第73錠 寂しがり屋
コンビニで弁当を買った彩葉たちは、その後、ホテルの中に入った。
山根に先導されるまま、エレベーターで3階まで上ると、その先には、モダンな雰囲気の和室があった。
きっと、組織が間借りしている部屋なのだろう。
大人が4人も入ると、少々、
「佐々木さん、お疲れ様です」
そして、そこには、すでに先客がいた。
70代くらいの、白髪まじりの老人だ。
ほっそりとしているが、背筋がしっかり伸び、
それでいて、きっちりと整えられた
何より、この場にいるということは、彼も組織の一員なのだろう。
「早かったな、山根。もう少し、のんびりしてきてもよかったんだが」
「何言ってるんですか、佐々木さん。もう一週間も缶詰なんでしょう? さすがに、体に
佐々木と呼ばれた老人が口を開けば、山根は、見知った様子で答え、紙袋を差し出す。
「はい。これ、ウィスキーとチーズ。家に帰ったら、ゆっくりしてください。あとは、この子達が変わりますから」
そう言って、山根が、彩葉と葵に目を向けると、佐々木も同じように二人を見つめた。
佐々木と目が合えば、彩葉は、丁寧にお辞儀をし、それを見て、葵も慌てて頭を下げた。
山根が敬語を使っているということは、この人は、自分たちの先輩にあたる人なのだろう。
何より、この
逆らわない方が無難だ。
「あぁ、若いのを連れてくると言っとったな。いくつだ?」
「二人とも17です。名前は、彩葉と葵」
「イロハ? アオイ? どっちがイロハで、どっちがアオイだ?」
「あぁ、男の子の方が彩葉で、女の子の方が葵です」
「ほぅ? 近頃の子は、性別がはっきりせん名前が多いのぅ。神木くんも、そうじゃが」
「あぁ、神木くんも『飛鳥』って中性的な名前でしたね」
「見た目も奇麗なもんじゃったぞ。初め見た時は、女の子かと思ったわ」
「あはは。資料には、ちゃんと『男』って書いてあったでしょう? それに、そこがまた彼の魅力でもあるんですよ。中性的な見た目と、寸分の狂いなく整った容姿。芸術性の高さは、
「芸術性ねぇ……難儀なもんだのぅ。奇麗に生まれてきたばかりに、物として狙われる羽目になるとは。10年前の誘拐が未遂で終わって良かったと、つくづく思うわ」
佐々木が、深く息を吐く。
未遂ですんだから良かったものの、もし攫われていたら、あの神木くんには、その後、どのような人生が待っていたのか?
あまり、想像したくはない。
だが、今、この桜聖市には、その梁沼が潜伏している。
今度こそ、神木くんを手に入れようと──…
「まぁ、くれぐれもバレんようにな」
「はいはい。分かってますよ~」
「本当に分かってるのか? お前さんの返事は、いつも軽すぎるんじゃ」
「大丈夫ですって~。それより、梁沼らしい男はいました?」
「いや、今のところは……だが、神木くんの家を突き止めるのも時間の問題じゃろうな」
「そうですね。早くカタをつけないと」
そう言って、山根がウイスキーの入った袋を手渡すと、佐々木は、そそくさと部屋から出ていった。
そして、その後、買ってきた弁当やお菓子をテーブルに置き、山根はドサッと腰を下ろす。
「よし! じゃぁ、俺らも飯にするか~」
そう言って、広縁の椅子に腰かけ、なにやら、くつろぎモードに入った山根。
だが、それを見て葵が
「ねぇ、あの人、誰?」
組織の一員なのは、話の内容からわかった。
だが、このホテルでなにをしていたのか?
状況を尋ねれば、山根は、弁当の蓋を外しながら
「あの爺ちゃんは、
「!?」
なんか、サラッととんでもない内容が飛び込んできた!
奥さんと娘を惨殺!?
「こ、殺されたの?」
「あぁ……まぁ、この組織にたどり着く人達は、みんな普通の人生を送れなかった寂しがり屋ばかりだ。お前たちと一緒でな?」
お前たち──そう言って見つめられた瞬間、彩葉と葵は、ムッとしながら
「私は、別に寂しくないし!」
「俺も寂しいなんて思ってない」
「はいはい。そうですか~。ちなみに、佐々木のじいちゃん、かなり貯め込んでるから、気に入られたら何でも買ってくれるし、孫みたいにかわいがってくれるぞ!」
「だから、寂しくないってば!」
「はいはい。まぁ、冷めないうちに食え! 梓~、ポットにお湯ある~」
「あるわよ~。お茶、淹れる?」
「頼む!」
その後、慣れた様子で梓が動き出し、和室のテーブルには、先ほど買ったお弁当と温かいお茶が人数ぶん並んだ。
そして、あれよあれよと、テーブルを囲んだ四人は、そそくさと夕食をとりはじめる。
(なんだ、この状況……?)
そして、その状況を見て、彩葉は戸惑っていた。
まるで、楽しい楽しいお泊まり会みたいな雰囲気だ。
そして、そのタイミングで、幸か不幸か、誠司からLIMEがきた。
思わず開いてしまったのは『父に何かあったのか?』と、漠然とした不安が過ったから。
だが、LIMEの内容は【今、なにしてんの?】という、全くたいしたことのない文面で……
(……これだけ?)
何かあったわけではないらしい。
さて、これは、どうしたものか??
(……無視しよう)
そして、あっさり無視する選択をした彩葉は、スマホから手を離すが、その瞬間、また通知がきた。
【俺は今、すき焼き食ってるぞ!】
──と、ご丁寧に写真付きで送られてきた、一家団欒のご様子。
美味しそうなすき焼きを囲み、その写真には、誠司だけでなく、父の葉一と優子も映り込んでいた。
何の変哲もない、家族の食事風景。
きっと、梁沼のことがなければ、今日、この輪の中に、自分もいたのかもしれない。
(……相変わらず、甘ったるい)
優しい家族に囲まれて流れる
穏やかな時間。
だけど、それは
自分には、ほど遠い『甘さ』だった。
いや、でも本当は
ずっと、これを求めていた。
ただ、穏やかに流れる【安寧】を求めて
あの日、俺は
父に
父が変われば
母は、もう
泣かなくてすむと思ったから──…っ
「食事中くらい、スマホやめたら?」
「……っ」
だが、その瞬間、彩葉の隣から手厳しい声が聞こえてきた。
それは、彩葉の横で、パスタを食べていた葵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます