【第5章】黒と色彩のアーティスト(過去編)

第80錠 黒と色彩のアーティスト① ~完璧~


 『完璧』というものは


 人の心を狂わせる。



 例え、それが


 その人にとっての



 『完璧』だったとしても──…





 ◆◆◆




「黒崎~! テスト、何点だった!」


 小学6年生の春。クラスメイトの樋口ひぐち 智也ともやが、明るく俺に声をかけてきた。


 その頃の俺は、城ヶ崎じょうがさきに引っ越してくる前にいた町、星ケ峯ほしがみねという穏やかな地域で暮らしていて、友達も、それなりにいたと思う。


「もしかして、また100点か!」


「いや、99点」


「えー、マジか!」


 俺が手にしたテストを覗き込みながら、樋口が驚く様な声を上げる。


 先日、行われた算数のテスト。


 5年生の復習もかねたテストは、1問だけケアレスミスがあり、○ではなく△をもらった。


 そして、100点まで、あと1点足りなかったことに落ち込んでいると、それを察した樋口が、ぽんと肩を叩く。


「なに落ち込んでんだよ。今回の平均、52だぞ。99って、すげー数字じゃん」


「それは、わかってる」


「じゃぁ、笑っとけよ! つーか、勉強できるし、運動できるし、オマケに絵も上手いし! 色々完璧すぎるんだよ、黒崎は!」


「完璧じゃないよ。俺、音楽は苦手だし」


「あー、そうだった! 黒崎、めっちゃ音痴だった!」


 一つだけ苦手な教科を言えば、樋口が砕けた表情で、豪快に笑う。


 春の教室は、いつも賑やかだ。そして、その賑やかな教室の中で、樋口は、俺の顔を見ながら楽しそうに語る。


「でも俺は、黒崎の外しまくった歌、結構好きだけどな!」


「なんだ、それ。褒めてないだろ?」


「褒めてる、褒めてる! だって、その顔で歌まで上手かったら、いつか芸能界にスカウトされるかとしれないじゃん! それに、完璧すぎると、近寄りづらくなるし、だから、歌は上手くなるなよ!」


「ならねーよ」


「おー、諦めてる、諦めてる!」


 樋口が笑えば、俺もつられて笑ってしまった。


 完璧では無い部分を、こうして褒めて、好きだと言ってくれる。


 それは、純粋に嬉しいと思ったから──…


「そうだ。今日の放課後、またサッカーやるから来いよ」


「うん、行く」


 そして、放課後の約束をして、99点のテストを引き出しの中に片付けた俺は、次の授業の準備を始めた。


 学校で友達と話している時間は、とても楽しかった。


 むしろ、家の中よりも、学校にいる時の方が、自分らしくいられた。


 だけど、あの時のような他愛もない時間は、二度と戻ってはこないのだろう。


 俺はもう『普通』ではなってしまったから──…









        第80話


  「黒と色彩のアーティスト① ~完璧~」





 




 ◆◆◆



「黒崎くん、一緒に帰ろー」


 放課後──


 学校が終わると、同じ学年の生徒たちと、何人かで連なって帰っていた。


 女子と男子が入り交じり、6人くらいで。


 そして、下校途中に交わされる会話は、今思えば、とても子供らしいものだったと思う。


「なぁ! 今度、四丁目にある、お化け屋敷にいってみねー?」


 通学路を進みながら、樋口が陽気な提案する。

 すると、一緒に歩いていた女子たちが


「えー、やだよ。あそこ昔、神隠しがあったっていわれてるもん」


「屋敷に住んでたお嬢様と使用人が、みんなして消えちゃったんでしょ?」


「だから、おもしれーんじゃん!」

 

 話題にあがったのは、近所にある古びた洋館のこと。


 もう何十年と無人のその屋敷には、昔、この町一帯を牛耳っていた名家の娘が、執事や使用人たちと暮らしていたらしい。


 でも、ある日突然、行方不明になったらしく、そして、その理由が『神隠し』にあったから。


 そして、そのありえないような話は、今も尚、語り継がれていた。


「人が一晩で消えたんだぞ! 超気になるじゃん!」


「違うよ、樋口くん。あの屋敷のお嬢様は、執事と駆け落ちして逃げたって話だよ」


「え! 違うのか!?」


「えー、私は、遺産相続で揉めて殺されたって聞いたよ。屋敷のどこかに死体があるんじゃないかって」


「おいおい、どれが正しいんだよ!?」


 だが、噂なんて、いい加減なものだった。


 あれやこれやと尾ひれがつけば、様々な憶測が飛び交い、真実なんて余計に分からなくなる。


「なぁ、黒崎は、何か知ってるー?」


 すると樋口が、俺にまで話をふってきた。


 下校途中、ゆったりと流れる穏やかな風を感じながら足を止めると、俺は、一つだけ知っていることを口にする。


 神隠しも、駆け落ちも、殺人事件も、全く興味はないけど、一つだけ気になっていたものがあった。


 それは──


「絵があるって聞いた」


「絵?」


「うん。とても綺麗で、な絵──」





 『完璧』なものに、人は心を奪われる。


 

 完璧と言われる理想に、少しでも近づきたくて



 人は、足掻き、苦しみ



 そして、心を病んでいく──



 

 完璧なものなんて、この世には




 たったひとつしか無いと言うのに──…









*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093075446090185

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