第49錠 彩葉の色

 ※ご注意※


一部、残酷な表現&ショッキングな話題が出てきます。

食事中の方は、食事やお菓子が不味くなる恐れもあります。どうか、ご注意ください。



 *─────────────────────*



「あんた【黒】なんでしょ?」


「…………」


 葵がそう告げた瞬間、バーの中がシンとする。


 空気が凍り、彩葉と葵以外の三人が、同時に息を呑む。


 まさに、一触即発。


 だが、そんな空気を感じ取った梓と山根が、慌てて葵を静止する。


「ちょっと、葵ちゃん! いきなり喧嘩ふっかけちゃだめじゃない!」


「そうそう! それに、彩葉は『黒』じゃないよ!」


「えー、だって、この人の親」


「親が『黒』だからって、子供まで黒にはならねーよ。あんた、そんなことも知らずに、うちの組織にいるのか?」


「……っ」


 梓と山根が止めるのも虚しく、彩葉のきつい言葉が浴びせられる。すると、バーの中は、さらに険悪な空気につつまれた。


 だが、先天的に持って生まれてくる性格や遺伝子は、親から受け継がれるものも多いが、必ずしもそれが、同じになるとは限らない。


 そしてそれは、この組織にいれば、誰もが知っている常識のようなものだった。


「彩葉、落ち着いて。葵ちゃんは、まだ新人なんだから」


「そうですよ。それに、葵さんも、決めつけるのはやめてください。彩葉くんは『黒』ではなく『紫』ですよ」


「む、紫?」


 梓に続き、玲が補足すれば、葵は、ジッと彩葉を睨みつけた。


 どうやら、まだ、疑っているのか?


 それとも、黒の親を持つゆえに、受け付けすらしないのか?


 蛇蝎視だかつしする葵に、彩葉は言葉をなくすが、その後、バツが悪そうに、彩葉から視線をそらした葵は、そこから少し離れた席にストンと腰をおろした。


 すると、険悪なムードが僅かに緩み、一番の年長者である山根が


「はぁ……君たちおない年なんだから、仲良くしてくれよ」


「そうよ。それに、葵ちゃんは、もうすぐ危特きとく(危険機密道具・特別取扱許可の略)の試験、受けるんでしょ? 黒に対しても、公平な目をもてなきゃ、試験落ちちゃうわよ?」


「え、そうなの!」


「あたりまえじゃない。機密道具、黒相手に悪用しかねないし」


「……っ」


 梓の話に、葵が苦虫をかみ潰したような顔をした。すると、その光景を傍観していた彩葉の元に、今度は、山根がやってくる。


「悪いな、彩葉。気を悪くするなよ」


「別に、黒を憎んでるやつは、この組織じゃ珍しくはないだろ。あいつも、なにかワケありなの?」


「あぁ、彩葉も知ってるだろ。9年前に憂礼ゆうれい町で起きた"一家惨殺事件"のこと。あの子は、その事件の生き残りだ」


 憂礼町の一家惨殺事件──その話を聞いて、彩葉は眉をひそめた。


 この日本で起きた有名な事件は、そこそこ把握している。そしてそれは、世間を恐怖に陥れた残忍な事件の一つだった。


 9年前、とある一家が男に殺された。


 父親と母親。

 そして、小学6年生の女の子が──


 だが、その事件に、生き残りがいたのは初耳だった。


「殺された子、小6じゃなかった? 生き残りってどういう」


「あの事件、世間的に三人家族になってるけど、本当は四人家族で、もう一人いたんだよ。小6の子は、葵ちゃんのお姉ちゃん。葵ちゃんはその時は小1で、一人だけ学童に預けられていた」


「……」


「でも、その日は、なかなか迎えが来なくて、連絡もつかないからって、指導員が葵ちゃんをつれて、家に訪ねたら、みんな殺されてて、犯人は逃亡したあと。葵ちゃんは、その現場を見たショックで精神を病んで、名前をかえて、日本を離れた……まぁ、今の姿からは想像もつかないだろうけど、あまり、怒らせるなよ。あの子、可愛い顔して、体術が凄まじいからな、とくに蹴り」


「…………」


 山根の話を聞いて、彩葉は、改めて葵に目を向ける。


 その事件の犯人は、もう捕まり、死刑が確定している。


 まだ執行はされていないが、その事件の何が世間を震撼させたかというと、その犯人の『動機』によるものが大きい。


 事情聴取で、なぜ、あの一家をねらったのか?

 そう問いた警察官の言葉に、犯人はこういったらしい。


『お菓子が食べたくなったから──』


 恨みがあったわけでもなく、お金が目当てだったわけでもなく。

 ただ、数百円で買えるお菓子を食べるためだけに、人を3人も殺し、その現場でお菓子を食べ、テレビまで見て帰った犯人の異常性に、人々は震え上がった。


 なにより、そんな理由で、突然、家族を奪われた彼女の悲しみは、想像を絶するだろう。


「なるほど。だから、あんなに黒を嫌ってるのか」


「あぁ。葵ちゃんだって、黒が、みんなそうじゃないのは、分かってるんだよ。でも、黒ってだけで、もう拒絶反応が出ちゃうんだろうな」


「……」


「まぁ、ここにたどり着いた理由はどうあれ、俺たちは、みんな同じこころざしを抱いてる。だから、仲良くしろよ!」


 志──どうか、犯罪者に苦しめられる人々が、少しでも減りますように。


 この組織の人間は、みんな、そんな想いを胸に抱いてる。でも──


「俺は、そんな大層な志なんて持ってねーよ。借金返したら、こんな組織でてってやる」


「えー彩葉、才能あるんだからいてくれよー」


「嫌だ。俺はもっと……普通に暮らしたい」


 ポツリと呟いた言葉に、山根が黙り込む。


「普通かぁ。そういや、新しい家族は、どうなんだ? 普通の親子なんだろ?」


「………」


 そう言われ、彩葉は、誠司と優子のことを思い出した。

 確かに、あの二人は、普通の親子で、普通の家族だ。


「甘ったるい……無理やり、弁当持たせてきたり、余計なことに首突っ込んできたり。頭から、砂糖ぶっかけられてるんじゃないかってくらい甘ったるくて……ベタベタしてる」


「ははは。そうかそうか。それは、良い家族だなー」


 そう言って、山根が柔らかく笑うと、その表情をみながら、彩葉はため息をつく。


「どこがいい家族なんだよ。それより、昨日、本部から呼び出されたって」


「あぁ、実は10年前におきた誘拐事件の件で、ちょっとな」


「誘拐事件?」


桜聖おうせい市で、10歳の男の子が攫われかけた事件。まぁ、詳しいことが分かったら、また報告するさ!」


 すると、立ち上がった山根は、その後、スマホを操作し、彩葉のスマホに何かを送り付けてきた。


「じゃあ、今2件、仕事送っといたから! 宜しくな!」


「は?」


 見れば、クライアントの情報が、確かに2件分入っていた。


colorful】を売る仕事だ。

 しかも、一件は新規!


「おい! 俺、ここまでしに来たつもりは」


「いいじゃーん! 学校、休んでるんだし!」


「っ……」


 相変わらず、人使いが荒い。

 彩葉は、ヘラヘラと笑う山根を見つめながら


(とっとと辞めたい。こんな組織……っ)


 そう、改めて思ったのだった。





*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330658252370247

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