国でしか食べられない料理』──つまり、ご当地の名産品を作り出すことができましょう」

「──な、なんと!?」

「姫さまは、それでカイルに対抗を!?」

「ええ。向こうが香辛料と食材を売りつけるなら、それに付加価値を付けて対抗するまで」


 アンリエッタは不敵な笑みを浮かべた。


「帝国とバーゼル王国との国境付近に、観光地を作りましょう。バーゼル王国から入ってくる食材と香辛料を使って、そこでしか食べられない料理を売り出すのです。カイルは『秘伝のレシピ』を知らないはず。となれば──」

「新しい食材を美味しく食べられる店に、バーゼル王国の民も興味を持つ、と?」


 皇帝が玉座の上で身を乗り出す。

 大臣も、クレアもおどろいた顔だ。


 バーゼル王国は魔王討伐後に民が浮き立つのを利用して、商売を仕掛けてきた。

 しかし、アンリエッタはそれを先読みして、対策を立てていたのだ。



 皇帝と大臣はつぶやく──


『これこそが、次期皇帝にふさわしい才能かもしれぬ』──と。


 神官クレアは、声に出さずにつぶやく──


『姫さまもカイルさまも、普段なにを考えて生きてるんですか?』──と。



 そんな彼らを見回しながら、アンリエッタは続ける。


「バーゼル王国が売りつけてきた香辛料と食材に、帝国が新たな付加価値を付けましょう。そして、その魅力を彼らに示すのです」


 勇者アンリエッタの声が、玉座の間に響く。


「バーゼル王国との国境付近に観光地を作り、そこで彼らが儲けたお金を使ってもらいましょう。観光の目玉は──『新たな食材を中心としたレストラン街』ですね。人を集めるなら、魔王討伐でお祭り騒ぎの今が好機と考えますが、いかがでしょうか?」

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