第60錠 危険すぎる男


 インターフォンがなって確認すれば、そこには一人の男が立っていた。


 30代ぐらいだろうか?


 黒髪、痩せ型。

 トレンチコートを着た、見知らぬ男。


 確実に知り合いではなく、橘は、手早くすませようとモニター越しには話しかける。


「どちら様ですか?」


『初めまして、山根やまねともうします。こちらは、警視庁捜査一課のたちばな 昌樹まさきさんのお宅ですよね?』


「………」


 山根──それは、全く知らない名前だった。


 だが、橘が警察官だということは知っているらしい。


「なんの用かな?」


『実は、について、お伺いしたいことがありまして』


「事件?」


 その言葉を聞いて、橘は眉をひそめた。


 なんの事件について調べているのかはしらないが、警察には守秘義務がある。事件の内容を部外者にペラペラしゃべるわけにはいかない。


「君は探偵かな? それとも週刊誌の記者か何かか? 悪いが話はできない。潔く諦めて」


梁沼はりぬま 毅一きいち。この名前、ご存知ですよね?」


「……!」


 だが、その瞬間、橘は、ゴクリと息を呑んだ。


 そして、その名を聞いた瞬間、優雅な日常は、早々に終わりるのだと確信する。


「まぁ、知らないわけないですね。あなたの息子さんを殺そうとした男の名前なんですから」


「………」


 山根の言葉に、橘は頭を悩ませる。


 確かに、忘れるわけがない。


 『梁沼はりぬま 毅一きいち』は、橘の息子が巻きこまれた『男児誘拐未遂事件』の犯人の名前だ。


 当時、小学五年生の男の子を誘拐しようとした──危険すぎる男。


 だが、あれは、あくまでもで終わった事件で、地方紙の片隅に載ったくらいの小さな事件だったため、犯人の名前は、世間には公表はされてなかった。


「なぜ君が、梁沼はりぬまの名前を知ってる?」


「橘さんの同業者だからですよ。と言っても、表舞台にいる警察と違って、裏社会にいるほうですが」


「裏社会?」


「はい。俺はの者です」


「………」


 その言葉で、ピンと来た。


 世界的な国家機関の一つで、犯罪者を実験体にし、怪しい薬を研究している機関があるらしい。


 そして、彼らは、製薬会社を名乗り活動していて、警察組織とも密接な関わりがある。


 まぁ、彼らに関しては、警察関係者でも、知っているものは、ごく一部だが──

 

「あぁ……聞いたことはある。それで? 君が、だと証明するものは?」


「もちろん、資格証なら持ってますよ!」


 すると山根は、モニター越しに、その資格書を見せつけてきた。まるで、警察手帳でも見せるような仕草。


 そして、そこには『山根 宗太』と書かれた国家機関の社員証があった。


「そうか……わかった。中で話そう」


『どうも。察しが良くて助かります』


 その後、にこやかに笑う山根を家に招き入れると、橘は、玄関に引き込むなり、単刀直入に問いかけた。


「それで、梁沼はりぬまが、どうしたというんだ」


 一番、気になるのは、そこだった。


 10年も前に終わった事件。

 それを、わざわざ持ち出してきた。


 そして、持ち出されたということは、何かが始まるかもしれないということ──


「梁沼は、2年前に出所してる。その後、何をしていた?」


「そうですね。その後は、真面目に仕事をしてましたよ。喧嘩一つ起こさず、品行方正な日々を過ごして。ただ、最近になって行方をくらまし、この町の付近で、目撃情報があった。だから、まだ狙ってるのかもしれない。10年前の被害者である、神木かみき 飛鳥あすかくんを」


「………」


 最悪な話を聞いた。

 できるなら、夢であって欲しいと思うほどに。


「頭が痛そうですね」


「息子が巻き込まれた事件だぞ、親としては当然だ」


「ですよねー。というわけで、今日は橘警部ではなく、として、あなたに会いに来ました。当時の事や被害者である神木くん、それと、息子の隆臣たかおみくんのことについても、色々教えてください」


「………」


 すると山根は、当時の被害者のことを、根掘り葉掘り聞き出そうとしてきて、橘は眉をひそめる。


 神木 飛鳥くんは、当時の被害者であり、息子の友人でもある。しかも、息子のことまで話せ?


「話して、君たちは何をする気だ?」


「もちろん、梁沼はりぬまを止めます。警察は、事件が起きてからじゃないと、なかなか動けないでしょう。でも、は違う。俺たちの仕事は、黒が、再犯を犯す前に止めることだ。だから、息子さん達のことは、俺たちに任せてください。でも、そのためにも、現在いまの情報を仕入れてとく必要がある」


「………」


 山根の話を、橘は、真面目な表情で聞いていた。


 彼らは、警察の裏組織と行ってもいい。

 公安とは、また違う、影の組織。


 出所した後の犯罪者の動向を管理し、再犯を未然に防ぐという役割を担っていて、同時に、得体の知れない薬の研究を進めている。


 はっきりいって、橘にも、よく分からない組織だった。


 だが、梁沼が、近くにいると聞かされたら、橘も覚悟を決めるしかなかった。


 なにより、もう二度と、あの子たちの平穏な日常を脅かしたくない。

 

「わかった。今なら誰もいない。ゆっくり話そう」


 橘は、その後、山根をリビングに通し、ソファーに座るよう促した。


 早朝の来客は、味方でありながら、どこか死神のようにも感じて、橘は、来客用のお茶を淹れながら、苦々しく笑ったのだった。




*後書き*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330662219001424

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る