第51錠 再会


 お互いに目が合った瞬間、彩葉とセイラは同時に目を見開いた。


 玄関先に立つセイラは、ありえない出来事に困惑し、彩葉もまた、身動きひとつ取れず硬直する。


 そして、その瞬間、思い出したのは、一年半のことだった。


(な……なんで、本田ほんださんが……っ)


 本田ほんだ 義明よしあき──それが、セイラが知っている彩葉の名前だった。


 だが、彩葉は、ことの事態を瞬時に察したらしい。


、黒崎 彩葉です」


「え?」


 そう言って、手を差し出せば、セイラは、更に困惑する。


(い……いろは?)


 予想外の返答に、セイラは、目を見開いた。


(どういうこと? この人の名前は本田さんで……あれ? でも、イロハって……っ)


 イロハは、誠司の義妹いもうとの名前だ。

 つまり、優子の再婚相手のの名前のはず。


(イロハさんって、女の子のはずじゃ…)


「セイラ、どうした?」


「……っ」


 すると、誠司に声をかけられて、セイラは、ビクッと肩を弾ませた。


 自分でも、顔が青ざめているのがわかった。


 だけど、もしここで、この人と知り合いだということが、誠司にバレたりしたら?


の相手と、握手するのは嫌だった?」


「……!」


 瞬間、彩葉が声をかけてきて、セイラは再び彩葉をみつめた。


 あえて『初対面』と強調したのは、顔見知りだと悟らせないためなのか?


 その意図を理解したのか、セイラもまた、彩葉の芝居にのることにした。


「は、はじめまして……響セイラです」


 差し出された彩葉の手を取り、遠慮がちに握手をする。


 だが、きゅっと手を握られた瞬間、思い出したくないことを思い出して、微かに指先が震えた。


 未だに、脳裏に焼き付いて離れないのは


『後悔してる?』


 そう言って、私を組み敷いた、彩葉この人の姿で──…


「おい、いつまで握手してんだ!」


「……!」


 すると、一向にセイラの手を離さない彩葉に、今度は、誠司が噛み付いた。


 強引に二人の手を離すと、誠司は威嚇でもするように彩葉を忠告する。


「言っとくけど! セイラに、変なちょっかい出すなよ!」


 義理の兄弟なのだ。

 彼女に手を出されたら、たまったものじゃない!


 しかも『白』を探しているなんて言っていれば、尚のこと。


 だが、その言葉に、彩葉は眉ひとつ動かさず、再びセイラを見つめた。


 あの頃からすれば、背も伸びて、大分、女らしくなっていた。


 まさか、誠司の彼女だったとは、思いもしなかったが、このような形で再会するとは、神様は、なんて残酷なのだろう?


(ちょっかいだすな…か)


 そして、先の誠司の言葉に、彩葉は目を伏せた。


 はっきりいって、その忠告は、もうかもしれない。


「じゃぁな、彩葉。俺たち勉強するから、お前も部屋に戻っていいぞ!」


 すると、場違いなほど明るい誠司の声が響いて、彩葉は、何も知らない義弟おとうとに目を向けた。


 呑気のんきなもんだ。

 今のこの状況が、どれほどの修羅場かも知らないで。


 だが、あえて気づかせる必要はないだろう。


 セイラあっちも、それを望んでいるだろうから……


「あぁ……じゃぁ、セイラさん、ごゆっくり」


「は、はい……ありがとうございます」


 結局、まともな挨拶なく、セイラは誠司と共に、2階に向かい、彩葉は、それを見つめながら、ダイニングの方に向かった。


(そう言えば、キスするの嫌がってるとか言ってたっけ?)


 先程も聞いた、誠司の話。


 あの二人は、まだキスひとつしていない関係らしく、しかも、その原因は、彼女の方にあるらしい。


(やっぱり、後悔してるのかな?)


 一年半前のことを思い出す。


 初めて会った時、彼女は『自分の性格が嫌いだ』と言った。そして、二度目に会った時、彼女は


『お願い。私に、あなたの『色』を売ってください──!』


 そう言って、泣きながら、すがりついてきた。


 そして、疑問に思っていたことが、一つ、確信に近づいた。


 彩葉は、そのまま廊下を進み、ダイニングに入ると、その奥にある食器棚から、コップを2つ取り出した。


 そして、それぞれのコップに、冷蔵庫から取りだしたオレンジジュースを、ゆっくりと注いでいく。


 テーブルの上には、瑞々しい橙色のグラスが二つ。


 そして、それに『赤』と『緑』のストローを、一本ずつ差し込んだ彩葉は、その後、小さく笑みを浮かべた。


 まるで、悪巧みでも思いついたかのような?

 そんな、妖しい笑みを──

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