第48錠 組織


 その頃、学校に行った誠司とは対照的に、駅のトイレで着替えた彩葉は、学校へは行かず、別の場所に向かっていた。


 駅近く、中央通りから細い路地にはいると、その先には、まだ開店前のバーがあった。


 店名は「Couleurクルール


 フランス語で「色」という意味だ。


 この店の由来を聞かれると、店主は「色鮮やかなカクテルが売りだから」などと答えるが、その由来の本当の意味が「colorful」から来ていることは、関係者なら一目瞭然。


(……はぁ、気が重い)


 店の前まで来ると、彩葉は入口には立たず、その店の裏に回った。


 この店にはいる時は、いつも裏口を使う。


 裏口には不釣り合いな大きめの扉を開くと、なかには黒いカーテンがかかっていた。


 外から中を見られないようにするための、ちょっとした目隠しだ。


 そして、この店の営業時間は、午後7時から。


 それまでの間、客が来ないからか、彩葉達は、よくこの店で会い、お互いの近況を報告していた。


「あ、彩葉くん、いらっしゃい」


 カーテンを開けて中に入れば、カウンターの奥から、白髪の青年が声をかけてきた。


 さざなみのような落ち着いた声。


 彩葉よりも背が低く、顔立ちも幼いが、年齢は彩葉より3つ年上の20歳。


 そして、やたらと真っ白なその髪以上に目をひくのは、彼が──車椅子に乗っていること。


れい山根やまねさんは?」


「まだ来てないよ。昨日、本部から通達が来て、その件で、夜中走り回ってたみたいだから、少し遅くなるかもね?」


「そう……」


 玲と呼ばれた青年は、カウンターの中でパソコンを弄りながら、にこやかに返した。


 本名は──椎名しいな れい


 彼も、彩葉と同じ組織の一員だった。


 玲は、主に顧客になりうる人を探す役割をになっていて、嘘と本音がいりまじる膨大なSNSの中から、性格を変えたいと悩んでいる人を割り出し、コンタクトをとる。


 まぁ、コンタクトと言っても、そんなに礼儀正しいものじゃない。


『あなたの願いを叶えてあげましょう』


 そんなダイレクトメールが、いきなり届く。


 まるで、胡散臭い宗教の勧誘みたいな長ったらしい文と、的を得ない不可解な誘い込み。


 まともな人間なら速攻削除する内容だが、玲は、あえてそうすることで、本当に必要としている人間を割り出し、マークする。


 で、この男のやばい所は、その人物の個人情報をあっさり特定して、こっちの世界に引きずり込んでしまうところ。


「新しい家族は、どう?」


 すると、ちょうど一段落着いたのか、パソコンを閉じながら、玲が尋ねてきた。


 どう?──とは、誠司と優子のことを言っているのだろう。


「ノーテンキな親子だったよ。ノリが馬鹿すぎる」


「あー、それはキツイね?」


 軽く苛立つ彩葉をみて、玲が楽しそうに笑った。


 だが、そんな玲の笑顔を見ながら、誠司のことは話さずにいようと、彩葉は、あらためて決心する。


 あんなノーテンキなやつに、colorfulの事がバレたなんて、口が裂けても言えない。


「あら、彩葉じゃない! 学校サボってきたの?」


 すると、またその奥から、今度は女が出てきた。

 このバーの店主だ。


 名前は、金森かなもり あずさ。年齢は28歳。


 ちょっと化粧が厚くて、まさに夜の世界の女って感じの人だ。


「彩葉~。最近来ないし、心配してたのよー」


「アズ姉、よっぱらってんの? 酒臭い」


 いきなり抱きついてきた梓に、彩葉は特に慌てる様子なく答える。体には、豊満なバストが密着しているが、こんなのいつものことだ。


「やだ~酔ってないわよ! でも、お客様に進められたら飲まなきゃね♡」


「相変わらず、ユルい店」


「いいのよ。みんな、癒されに来てるんだから、客も店員も関係なく楽しむのが、うちのマナーなの!」


 彩葉から離れた梓は、カウンターの奥で、コップに水をそそぐと、さっと髪をかき上げた。


 金髪に近い髪は腰まであり、すこしきつめのウェーブがかかってる。


 見た目は綺麗だが、もう仕事モードじゃないのか、カエルがプリントされたダサいTシャツを着た姿は、やたらと生活感が溢れている。


 だが、夜中はずっと客の接待。そして、このあと睡眠を取った梓は、また昼過ぎから活動を始める。


 彩葉と同じ、colorfulの販売員として。


 ──バタン!


「あー、もう最低!」


 すると、今度は、店の裏口が、乱暴に開かれた。


 入ってきたのは、髪をオールバックにした厳つい男と、赤毛の髪をした若い女。


「山根さん! なんであんな犯罪者を野放しにするの!」


「いやいや、野放しにしてる訳じゃくて、ちゃんと裏とってからだな」


「何が裏よ! そんなの取らなくても一目瞭然じゃない! あれ明らかに援交でしょ!? 女の子を、しかも未成年を金で買って、ラブホに入っていったの! なんで、乗りこまないのよ!」


あおいちゃん、ちょっと落ち着こうか!」


 ギャーギャーとうるさい女を、なだめているのは──山根やまね 宗太そうた


 よく彩葉に年甲斐もない絵文字付きのメールをよこす、あの男だ。


 だが、女の方には見覚えがなく、彩葉は首を傾げる。


 歳は、自分とそう変わらない。

 たぶん、16~7歳。


 スレンダーで、短いスカートを穿いているせいか、足がやたら長く見える。


 だが、見た目は、そこそこ可愛いが、その気性の荒さにドン引きする。


(……誰だ、この女)


 見知らぬ女の奇声に、彩葉は、不愉快そうに眉をひそめた。


 今、この場には、組織の人間しかいない。


 だが、彩葉にとっては全く面識のない相手。

 警戒心を抱くのは仕方ない。


「葵さんは、相変わらずですね」


 すると、場を和ませるように、玲が声を上げる。


 どうやら、玲とは面識があるのか、葵と呼ばれた女は、親しげに話し始めた。


「玲はどう思う! 見て見ぬふりなんて最低じゃない!」


「うーん……でも、警察でも、身内でもない僕達がのりこんでも、話がややこしくなるだけでは?」


「そうよ。それに、そういう子は家庭環境に問題を抱えてる場合もあるのよ。援交を辞めさせて、ハイ解決!ってわけじゃないの!」


「梓さんまで、そんなこというの!?」


「葵ちゃんは、正義感が強すぎるのよー」


(あぁ……この女。俺の苦手なタイプだ)


 すると、冷静に傍観しつつも、何となくその女に、誠司をかさねた彩葉は、そう確信する。


 だが、この仲間たちと、これだけ親しげに話しているところを見ると、彼女も組織の一員なのだろう。


 そう思い傍観していると、今度は、山根が声をかけてきた。


「彩葉! 葵ちゃんに会うのは初めてだよな? あの子は、皇妃すめらぎ あおい。少し前に、香港から来たばかりでな」


「香港?」


「あぁ。でも、生まれも国籍も日本人ね。葵ちゃ~ん!こっちのイケメンは、黒崎 彩葉! この前話したよね! 二人とも同い年だから、仲良くしてね~」


 すると、互いに紹介され、彩葉と葵は、二人同時に目を合わせた。だが、しばらく黙り込んだあと、葵は、おもむろに眉を顰める。


「やだ」

「は?」


 思わず、声が出た。


 嫌だと言われた。

 初対面の女子に、仲良くしたくないと言われた。


「は、ヒデー挨拶だな。俺、あんたに何かしたっけ?」


「別に、何もされてない。でも、嫌なものは嫌。だって、あんた【黒】なんでしょ?」


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