第108錠 黒と色彩のアーティスト㉙ ~白黒~


 肩の手当てをした後、山根は湿布を取り出し、また彩葉に声をかけた。


「痣がひどいところに、湿布も貼っとこうな」


「うん」


「しかし、痛々しいな。ぶたれたあとは、どうしてたんだ? そのまま放置か?」


「……うん、だいたい放置」


「まぁ、そうだよな」


 治りが悪いのは、誰にも言えなかったからというのもあるだろう。


 しかも、気づかれないよう、ひた隠ししていたばかりか、治りかけの場所に、さらなる打撃を与えられる。


 そして、治ることのない痣は、慢性できない痛みを与え続け、彩葉は、よくぎこちない動きをしていた。


「先生や友達は、気づかなかったのか? 体育の時とか?」


「体育の時は、みんなが出て行ってから着替えてた。時々、痣に気づかれた時もあったけど、転んだとか、ぶつけたといえば、それで、だいたい終わり」


「………」


 彩葉の言葉に、山根は眉を顰めた。

 きっと、父親の外面が良すぎるが故に、虐待を疑うことすらなかったのだろう。


(……問題は、を使うかだな?)


 そして山根は、父親に何色のcolorfulを接種するかを考える。


 色は、全部で8種類。


 赤、青、黄、紫、緑。

 そのうち、販売可能な色は、この5色。


 だが、もし父親の色が『黒』だった場合、この五色では性格を変えられない。


 なぜなら『黒』は『白』でしか変えられなかったから。


(黒……なんだろうか?)


 彩葉から聞いた特徴は、黒と合致した。

 だとするなら、使うのは『白』一択。


 しかし『白』は、とても希少な色で、使用する際には、上の許可がいる。


(許可かぁ……出る気がしねぇな)


 なにより、colorfulを同意なく他人に接種するのは、禁止されている。しかし、葉一に同意を求めたところで『はい、いいですよ』となるわけがない。


(……『白』一本、紛失したってことで、上に報告するのが妥当だろうな)


 幸い『白』のcolorfulを一本所持していた。

 葉一に打った後、紛失したということで、上には報告する。

 

 まぁ、そうなれば、確実に減給&始末書は確定だろうが、自分の懐が痛む程度で、この子を救えるなら安いものだろう。


(さて、あとは、どうやって葉一に打つかだな……?)


 そして、今後のことを模索しながら、山根は、彩葉の身体に湿布を貼っていく。


 痛々しい痕から、決して目をそらさず、背中や腰、足や二の腕など──


「彩葉、顔は、殴られたりしてないのか?」


 すると、山根はその後、彩葉の顔を見つめた。

 彩葉は、山根と目を合わせながら


「うん。顔は大丈夫。大体、殴られる時は、服の下の見えないところだから」


「そうなのか?」


「うん、たまに、頬を叩かれることはあるけど」


「あー……」


 結局、顔もか。

 だが、わかりやすい場所だからか、多少は手加減しているのか、彩葉の顔に痣はなかった。


 そして、こうして近くで見つめると、彩葉は、とても整った顔立ちをしている気がした。


「しかし、お前さん、なかなかいい顔してるなー」


 鼻筋が通っていて、肌も綺麗だし、なにより、顔がいい。


「これなら沢山、客を取れそうだ」


「ん…客?」


「あぁ、あと数年もすれば」


 今は、小学生。だが、あと数年し、高校生くらいになれば、かなりモテそうな気がした。


 そして、色を売るという営業職をしている山根にとって、その顔は、羨ましい限りだった。


 ただでさえ、性格を変えるという怪しい薬を販売しているわけで、山根のような胡散臭い顔だと、客からの信用を得るのも一苦労だった。

 

 こんなにいい顔で、更に『紫』

 組織に引き入れたら、かなり重宝しそうな逸材で、少々もったいないと思いつつも、山根は、彩葉を、この世界に巻き込むつもりはなかった。


 父親は病気で、それが治れば優しい性格に戻ってくれる。


 例え、それが真実ではなかっとしても、この子が、母親と二人で、今を乗り越えるためには、この嘘を、真実として突き通す。


 こちら側のことは、何も知らないまま、状況を変えれば、きっと、この子の願いは叶う。


 家族3人で、仲良く暮らしたい。

 そんな、ささやかな願いを叶られる。


「っ、痛い…っ」


「あはは、痛いか。よし、彩葉。お前さんの願い、俺が叶えてやろう」


「……願い?」


「あぁ…俺が、お前の父親を治してやろう」


 どうか優しいの世界で、普通に生きて欲しい。


 今は子供でも、数年もすれば、また違う世界が広がっていく。


 この顔で、才能もある。それは、間違いなくこの子が、神様から与えられた特別なギフトだ。

 

 でも、どんなに特別なものを与えられても、家庭環境が劣悪だと、生きるのは困難になってしまう。


 だからこそ、ここを上手く乗り越えてほしい。


 そうすれば、きっと、この子の人生は、見違えるように華やぐ──


「彩葉、さっきも言ったが、この話は、ぜったに誰にも話しちゃいけない。分かったな」


 こちらに関わらせないための取り決め、いくつか彩葉に伝えた。

 すると純粋な彩葉は、素直に返事を返した。


「うん。絶対、約束する。本当に、お父さんの病気は治るの?」


「あぁ」


「どうやって?」


「薬を使うんだ」


「薬?」


「そう、魔法みたいなだ」


 手当てを終えたあと、山根は、彩葉の頭を撫でて、優しく微笑んだ。


 彩葉と母親は、これで助かるだろう。

 だが、葉一の方はどうだろう?

 

 『白』を打たれた葉一は、白ゆえの善人な性格に変わることで、自分が、これまでしてきた行いに苦しむかもしれない。


 息子を虐待したことに心を痛め、ひどい罪悪感を抱えて生きることになるかもしれない。


 それでも、今は、この子を救いたいと思った。


 そして、いつの日か、この子の父親にも、があるといい――


 山根は、そんな願いを込めながら、カバンの中から注射器を取り出した。


 とても希少な『白』のcolorfulを──


 

 




https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093090307328666

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