第50錠 挨拶


《誠司、今から行くね》


 週末──誠司のスマホに、セイラからメッセージが届いた。猫のスタンプ付きの可愛らしいメッセージだ。


 しかし、その文面をみて、誠司は、眉をひそめる。


 今日は、テスト勉強をするため、セイラが我が家にやってくる。だが、その際、セイラに彩葉を紹介することになっていた。


 だが、できるなら、あんなヤバいヤツを、セイラに紹介したくなかった。しかし、もうここまで来たら、腹をくくらねばなるまい!


「はぁ、マジで会わせるのか」


 深くため息をつくが、誠司は、仕方なしに自分の部屋から出ると、隣にある彩葉の部屋へ向かった。


 そして、コンコンと二回ノックする。


「はい」


 すると、中から返事が返ってきて、誠司は扉をあけた。


 珍しく家にいる彩葉は、机に向かっていて、どうやら勉強をしているらしい。


「すまん。勉強中だった?」


「あぁ、来週テストがあるらしくて」


「え、お前も? 実は、俺の学校も来週テストで」


「それより、なんの用?」


 すると、世間話に花を咲かせるどころか『邪魔だ』とでも言わんばかりに話をさえぎられた。


 相変わらず、態度が冷たい。

 だが、誠司は、反発したいのをぐっとこらえると


「これから俺の彼女がくるから、あとで紹介する!」


「…………」


 苛立ちながらも、ハッキリとそう告げる。


 すると今度は、彩葉が、なんとも言えない表情をうかべながら


「なんで? お前の彼女に興味なんてないけど」


「あー、そうかそうか! そりゃ、ありがてーわ! 俺だってお前には、会わせたくないんだよ! でも、セイラが、彩葉さんと仲良くなりたいって言っていうから……っ」


 ごにょごにょと口ごもった誠司。

 そして、その反応をみて、彩葉は察した。


 つまりは、誠司の義理の兄弟になった自分に、彼女が挨拶をしたいと言っているのだろう。


(はぁ、面倒くさ……)


 今日は、珍しく仕事が少ない。


 だからこそ、このタイミングで、勉強をしておこうとおもったのに、まさかの来客!


 しかも、誠司の彼女?


「……つーかさ、彼女と何すんの? この家の壁薄そうだし、隣でいきなり、おっぱじめられても困るんだけど?」


「へ?」


 だが、次の瞬間、意味のわからないを言われ、誠司が首を傾げた。


(ん? 壁が薄い? 始める? 何の話だ?)


 と、疑問符が飛び交う。


 しかし、しばらくして意味を理解したらしい。誠司は顔を真っ赤にすると


「だぁぁー!! 何も始まらねーよ! 言っとくけど、俺たち、2年付き合ってキスひとつしてないんだからな! 超絶"清い交際"を続けてるんだぞ!」


「あー、そうだったな。お前、まだ童貞だったっけ」


「改めて言うな、改めて!? つーか、俺たち、高校生なんだから、それが、当たり前なんだよ!」


「つーか、そう苛立つなよ。あと、キンキン、喚き声がうるさい」


「誰のせいで、喚いてると思ってんだ!?」


 そう、これも全部、彩葉のせい!

 彩葉が、いきなり変なこと言い出すからだ!!


「ていうか、なんで、キスしないの?」


「は?」


「2年も付き合ってるんだろ? 別にいいと思うけど、キスくらい」


「……っ」


 彩葉の言葉に、誠司は、ぐっと息をつめた。


 不意に思い出したのは、この前、遊園地に行ったとき、観覧車の中で、泣きだしたセイラのことだった。


 セイラは、明らかに、自分とのキスを避けてる。


 きっとこれまで、そういう雰囲気になりながら、できなかったのは、セイラが避けていたから。


 だからか、時々、不安になる。


 もしかしたら、泣いてしまうほど、俺とキスするのが、嫌なのかもしれないって……


「俺だって、キスはしたいけど……でも、セイラが、嫌がってるっていうか……っ」


「………」


「──て、何言わすんだよ!?」


「お前が、勝手に言ったんだろ」


「あーもー! とにかく、今から来るから、来たら、愛想良く挨拶しろよ!! じゃぁな!」


 ──バタン!!


 すると、ひとしきり騒いだ誠司は、扉を閉めて出ていって、彩葉は、再び、ため息を吐いた。


(愛想良く、ねぇ……?)


 わざわざ挨拶なんて、めんどくさい。

 だが、誠司の立場もあるだろうし、仕方ないだろう。


 彩葉はそう思うと、再度、机に向かったのだった。




 *


 *


 *



(どうしよう。ちょっと緊張してきちゃった)


 その後、セイラは荷物を持ち、誠司の家に向かっていた。


 今日は、誠司の家で、一緒にテスト勉強をする。


 これまでにも、何度と誠司の部屋には入っているし、もう緊張なんてしない。


 だが、それでも、誠司の"義理の妹"であるイロハさんと会うとなると、緊張しないはずがなかった。


(……イロハさんって、どんな子、なのかな?)


 誠司とひとつ屋根の下で暮らし始めた、女の子。


 しかも、イロハさんは、とても美人らしい。


 これは、誠司が、そう言っていたらしく、学校でも軽く騒がれていた。


(誠司が、イロハさんのことを好きになったら嫌だなぁ…)


 自分の彼氏が、美人で綺麗な同級生の女の子と、一緒に暮らしはじめた。


 そして、それには、流石のセイラも、不安を隠せずにいた。


 別に、誠司を信じていないわけじゃない。


 でも、自分が『キスひとつできない彼女』だからか、いつ愛想をつかされても、おかしくはなくて……


「セイラ~!」


「……!」


 だが、その瞬間、誠司の家が見えたタイミングで声をかけられた。


 聞きなれたその声は、もちろん誠司の声。

 どうやら、外に出て待っていてくれたらしい。


「誠司!」


「セイラ、今日はありがとな!」


「うんん、私もテスト勉強したかったし」


 にこやかに駆け寄れば、その姿に誠司が、へへっと笑いながら、セイラの手を取った。


 今日も、セイラは超絶可愛い!


 普段の制服姿も可愛いが、私服姿は、また一段と可愛さが増すのだ。


 だからか、誠司は自然と頬を緩める。

 だが、その後、セイラが


「ねぇ、イロハさんは、家にいるの?」


「え? あ、あぁ……部屋で勉強してたぞ」


「そうなんだ」


 その言葉に、お互いに緊張が高まった。

 だからか、セイラはキュッと誠司の手を握りしめる。


(冷静に、冷静に……私が会いたいって言ったんだから)


 そして、お互いに覚悟を決めた二人は、まっすぐに玄関に向かった。


(……大丈夫だよな? さっき彩葉にも言ったし、挨拶するだけだし)


(……誠司も緊張してるのかな? なんか、表情が固いような?)


 さながら、結婚の挨拶をしに来たカップルのように。

 だが、ここまで来たら、もう進まなくては!


 二人は、意を決して、玄関を開けた。



 *


 *


 *



(……来たか?)


 一方、部屋で勉強をしていた彩葉は、玄関が開いた音に気づいて、手を止めた。


 書き込んでいたノートを一旦閉じると、椅子から立ち上がり、部屋から出る。


(挨拶だけして、とっとと戻ってこよう)


 誠司に、あのように言われた手前、邪険にはできず、手早く終わらせてしまおうと、彩葉は階段を降りる。


「彩葉ー」


 そして、一階につくと、誠司に呼びかけられ、彩葉は玄関に視線を向ける。


「え?」


 だが、その瞬間、誠司の隣にいると目が合って、彩葉は息を詰めた。


 いや、彩葉だけじゃない。

 それは、セイラも同じだった。


 なぜなら、そこに現れたのは、お互いに、よく知っている相手だったから──

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