第72錠 優秀な子


「いただきまーす!」


 ぐつぐつと香ばしい音がする鍋を囲み、黒崎家の面々が手を合わせた。


 彩葉をのぞき、誠司、優子、葉一の三人だけで夕食をとるのは、再婚して初めてのことだ。


 そして、今日の夕食は、すき焼き。


 テストを頑張ったご褒美に、優子が気前よく、高級なお肉を調達してきたのだが、残念ながら、そのご褒美にありつけたのは、誠司だけになってしまった。


「残念ね。まさか彩葉ちゃんが、お友達の家に泊まりにいっちゃうなんて」


 すると、優子が卵をときながら呟く。


 仕事から帰ってきたら『彩葉、友達んちに泊まりに行った』と優子は、誠司から聞かされた。


 しかも、かなり急な話だ。

 だが、そんな優子に、誠司は

 

「別にいいじゃん。彩葉、学校で孤立してるし、泊まりに行けるほど仲のいいダチがいるのは、いいことだろ」


「そうね。仲がいいお友達がいるのは幸せなことだし──て! 彩葉ちゃん、孤立してるの!?」


 だが、その話に、優子は驚いた。


 そりゃ、そうだろう。


 転校したばかりの息子が、いきなり孤立してるなどと、言われたら!


「誠司、どういうこと? 彩葉ちゃん、クラスになじめてないの?!」

 

「いや、馴染めてないというか。どちらかというと、馴染む気がないってかんじで」


  そう、簡単に言えば、話しかけるな&近寄るな的なオーラがめちゃくちゃでてるのだ。


 だからか、あまり彩葉に近づく男子はいないし、彩葉自身も、それで良さそうな感じだった。


 まぁ、女子からは、その一匹狼的な振る舞いが、クールでカッコイイとか言われて、かなりの人気らしいが。


「誠司、ちゃんとサポートしてあげてね? せっかく同じ高校になったんだから」


「わかってるよ。俺は、ちょこちょこ声掛けにいってるし。でも、彩葉、そっけないんだよなぁ~」


「すまないね、誠司くん」


「え?」


 すると、今度は葉一が、申し訳なさそうに呟く。

 

 食事をする手を止めた葉一は、苦笑しながら

 

「前の高校でも、そんな感じだったんよ、彩葉は」


「え? 前の高校でも?」


「あぁ、クラスメイトとは全くつるまないで、時折、学校を早退しては、夜まで帰らなかったり……今日だって、友達の家に泊まりにいくなんて言ってるが、本当は、どこで何をしているやら?」


「「…………」」


 酷く落ち込む葉一をみて、優子と誠司は、黙り込んだ。


 それはまるで、友達の家にはいっていないと、疑っているようにも感じて、優子が、不安げに問いかける。


「彩葉ちゃん、よく外泊してたの? もしかして、悪いお友達とつるんでるとか?」


「そうだな。その可能性もあるかもしれない。でも、昔は、とても優秀ないい子だったんだ。遅刻や早退なんて一切なかったし、成績もよくて、友達もいて、結構な優等生だったんだ……だが、妻が亡くなってから、彩葉は、別人のように変わってしまった」


(……別人?)


 その話を聞いて、誠司は、ふと思い出した。


 彩葉は、人の性格をかえる『colorful』という薬を販売している。


 まさか、あのcolorfulという薬を飲んで、性格が変わってしまったとか?


(いやいやいや、いくらなんでも、それはないか。つーか俺、あの薬を飲んだ人間が、どーなるのか? まだよく、わかってないんだよな?)


 話には聞いているが、実際に変わるところを見たわけじゃないし、どうにも胡散臭い。


 なにより、薬で人の性格を、容易く変えられるものなのか?


 まだ、よく信じられない。


 それに、彩葉の話だと、colorfulは、プラスの性格に変わるものを販売していると言っていた。


 なら、仮に飲んでいたら、良い風にかわっているはずだ。


 だが、洋一のこの言いようだと、今の彩葉は、悪い方に変わってしまったような言い方だった。


 優秀な子が、素行の悪い不良に変わってしまったかのような。


 だが、実際に、悪い感じになっているのかもしれない。


 借金を抱えて、得体の知れない組織の言いなりになっているのだから……

 

(つーか、葉一さん、めちゃくちゃ心配してるじゃん)


 彩葉は、実の父である葉一に対しても、とても素っ気なかった。

 

 だから、この家で、彩葉と葉一が、話している姿をほとんど見たことがない。


 それは、たまたまかと思っていたが、どうやら、たまたまではなかったらしい。

 

 この2人は、親子というには、実にぎこちない。


「葉一さん、彩葉ちゃんは、今もとてもいい子よ。私の事、すごく気遣ってくれるし、優しい子だわ」


 だが、そんな葉一を励ますように、優子が声をかけた。


 優子にとって、彩葉は、自分の息子も同然。


 だからこそ、母として、息子を信じようとしているようにも見えた。


(本当に、このままでいいのか?)


 だが、そんな2人の姿を見て、誠司は悩む。


(彩葉が、学校を早退したり、外泊したりするのって、まさか、あの組織の仕事と関係があったり?)


 前に、オッサンに襲われてた時も、彩葉は学校をサボっていた。


 それに、もしかしたら、友達に家に泊まりに行くといったアレも、組織の仕事をするためだったり……とか??


(あー! 友達いるって聞いて、素直に喜んじまったけど、考えてみれば、こんなタイミングで、急に行くか?友達んちに!?)


 あぁ、なんか、考えれば考えるほど、組織がらみな気がしてきた!?


(つーか、葉一さんに心配かけけて、何やってんだよ、アイツ!)


 こうなったら、彩葉が何をしているのか?それを、正直に話した方がいいんじゃないだろうか?


 いや、だが、話したら話したで、余計に心配をかけることになる気も??


(あー、難しい……! こういう時、親父が生きていたらなぁ)


 すると誠司は、チェストの上にかざられた父の写真に目を向けた。


 写真の中には、誠司の父である──早坂 慎二の姿があった。


 慎二は、病気で亡くなる前、警察官として働いていた。


 だから、もし生きていたら、助けを求められたかもしれない。


 だが──…


(………まぁ、親父が生きてたら、再婚なんてしてないだろうし)


 今、この家族があるのは、母が再婚したから。


 だからこそ、父が生きていたら、きっと、葉一や彩葉と、出会う事もなかったのだろう。


 なら……


(ちょっと、連絡してみるか)


 父には頼れない。

 なら、俺が、何とかしないと──


 そう決意した誠司は、昼間、交換したばかりの彩葉のIDにメッセージを送った。


【今、なにしてんの?】


 さりげなく、当たり障りのないメッセージだ。


 すると、ちょうどスマホを手にしていたのか?

 そのメッセージには、すぐに既読がついた。 





*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818023213435913869

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