【第3章】黒の行方

第59錠 とある家族の日常


 誠司たちが暮らす城星市の隣には、桜聖市という穏やかな町がある。


 田舎ほど簡素ではなく、都会ほど人に溢れてはいない、落ち着いた町だ。


 城星市よりも治安がよく、人柄も温かい町だからか、最近はよく子育て世帯が移り住んでいると聞く。


 そして、そんな町に、ある一家が暮らしていた。


 優子の亡くなった前夫『早坂 慎司』が警察官だった頃の上司──橘 昌樹の一家だ。


 橘は、警視庁・捜査一課に勤める警部だった。

 

 慎司とは、一緒に仕事をした仲で、亡くなった時も葬儀に参列し、今でも時折、墓参りをしている。


 そして、何かと多忙な警察官という仕事。


 だが、今日は休みだったようで、橘は、久しぶりにのんびりと過ごしていた。


 リビングのソファーに腰かけると、テレビをつけ、朝のニュースに目を通す。


 すると、そこに、橘の息子である、隆臣たかおみがやってきた。


「親父、今日は休み?」


 隆臣は、20歳になる大学生だった。


 父親似の凛々しい顔立ちと、母親似の赤毛の髪をした好青年だ。


 幼い頃から空手を習い、今では、都大会で優勝するほど強くなった。


 だが、今から10年前。

 隆臣が、まだ小学5年生の時。


 ある事件に巻き込まれ、突然、行方不明になったことは、今でも鮮明に覚えていた。


「あぁ、今日は休みだ。隆臣お前は大学か?」


「あぁ」


「そうか……今も、飛鳥あすか君と一緒に行ってるのか?」


「たまにな。講義がかぶる時は」


「そうか。あの子、いくつになっても綺麗だから、気をつけていってこいよ」


「わかってるよ。つーか、もう心配される年じゃねーし。俺も飛鳥も、もう大学生だぞ」


「まぁ、そうだけど、大人だろうが子供だろうか、襲われる時は襲われるし、死ぬ時は死ぬんだ。だから、気は抜くなよといってる」


「………」


 朝から、説教臭い話を聞かされ、隆臣は眉をひそめた。


 だが、それは、もっともな話だ。


 犯罪者は、いつどこに、紛れているかわからないのだから。


「そうだな。じゃぁ、親父も気を抜くなよ。さすがに、親が殉職したらこたえる」

 

「まぁ、確かにそうだな。俺も気をつけるよ」


「じゃぁ、大学、行ってくる」

 

「あぁ、行ってこい」


 雑談を終えると、息子は玄関から出ていき、その後、入れ替るように、妻の美里みさとが声をかけてきた。


「あなた。私も仕事に行ってきますね」


 たちばな 美里みさとは、現在42歳。


 長い赤毛の髪を三つ編みにしている、おっとりしたお母さんだ。


 この町に引っ越してきた時に、喫茶店を開き、今では、オーナー兼店長として働いている。


「お昼は、適当に食べてくださいね」


「あぁ、そうだな。久しぶりに作るか」


「今日は、ゆっくり出来るといいわね」


「そうだな。たまには、事件のことなんて考えずに、のんびりしたいもんだ」


 警察官という仕事は、事件が起きれば、休みの日でもでていかなければならない。


 だからか、休みの度に思うのだ。

 今日が一日、平和でありますように──と。


「じゃぁ、行ってきます」

「おぉ、気をつけて」


 息子に続いて、妻を送り出す。


 一人きりになった家の中は、なんだが、がらんとしていて、やけに静かだった。


「さてと」


 すると、橘は、テレビをつけたまま、ソファーから立ち上がった。


 なにか飲もうと、冷蔵庫の中から、ビールを取り出す。


 朝から怠惰を貪れるとは、贅沢な日だ。


 だが、いざという時に運転はできるよう、ビールといっても、ノンアルコールだった。


 プシュ──と、缶を開け、ビールを飲みながら、テレビを見る。


 撮り溜めていた映画でも観るかと、録画リストを開いた。


 できるなら、明るいものがいい。

 気持ちが、温かくなるような──


 ──ピンポーン!


「……?」


 だが、その瞬間、インターフォンが鳴った。


 まだ、朝の9時にもなっていない。

 誰か尋ねてくるには早すぎる気がして、橘は、首を傾げた。


(誰だ、こんな時間に……)


 妻も息子もいない。

 来客や配達があるとも聞いてない。


 橘は、テレビを消し、その後、静かにモニターの前に立った。


 リビングに備え付けられた、インターフォンモニター。それを見つめ、モニター越しに、玄関の様子を確認する。


 すると、そこには、が一人、立っていた。

 





*後書き*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330661366132486

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