第70錠 宝物
「宗太は、警察官になるんだと思ってたから」
「…………」
ガキの頃の話をされて、思わず、息が止まった。
それは、ひどく懐かしいだった。
幼い日の、夢の話だ。
「将来の夢は、ヒーローになるんだ!っていってよね?」
「まだ、覚えてたのかよ、そんな昔の話」
「覚えてるよ。宗太は、人一倍、正義感が強くて、よく守ってもらってたし。きっと、カッコイイ警察官になるんだろうなって思ってた」
ガキの頃は、純粋に考えていた。
悪者をやっつける、カッコイイ
「バカだな、ゆりは。俺みたいなちゃらんぽらんが、ヒーローになんかなれるわけねぇだろ」
「あらら。夢のない大人になっちゃったなー。でも、薬を作る仕事だって、立派な仕事でしょ?」
「え?」
「その薬に、助けられてる人だって、きっとたくさんいるよ。だから、今の宗太だって、誰かにとってはヒーローだよ」
ふわりと、お日様みたいな笑顔で告げられた言葉に、思わず胸が熱くなった。
俺たち組織の人間は
誰にも気づかれることなく
誰にも感謝されることなく
人知れず、働いている。
この世界が、少しでも平和であるように
俺たちのように、苦しむ人たちが
この先、現れることがないように──…
「そう、かな?」
「そうだよ。だから、胸を張ってヒーローだって言っていいよ。私が許す!」
おちゃめに笑ったゆりは、相変わらず可愛くて、人妻で母親だなんて、信じられないくらいだった。
でも、昔からそうだ。
ゆりと話してると、心が和む。
そして、やる気が湧いてくるんだ。
自分だって、なかなか捨てたもんじゃないなって……
「ていうか、宗太の方は、どうなの?」
「え?」
すると、ゆりがまた口を開き、俺は目をあわせた。
「どうって、なにが?」
「だから、好きな人とか、彼女はいないの? なんで、私だけ話してんのよ」
「ゆりが、勝手にいったんだろーが。つーか、いねーよ、好きな人なんて。なにより、いつの間にか結婚してたし」
「えー、なにそれ! 超、切ないやつじゃん!」
驚いてるゆりは、その相手が自分だなんて、夢にも思っていないのだろう。
俺たちは、どこまで行っても、幼馴染のままで、この想いは、一方通行のまま、叶うことはない。
でも、それでいい。
この組織に入ると決めた時に、家族を持つのは、諦めたから──
「あ。私、そろそろ行かなきゃ」
すると、別れの時が来たのか、ゆりは、ベンチから立ち上がった。
「帰るのか?」
「うんん。今から保育園に、一番上のお兄ちゃんを、迎えに行くの」
「え? 一番上って……子供、二人だけじゃないのかよ!?」
「うん。実は、もう一人いるんだー。夫の連れ子なんだけど」
「つ、連れ子って! まさか、旦那、バツイチか!?」
「そうでーす♡」
「お前、なに、バツイチくどいてんだよ。しかも、ガキがいるとか!?」
「いいじゃい。それに、飛鳥、チョー可愛いんだよー。血は繋がってなくても、私にとっては、華と蓮と同じように、大切な大切な宝物なの」
そう言って笑ったゆりは、子供たちのことを、とてもとても愛しているのが伝わってきた。
「そうか……幸せなんだな、今」
「うん、とっても幸せ。ずっと、そばにいてあげたいなぁ、この子達が大人になるまで」
そういって、目を細めた姿を、今でもよく覚えている。
だけど、安易に『いてやればいい』なんて言えなかった。
ゆりの父親は、ゆりが幼い時に、亡くなってしまったから。
俺を『黒』の手から、守り抜いて──
「なぁ、ゆり。連絡先、教えてくれよ」
「え?」
「何かあったら、すぐ駆けつけてやるから」
柄にもなく、キザなことを言った。
人妻相手に、なにをやってるんだろう?
「ふふ、なにそれ」
だが、ゆりは、迷うことなく携帯をとりだして、俺たちは、連絡先の交換をした。
「あ、そうだ。私の名字、もう五十嵐じゃないからね」
「え?……あぁ、そうか。結婚したんだもんな。今は、なんて苗字なんだ?」
「──神木」
「え?」
「今は、"
◇
◇
◇
「宗太さーん! 起きてー。ついたよー」
「!?」
夢から覚めたのは、唐突だった。
ゆりかごのような振動が止まって、ふと気がつけば、横から梓が声が聞こえてきた。
どうやら、目的地に着いたのか、山根は、アイマスクを外しながら
「ふぁぁ、今、何時だ?」
「5時半よ」
「そうか。案外、早かったな?」
「まぁ、高速、飛ばしてきたし。それで、ここよね。被害者の神木 飛鳥くんが、最初に、
その公園は、どこにでもありそうな普通の公園だった。
資料で見た、10年前の姿と、そう変わらない。
きっと、ジャングルジムとか、そういった遊具が少し減ったくらいだ。
「よし。じゃぁ、現場の視察といくか。彩葉と葵も、ちゃんと頭に叩き込んどけよ~!」
そう言って、山根は車から出ると、彩葉たちに当時の状況を説明する。
犯人の行動や心理、その全てを把握しておくことは、己の身を守るためにも必要なことだから。
だが、説明をしながら、山根は、改めて、被害者家族のリストを見つめた。
(神木……か)
なぜ、このタイミングで、ゆりの夢を見たのか?
まるで、思い出して──と、でも言われているようだった。
だが、忘れるはずがない。
ゆりが宝物だと、目を細めて笑っていた
子供たちの名前を──…
(飛鳥に、華と蓮。どう考えても、ゆりの子だよな?)
華さんの写真を見て、山根は、思わず苦笑いを浮かべた。
その姿は、生き写しかと言いたくなるくらい、ゆりに、よく似ていた。
でも、できるなら、違って欲しかった。
組織から送信された資料で、神木の名前を目にした時、同時に、山根は、ある記載を見た。
──母親は他界。
それは、どうしても信じたくない記載で、被害者の身辺を探ると同時に、母親のことをしりたくて、山根は、神木家と親交が深い、橘警部の元を訪れた。
『飛鳥くんたちの母親は、もう亡くなってるんですか?』
『あぁ、ゆりさんと言ったかな。まだ、若かったらしいが、心筋梗塞で亡くなったそうだよ』
『……そう、ですか』
連絡先は交換したが、あれっきり、ゆりと会うことはなかった。
だから、いつかまた、会いたいと願っていた。
『──宗太』
そう言って、俺の名前を呼びながら
幸せそうに笑う、ゆりの笑顔を見たいと、今でも思っていた。
*あとがき*
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818023212460996332
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