第52錠 色と欲


「セイラ。どうかしたか?」


 その後、自室にセイラを招き入れた誠司は、ずっと黙り込んでいるセイラに声をかけた。


 正方形の座卓に、二人、向かいあわせに座る。


 もちろん、勉強をするためだが、さっきから、セイラの様子がおかしいのだ。


 やっぱり、あれか?

 彩葉に会ったからからか?


「セイラ! 別に無理して、彩葉と仲良くする必要はないからな。アイツ愛想悪いし、チャラそうだし」


 しかも、怪しい組織で、怪しい薬を売ってるヤバいやつだから、むしろ仲良くしないでください!!


 だが、そんな本音を抱えつつも、誠司が声をかければ、セイラは、そのあと、すぐに


「うんん……彩葉さんのせいじゃないの。ただ」


「ただ?」


「私、イロハさんのこと、だって聞いてたから、びっくりしちゃって」


「え?」


 その言葉に、誠司は瞠目する。


 確かに、学校では未だに『美少女な妹・イロハちゃん』として騒がれているが……


「えぇ!? まさか、セイラ知らなかったのか!?」


 あまりのことに、座卓に手を付き、身を乗り出す。


 だが、考えてもみれば、誠司はセイラに、彩葉の性別の話は、全くしていなかった。


 ということは、セイラは、妹のイロハちゃんと仲良くなろうとしていたってこと?!


「わ、悪りぃ、セイラ!? 俺、てっきり話してたつもりだった! そりゃ、ビビるよな! 女だと思ってた子が男だったら!」


「う、うん。私のほうこそ、変な反応しちゃって、ごめんね…っ」


「いやいや、ちゃんと話してなかった俺が悪いんだし!」


 セイラが困惑していた理由が分かり、誠司は、ホッとしたように笑う。


 だが、にこやかに笑う誠司をみて、セイラは、申し訳なさそうに視線を落とした。


(……ごめんね、誠司)


 本当は、男の人だったからじゃない。

 その彩葉さんが、だったから。


(っ……どうして? 本田さんは、本当に、誠司の兄弟になったの?)


 鼓動が微かに早まり、同時に、冷や汗が流れた。


 思い出すのは、一年半のこと。

 高校生になる、直前の春のこと。


 あの日、セイラは、彩葉から『色』を買った。

 そして──…


 コンコン!


「!?」


 だが、その瞬間、部屋の扉をノックする音がして、セイラと誠司は、同時に扉を見つめた。


 今、この家には、自分たちと彩葉しかいない。

 ということは──


「なんだよ。なんか用か?」


 誠司が、しぶしぶドアを開ければ、そこには予想通り彩葉がいた。


 二人っきりの時間を邪魔されたからか、誠司は複雑な表情を浮かべる。だが、それを無視して、彩葉は、手にしたお盆を誠司に差し出した。


「どうぞ」


「え? ジュース入れてきてくれたのか? サンキュ!」


 お盆の上には、オレンジジュースが二つ乗っていた。


 誠司は『気が利くな!』とばかりに、それを素直に受け取ると


「赤いストローの方」


「え?」


「ピンクのcolorfulを仕込んどいたから、彼女に飲ませてみれば?」


「!?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


 だけど、耳元でこっそり囁かれた彩葉の言葉は、まるで悪魔の誘惑のように耳に残った。


(ピ、ピンクのcolorfulって…っ)


 前に、彩葉から聞いた話を思い出す。


 確か、ピンクは他の色と違う非売品の薬で、確か、が出ると言っていたような?


「ッ──てめ、ふざけ」


「そう、怒るなよ。お前も見てみたいだろ? 人の性格が変わるところ」


「……っ」


 ゴクリと喉が鳴る。

 確かに、気にならないといえば、嘘になる。

 でも……


「だ、だからって、なんでセイラに……っ」


「別に、恋人同士なんだから問題ないだろ。それに、キス一つしてくれない彼女が、キス以上のこともしてくれるかもしれないし、試してみる価値はあるんじゃないか?」


「……っ」


 一瞬、よからぬ事を想像して、顔が真っ赤になる。


 ピンクの『colorful』は、人に性的に尽くしたくなる媚薬のような薬らしい。


 なら、それを、セイラが飲ませたら──


「まぁ、俺は邪魔しないように、一階で勉強しとくから。あとは、どうぞ、ごゆっくり」


「ちょ、彩葉!?」


「誠司、どうしたの?」


 すると、彩葉は、そのまま一階に降りていって、誠司は、とっさに呼び止めるが、そんな誠司に向けて、今度は、セイラが語りかけてきた。


 ずっと彩葉とコソコソと話をしていたからか、セイラは、ひどく不安そうで──


「いや、えと……なんでもない!」


 心配かけまいと、誠司は、とっさに笑顔を浮かべて、部屋の扉を閉める。


 だが……


(ど、どうしよう、コレ)


 目の前のオレンジジュースを見て、誠司はゴクリと息を呑む。


 赤いストローの方には、ピンクのcolorfulが仕込まれているらしい。


 ということは、これを飲ませれば、セイラは──


(いやいや、落ち着け! アイツ人格者なんだろ!? 勝手に人に薬を飲ませるなんて、そんなことするわけねーじゃん!?)


「彩葉さん、ジュース持ってきてくれたの?」


「え、あぁ……」


 すると、セイラが、また話しかけてきて、誠司は平静を装いつつ、赤いストローの方をセイラに差した。


(きっと、からかわれてるだけだよな。だから、中身はただのジュースで、なにも入ってない……はず?)


 だが、そう思いつつも、セイラが、そのジュースを手に取った瞬間、微かに鼓動が早まった。


 ドクンドクンと、心拍が加速する。


 もし、あの中に、本当にcolorfulが入っていたら?


 飲んだあと、セイラの性格が変わってしまったら?


(っ……そうだ。あっちを、俺が飲めば)


 いや、でも万が一にでも効き目が出て、俺の性格が、エロくなったら、どーすんだよ!?


 そっちの方が、大惨事じゃねーか!?


「ありがとう。いただくね」


「!?」


 すると、その瞬間、セイラが、ジュースを飲もうと、グラスを持ち上げた。

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