第84錠 黒と色彩のアーティスト⑤ ~友達~


「黒崎って、めっちゃ食うよな?」


 次の日、学校の給食の時間。

 

 俺の隣に座っていた樋口が、給食を食べながら、そう言った。


 昨夜、食べていなかったからか、腹が空いていた俺は、給食を3回ほどおかわりした。


 だが、その姿は、あまり俺のイメージとあっていないらしく、たらふくおかわりする度に『黒崎は、見かけによらず大食いだ』などと言われたものだった。


 でも、イメージなんて、正直どうでもよかった。


 だって給食は美味いし、とてもありがたかったから。

 

 家でたべられないなら学校で食べればいい。

 そんなふうに、心の余裕を持つこともできた。


 なにより、夕飯を食べさせて貰えなかったなんて、絶対に言いたくなかった。


 言えば、もっと殴られるし、父だけでなく母まで悪く言われてしまうかもしれないから──…


「なぁ、俺の分のプリンも食うか?」


「え?」


 すると、樋口がまた話しかけてきた、俺は目を丸くした。


 樋口の手には、デザートであるプリンが握られていて──


(そりゃ、よく食うのは確かだけど……)


 だからって、人が楽しみにしてるデザートまで食べたいなんて思わない。


「いらない」


「なんでだよ、食えよ!」


「だから、いらないって。大体、樋口はプリン嫌いじゃないだろ」


「それは、そうだけど……! でも、ほら、あれだ! 今、ダイエット中なんだよ!」


「ダイエット? さして、太ってもいないくせに?」


「あーもう、とにかく、食え! その代わり、今日のサッカーには、絶対に来い!」


「え?」


 すると、突然、交換条件つきつけられて、俺は小さく眉を顰める。


「なんで?」


「なんでって……その前に、昨日は、なんで来なかったんだよ」


「………」

 

 サッカーに来なかったことを責めているのか?


 だが、樋口は不機嫌と言うよりは、どこか心配そうな顔をしていて、食事をする手も、自然と止まってしまう。


「ごめん。昨日は……腹こわして寝てた」


「いや、お前、なんで家帰ったあとに、いつも腹壊すんだよ!? おかしいだろ!」


「しかたないだろ。それに、今に始まったことじゃないし」


 約束を破るようになったのは、いつからだろう?


 多分、高学年になってからだ。

 3年生のころまでは、家に帰れば母がいた。


 だから、父から手を上げられることも、あまりなかった。


 でも、俺が大きくなって、母の手が離れるようになると、母は、また本格的に絵を描き始めた。


 朝、学校に行く俺を見送ったあと、母はアトリエで、ひたすら絵を描いていた。


 父の望む絵を描くために、ずっと、ずっと──


 でも、そうなると、俺は父と二人きりになることが増えて、いつからか殴られるようになった。


 テストでどんなにいい点を取っても、必ず、欠点を見つけて怒られる。

 

 なにより父は、俺のことが嫌いなんだろう。


 殴られるたびに言われる。


のは、お前だ』と──

 


「なぁ、黒崎」


「……?」


 すると、また樋口が声をかけて、俺は樋口を見つめた。

 

 約束を破るのは、今に始まったことじゃない。


 だけど、何度も繰り返されると、嫌な気分になるのは、俺だってよくわかっていた。


 それでも樋口は、怒ることなく、俺の机にプリンを置くと


「あのな、黒崎。俺は、無理してまで来いなんて思ってねーんだ。お前、なんだかんだ真面目だし、きっと、破りたくて破ってるわけじゃないと思うから……でも、他のメンバーからは、ちょっと不満がでててさ」


「………」


「もう、黒崎のことは誘ってやんないとかいいだして。だから、思わず俺、言っちゃったんだよ。明日は、絶対来るから!って……だから、今日は来てほしい。このままじゃ、一緒にサッカーできなくなっちまうぞ?」


「……っ」


 樋口の言葉に、俺は唇を噛みしめた。

 

 父に蹴られたわき腹の痛みよりも、今の樋口の言葉の方が、何倍も痛かった。


 わかってる。


 どんなに勉強や運動ができようが、約束を何度も破るやつは嫌われる。


 信用を失って

 誰にも相手にされなくなって


 いつか独りになる。


 居場所が、なくなっていくのがわかった。


 唯一、楽しいと思える場所ですら──…



「なぁ、だから、今日だけは来てくれよ! プリンでもなんでもやるから!」


 すると、樋口は更に手を合わせて頼みこんできて、俺は、申し訳ない気持ちになった。


(なんで樋口が、お願いしてるんだよ……っ)


 必死になって、お願いしなきゃいけないのは、本当は俺の方だ。


 どうか、嫌わないで

 離れていかないで


 本当は俺も、みんなと一緒に遊びたい……っ


「いらない」

「!?」


 だけど、その後、口にした言葉はそれで、プリンを突き返された樋口は、今にも泣きそうな顔で、俺を見つめた。


 でも、プリンを突き返したのは「行かない」という意思表示ではなくて──


「集合は、何時?」


「え?」


「今日は行くよ、必ず。だから、プリンは樋口が食べて」


 プリンを受け取らなかったのは、誰かに強制されたからじゃなく、しっかりと自分の意思で、約束を守りたいと思ったから。


 なにより、もう困らせたくないと思った。


 こんなにも

 俺のことを思ってくれる大切な友達を――…


 






あとがき⤵︎ ︎

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093079244932052

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