【第1章】再会
第47錠 厄災と平穏
まるで、世界が変わったようだった。
老成した白髪混じりの男は、ソファーにしなだれかかりながら呟く。
「あぁ、私は今まで……何をしていたのだろう?」
失笑と同時に、声が
のうのうと、日常を過ごしていた。
ただ平凡と、人が変わったように生きていた。
だが、沸き起こる、この感情はなんだろう?
いや、覚えている。
これが、本来の
「あぁ、忌々しい……っ」
口角が上がる。
これは、喜びの笑みではない。
どちらかと言えば、怒りに近い感情。
思い出したことがあった。
たった一つ、手に入らなかったモノ。
とてもとても美しいそれは、まさに"最高級の芸術品"だった。
だが、私は、それを手に入れ損ねた。
「あぁ、今度こそ……今度こそ、私のものにしなければ、あの子を。神が私に与えてくれた──芸術品を」
男は、人が変わったように囁く。
いや、これは、変わったのではない。
ただ、元に戻っただけ。
【黒】が目覚めた。ただ、それだけの話──
─
***
「セイラ~!」
秋も深まる10月下旬。学校についた誠司は、セイラを見つけるなり、ギュッと抱きついていた。
教室前の廊下で、人目もはばからず抱きつく誠司。
そして、突然の
誠司のことは大好きだが、やっぱり場所は考えて欲しい!
「ちょっと誠司! 学校で、抱きつくのはやめてって、いつも、言ってるのに……っ」
「あー、そうだよなぁ。そうなんだけど……はぁ~~~」
「?」
だが、いつもとは違う誠司の反応に、セイラは首を傾げた。その姿は、とても、落ち込んでいるように見えたから。
「誠司、どうしたの? 何か嫌なことでもあったの?」
セイラが、誠司の腕の中で、心配そうに声をかける。
すると、とたんに大人しくなったセイラを見て、誠司は、ほっと息をつく。
セイラが、心配してる。
そう思うと、誠司は更に強くセイラを抱きしめ、昨日の事を思い出した。
(ッ……まさか、あんなことになるなんて)
昨日、誠司は、彩葉の秘密を知ってしまった。
妖しい薬を販売していること。
そして、その薬が【
更には、それが国家機密だという、次元の違う話まで。
しかも、その彩葉の仕事を手伝うことになってしまったわけで、今更、後悔しても遅いが、最悪な事態になってしまった。
だが、きっと、あそこで彩葉を見捨てても、後悔はしていた。
なら、自分の選択は正しかったのだろう。
しかし、事が事なだけあり、そう簡単に受け入れられる話ではなく……
「はぁ〜〜〜」
「?」
再び、ため息をつけば、セイラは、更に首を傾げ
「本当にどうしたの? もしかして、来週のテストのせい?」
「え?」
だが、その後、予想外の言葉が返ってきて、今度は誠司が首を傾げる。
「テ、テスト?」
「うん。来週から中間考査が始まるでしょ?」
(あぁ、そうだった!?)
確かに、来週からテストだった!!
彩葉のせいで、すっかり忘れてた!!
(やべー! この状態で、中間考査がくるとか、マジで最悪だろ!?)
「自信ないなら、また、一緒にテスト勉強する?」
「え?」
だが、青ざめる誠司に、セイラが助け舟を出してきて、誠司の心は、ほんのり暖かくなった。
何を隠そう、セイラ、とても頭がいい。
学年でも、常に上位3位に入る程の賢さだ。
まさに、才色兼備と言わんばかりで、はっきりいって、誠司には勿体ないくらいの、よく出来た彼女。
しかも、テスト勉強を一緒にしようと言ってくれるなんて──
「あー、セイラ~! やっぱり、お前は最高の彼女だー!!!」
「わっ! ちょっと誠司……っ」
すると、誠司は、更にセイラを抱きしめ、セイラは腕の中で、顔を真っ赤にして慌て始める。
「誠司、みんな見てるから……!」
「あぁ、そうだった、すまん!」
だが、さすがにマズいと思ったのか、再び嫌がりだしたセイラをみて、誠司は我に返る。
周りを見回せば、確かに、セイラのクラスの生徒たちか、ニヤニヤしながら、自分たちを見つめていた。
昨日あんなことがあったからか、ついセイラに癒されたくなってしまったが、確かに学校で、イチャつくのはあまり良くはない。
「ゴメン。セイラ。学校で、こういうことするの嫌だって言ってたのに」
そう言って、素直に反省すれば、そんな誠司をみて、セイラは、優しく微笑む。
「うんん、怒ってないよ。でも、学校では恥ずかしいから、その……こういうのは、二人だけの時にして」
「……っ」
二人だけの時に──そう言って、顔を赤くするセイラに、誠司の心臓は、ドクンと波打つ。
可愛い!
めちゃくちゃ可愛い!
できるなら、また抱きしめたい!!
(いやいや、落ち着け! ここでまた抱きしめたら、マジで、いつかは嫌われるぞ)
「あ、そうだ。テスト勉強は、どこでする? 誠司の家に行ってもいい?」
「え? うちに?」
「うん。無理ならいいけど。できれば、イロハさんにも挨拶したいなって」
「……!」
だが、そう言われた瞬間、誠司は青ざめた。
どちらかと言えば、挨拶なんてさせたくないが、前に、セイラと約束したのだった。
ちゃんと彩葉を紹介するから──と。
(どうしよう……できるなら、紹介なんてしたくないけど、前に約束したし。それに、彩葉は、俺の義兄弟だし、いつまでも会わせないわけにも……っ)
「やっぱり、私にイロハさんを紹介するのは、嫌?」
「……っ」
すると、あまりいい顔をしない誠司に、セイラがまた不安げに眉を下げ、誠司は胸を痛める。
あんな危ない仕事してるやつに、会わせたくはない。
だが、このまま、ずっと、会わせないわけにもいかないし、きっと、また不安にさせてしまう。
誠司は、そう思うと、ガッとセイラの両手を掴み
「わかった! 今週末、うちに来い。ちゃんと彩葉のこと紹介する! だから、そんな顔するな。俺は、ちゃんとセイラとの将来を考えてる! だから、いつか大人になったら、俺と結婚」
──バシン!
「痛てーッ!!?」
だが、その瞬間、本で頭を小突かれた。
いや、本というか、生徒名簿だ。
見れば、セイラのクラスの担任の先生が、気難しい顔をして立っていた。
「早坂~、じゃなかった黒崎。なに廊下でプロポーズきめこんでんだ。ホームルーム始まるから、早く教室に戻れェ」
跳ねた黒髪に、気だるそう顔つきの男の先生。
名前は、
ちょっと目つきの悪い、不良みたいな教師だ。
「げっ! 先生、もう来たの!?」
「もうじゃねーよ。あのなぁ、黒崎。響がいい子だから黙認してやってるけど、これ以上、学校の風紀を乱すなら、職員会議にかけるぞ?」
「え!?」
「だから、そういうのは学校の外でやれ。あと、避妊はしっかりしろー」
「ひっ!? て、なんてこと言い出すんだ、このエロ教師!?」
「はぁ? 性教育も教師の仕事だろうが、だいたい俺のクラスから、妊娠した生徒が出るとか、先生、マジで困っちゃうからねー」
「いや、出ねーよ!! つーか、本音そこかよ!?」
「先生、大丈夫だって! こいつら、まだキスもしてねーんだぜ!」
「そうそう! 二年付き合って、まだ清い交際続けてるんだから、先生が心配するようなことにはならねーって!」
「へー、そうなのか。疑ってわるかったな。キスくらいはしていいからな?」
「あー! もう、やめてくんない! なんか、恥ずかしくなってきた!?」
生徒にいじられ、先生にいじられ、顔を真っ赤にした誠司は、その後、学校でいちゃくつのはほどほどにしようと、固く固く誓ったのだった。
*あとがき*
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330658007000477
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