第53錠 最低な行為


 セイラがストローに口をつけようとした瞬間、誠司は、グッと息をつめた。


 ──キスひとつ、してくれない彼女。


 確かに、彩葉の言う通り、セイラは、キスひとつしてくれない。二人の関係は、まだ友達の延長みたいな関係で、できるなら、その先に進みたいとは思う。


 だけど──


「セイラ!! 飲むな!!」

「!?」


 瞬間、誠司は咄嗟に、セイラの手を掴んだ。

 すると、唐突な誠司の行動に、セイラが目を見開く。


「……ど、どうしたの?」


「あ、いや、そのジュース、賞味期限きれてたかも?」


「え?」


 慌てて、その場を、取り繕う。


 怪しいかもしれないが『変な薬が入ってます』なんて、いえない!


「あはは。ごめんなセイラ。彩葉のやつ、気づいてなかったのかも? テスト前に腹壊しちゃマズイし、取り替えてくるから、セイラは、勉強しながら待ってて!」


 わたわたとジュースを奪い取ると、誠司は、グラスが並んだお盆を手にし、慌てて部屋から出ていった。


「………」


 だが、そんな誠司と、先程のストローを思い返し、セイラは表情を曇らせる。


「赤と……緑」


 小さく呟いたセイラは、キュッとスカートを握りしめる。


「っ……ごめんね、誠司……ごめんなさい……っ」



 *


 *


 *



「おい、彩葉!!」


 その後、一階に降りてきた誠司は、案の定、彩葉に噛み付いていた。


 リビングのテーブルの上に教科書を広げて、勉強をしていた彩葉。


 そして、そのテーブルの上に、ガチャン!と乱暴にお盆を置いた誠司は、怒り狂ったように、彩葉を睨みつける。


「お前、さっきのは何だ!?」


「さっきの? 別に、気を利かせてジュースを運んでやっただけだろ」


「だけじゃねーだろ! もう、あんなこと絶対すんなよな! 大体、勝手に薬を飲まそうとするなんて、人として最低な行為だ!」


 彩葉の胸ぐらをつかみ上げ、誠司が叫べば、その後、彩葉はくすくすと笑いだした。


「はは、最低ね」


「何が、おかしいんだよ!」


「いや。確かに最低だな。でも、まさか信じるとは思わなかった」


「は?」


「入ってねーよ、色なんて」


「……ッ」


 明らかに小馬鹿にするような彩葉の態度に、誠司はピクピクとこめかみをひくつかせた。


「は、入ってない?」


「あぁ、単純だな、お前は。いくら非売品だからって、お前の欲望を満たすために、俺が、貴重な色を使うわけないだろ」


「てめ、マジで殴るぞ!!」


 思わず、こぶしを構えた。


 だが、それは威嚇するだけで終わり、誠司は震える拳を、なんとか沈める。


「とにかく、もう二度とこんなことするな! 俺以外のやつは巻き込むなって約束しただろ!」


「あぁ、ちゃんと覚えてるよ。ちょっと、からかっただけだろ。……でも、案外、理性の効くやつだったんだな。てっきり欲望に負けて飲ますのかと」


「飲ますかよ!? あんな怪しい飲み物!」


「だから、怪しくないって言ってるだろ。それより離せよ。苦しい」


「……っ」


 胸ぐらを掴んでいた誠司の腕を取れば、彩葉は気だるそうに、そう言った。


 その後、しぶしぶ誠司も手を離したのだが、怒りは、収まることがなく


(相変わらず、ムカつくやつだ……っ)


「それより、ジュースはどうするんだ?」


「は? 捨てるに決まってんだろ!」


「もったいないことするなよ、何も入ってないっていってるのに」


 そう言うと、彩葉は、先程セイラが飲みかけたジュースを手に取り、それを平然と飲み始めた。


 それこそ、何も入ってないと、見せつけるように…


「ほらな?」


「く……お前、ほんと性格ねじ曲がってるよな!」


「そりゃどーも。こんな仕事してて、まともな性格してるとは思ってないよ」


 ジュースを二人分あっさり飲み干した彩葉は、その後、不適に微笑み、誠司から目を背けた。


 そして、再びテスト勉強を始めるのだが、それから暫くして


「ああ、そうだ。来週から、俺も、お前と同じ高校に通うから、彼女にも宜しく言っといて」


「え?」


 それは、あまりにも唐突な言葉だった。

 彩葉が、同じ高校に?


「はぁぁぁぁ!!?」


 瞬間、誠司の叫び声が、家中に響く。


 しかも、学校での彩葉は、まだだと思われていて──


(あ、やべぇ……っ)


 来週からテストだというのに、それ以上の悩みが増えてしまった。誠司は青ざめたまま、しばらく呆然としたのだった。

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