第71錠 ヒーロー


「よーし、なんでも買っていいぞー!」


 その後、現場視察を終えた彩葉たちは、コンビニに立ち寄っていた。


 時刻は19時半。

 

 すっかり日が暮れた夜の町は、点々と灯りがついていて、満月が顔を出していた。


 そして、山根が先導し、コンビニの中に入れば、四人は、それぞれ、お弁当やパン、飲み物などをカゴの中へ入れていく。


「彩葉〜、お菓子も買っといていいからな」


 すると、ちょうどお菓子コーナーの前で、山根が彩葉に語りかけた。


 夕飯の買い出しで、コンビニに立ち寄ったのだが、その締りのない声に、彩葉は眉をひそめた。


 これから、梁沼と対峙するというのに、気楽なものだ──…


「お泊まりパーティでも、始める気かよ」


「まぁ、お前と葵ちゃんは、そんな感じだろう~。今夜、俺が梁沼のねぐらを叩けば、万事解決するはずだし!」


「…………」


 今回の任務は、colorfulカラフルの効果が切れたであろう、梁沼に、再びcolorfulを打つこと。


 そして、それさえうまくいけば、黒に覚醒した猛獣も、また穏やかなウサギに戻る。


 だが、そのcolorfulを接種する際、少々厄介なことがあった。


 それは、約20秒間、注射針を相手の身体に押し付けていなくてはならないこと。


 colorfulの投与には、主に錠剤タイプと、注射タイプの二種類が存在する。


 数時間だけ色を変えたい時は、手軽な錠剤。

 

 そして、年単位で色、つまり性格を変えたいときには注射器を使い投与する。


 注射器の形状は、長さ20センチくらいの筒状のものだ。一見すれば、スマホの携帯充電器モバイルバッテリーのようなシンプルなデザイン。


 だが、その先端には、極細の針が菱形状に張り巡らせれていて、その針を肌に押し付けることで、colorfulが投与される。


 だが、接種の途中で中断させられた場合、それは失敗となってしまう。

 

 だから、約20秒間。しっかり梁沼に、針を押し付けなくては、接種完了とはならない。


「一人で、乗り込むの?」


 すると、彩葉が小さく問いかけた。

 それは、どこか心配しているような声色で。


 すると、山根は、また、おちゃらけながら

  

「そうだぞー。もしかして、心配してるのか?」


「別に、そういうわけじゃない。あんたが失敗したら、俺の仕事が増えるから」


「あー、そういうことね。まぁ、大丈夫だろ。梁沼が寝てる隙に、こっそり注射するだけだ。明日の朝には、全部、片付いてるはずだ」


「…………」


 なら、どうして、自分達まで、ここに連れてきたのか?


 簡単に片がつく相手なら、自分と葵が駆り出されることはなかったはず。


「それなら、いいけど……」


 だが、深くは探らず、コンビニの棚から、お菓子をカゴに入れながら、彩葉は呟く。


 山根は、これまでに、何度か黒と対峙している。


 だが、その全てが、穏やかに解決したわけじゃない。


 時には、命の危機だって……


「彩葉。お前、ほんとに甘いもの、好きだよな~」


「は?」


 だが、その後、いきなり話が切り替わって、彩葉は呆気に取られた。


 どうやら、彩葉が入れた、たくさんのお菓子を見ていっているらしい。山根は、チョコレートやドーナツなどの甘めなお菓子を見つめながら


「お前さん、見た目はクールなのに、体の中は激甘だよな~! お? このチョコ美味そう~」


「…………」


 そして、そのノーテンキな声に、彩葉は更に脱力する。相手は、犯罪を犯した黒だというのに、この緊張感のなさは、なんなのか?

 

「オッサンといると、ストレスたまるんだよ」


「え!? まさか、ストレス解消のために、甘いモノ食ってんの!? それはダメだよ! メタボになっちゃうよ! せっかくのイケメンが、残念なことになるよ! ていうか、俺がストレスの元凶みたいに言わないで~~~!」

 

「元凶だろ。どう見ても」


 彩葉の肩に擦り寄り、メソメソする山根の姿を見て、彩葉は、更に深いため息をついた。


 この組織に足を踏み入れてしまったのは、間違いなく、山根こいつのせいだ。

 

 しかも、詐欺まがいの方法で、借金まで負わされてしまった。


「俺は、あんたのことを、ヒーローだっておもってたよ、は」


 あたかも過去形だというように『あの頃』を強調された。


 あの時、気づいてくれた人は、この人だけだった。


 助けてくれた人も、この人だけだった。


 でも──…



「そうだなぁ……俺は、お前のヒーローにはなってやれなかったな」


「………」


 すると、どこか申し訳なさそうに、頭をポンと撫でられた。


 あの頃と変わらない、優しくて大きな手で──


「でも、生きてるだろ」


「死んだ方が、マシだった」

 

「そりゃ、ひでぇ言い草だな。でも、いいか。愚痴りたきゃ、グチれ。からって、ビービー泣き喚けるのは、ガキの特権だぞ」


「…………」


 だから、いくらでも聞いてやると、また頭を撫でられた。


 子供扱いされるのは、不快だった。

 でも、なぜか安心もする。


 まるで、みたいで──…


「ガキ扱いすんな」


 だが、その手を払いのければ、山根は、またおちゃらけながら


「やだー、彩葉くーん。そんなに睨まないで~」


「つーか、そろそろ落ち着けよ。その年で、恥ずかしくねーの?」


「おぉ、言ったなー! 恥ずかしい大人になりたくなかったら、俺みたいになるなよ!」


「ならねーよ」


「彩葉。宗太さーん! 買うもの決まった~?」


 すると、そこに、梓が声をかけてきた。

 山根は


「決まった、決まった~」


 そう言いながら、彩葉の元から離れ、その後、彩葉は、先程の山根の言葉を思いだした。


(思い通りにならなかった……か)


 あの日、俺の願いは叶わなかった。

 

 いや、叶ったはずなのに、全てが──遅かった。


「確かに……ガキだな」


 命の恩人に当たり散らすなんて、ガキだと言われても仕方ない。


 でも──


(喚きちらかせるのは、きっと、と分かってる相手だけだ)


 きっと、それだけ、俺は『山根 宗太この男』を、信頼しているのだろう。


 血の繋がりのある、実の『父』以上に──…

 

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