第91錠 黒と色彩のアーティスト⑫ ~才能~


「ねぇ、おじさん。これ、捨ててくれない?」

 

 そういって、差し出されたのは、筒状にまるまった紙の束だった。

 

 大きめの画用紙が、三枚ほど重なってるのを見る限り、きっと、学校でかいた絵なのだろう。

 

「これ、学校で描いたやつだろ。なんで、捨てるんだよ」


「お父さんとお母さんに、見られたくない」


「見られたくないって……もしかして、絵ヘタクソくそなのか?」


 小学生の絵なんて、下手で当たり前。

 それなのに、捨てたくなるほど下手なのかと、山根は笑い飛ばした。

 

 だが、その後、彩葉の絵を見た瞬間、山根は息を呑んだ。


「え――」


 そこに描かれていた絵は、小学生が描いたとは思えないくらい繊細な絵だった。

 

 穏やかな風景画。それなのに、ここまで目を奪われるのは、線一本一本に、躍動感を感じるからだろうか?


「これ……彩葉が描いたのか?」


「……うん」


「なんで見せたくないんだよ! スゲーじゃねーか!」


 それは、上手いというよりは、凄いといった方が的確で、山根は素直に褒めまくった。


 ただ風景を忠実に描くだけじゃなく、独自の色合いを混ざり合わせた遊び心のある絵。

 

 なにより、凡人には閃かないようなアイデアと、それを描写する技術。

 

 そして、その二つを、こんなにも幼い頃から身に着けているなんて──


(もしかして、この子……紫か?)


 そして、ふと思ったのは、先日、佐々木から課せられた任務のことだった。


 組織の命令で探している「紫」の色を持つ者。

 

 そして、されを直感的に、この絵から感じとった。


 天才の色――と謳われるそれは、とても希少な色。


 だが、この絵は、まさに『天才の絵』を言っても過言ではないくらいで──


「捨てられるわけねーだろ。こんなに、すごい絵」


「すごいのかな?」


「スゲーよ。小学生が描いたとは思えない!」


 更に褒めれば、彩葉が笑ってくれると思った。

 親だって、きっと喜んでくれるはず。

 だが、肝心の彩葉は、複雑な表情をして


「そう……じゃぁ、やっぱり、俺が、お母さんの才能、奪っちゃったのかな?」


「お母さん?」


 だが、ひどく落ち込んだ表情をする彩葉は、まるで自分を責めるように、そう言って、山根は目を見開く。


「何言ってんだ、お前は」

 

「だって、俺のお母さん、俺を産んでから、絵が描けなくなったって」


「彩葉のお母さんも、絵を描くのか?」


「うん。お仕事、画家だから。お母さんの絵、よく病院とか、美術館に飾ってある」


「へー、彩葉の母ちゃん、スゲー人なんだな」


 彩葉に絵の才能があるのは、母親の影響なのか?


 だが『才能を奪った』ということは、母親の方は、最近は、納得いけ絵が描けてないのかもしれない。

 

 だが――


「彩葉。人の才能は奪えない」


「え?」


「たとえ子供でも、奪うことはできねーよ。だから、彩葉に絵を描く才能があるのは、お母さんの才能を受け継いだからだ」


「受け継いだ?」


「そう。だから、お母さんの才能は、ちゃんとお母さんの中に残ってる。彩葉のせいじゃないから、安心しろ」

 

「……っ」


 すると、その瞬間、彩葉は涙目になって、小さく唇を噛みしめた。


 父には、ことあるごとに言われた。


『和歌が、絵を描けなくなったのは、お前を産んだからだ』


 物心つく頃から、まるで呪いのように、何度も投げかけられた言葉。


 お母さんが、黒い絵をかけなくなったのは、俺のせいで、お母さんの才能をうばったのも俺。


 だから、お母さんの代わりになろうと、必死に絵の勉強をしたことがあった。


 お父さんが、褒めてくれるように。

 お母さんが、もう悩まなくてすむように。


 だけど、絵を描いて、優秀な賞を貰うことがあったとしても、お父さんは決して、喜んでくれなかった。


 それどころか『やっぱり、お前のせいだ』と、きつくなじられるばかりだった。


 それからは、絵を見せるのが怖くなって、絵を描くのも、学校の授業だけになった。


「本当に……俺の…せいじゃ…ない?」


 煮え滾るように目の奥が熱くなれば、一気に涙が溢れだした。


 泣くのは、いつも堪えていた。

 

 泣いて喚くと、もっと怒られるし、痛いことをされるから。


 だから、泣くのは悪いことで。

 怒られても、仕方ないことで。


 だけど、堪えようとすればするほど、涙は、どんどん溢れてきて、彩葉の膝の上に、無慈悲にも流れ落ちる。


「ぅ、う……ごめん、なさッ」


 そして、無意識に謝ったのは、目の前の大人も、そうだと思ったから。


 だが、山根は、そんな彩葉の頭を優しく撫でながら


「我慢しなくていい。泣きたい時は、思う存分、泣けばいい」


「……ッ」


 その手は、父と同じくらい大きいのに、父とは、全く違うと思った。


 温かくて、優しくて、すごく安心する。


 そのせいか、涙は、ずっと止まらなかった。







あとがき⤵︎ ︎

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093082367598630

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