第11錠 キスと不安


「お兄ちゃーん! 電話なってるよー」


 夜、誠司の友人である小林こばやし 翔真しょうまが風呂からあがると、そのタイミングで妹の声が聞こえた。


 首にタオルを掛けたままリビングに行くと、ソファーに寝そべりゲームをしている妹の傍で、着信音を鳴らし続ける自分のスマホが目に付いた。


(……お、誠司から)


 翔真が、スマホを手に取れば、着信の相手は、友人の誠司からだった。


 翔真はスマホの通話ボタンを押しながらリビングをでると、二階にある自分の部屋に向かいながら話しかける。


「よー、誠司。どうした~?」


『どーしたじゃねーよ!? お前だろ! 俺とセイラのこと暴露したの!?』


 明るい翔真の声とは対照的に、怒りに満ちた声が電話先から響いた。


 どうやら、誠司は怒っているらしい。


「あーもしかして、あれか? まだ、キスもしてないってやつ?」


『そー、それ!』


「あはは、すまん。つい!」


『ついじゃねーよ! おかげで、さっきから山田や安西から、訳分からん質問ばっかり来るんだよ!?』


 山田や安西は、誠司と翔真の共通の友人だ。


 そして、その友人たちから、夕方LIMEがきたかと思えば、誠司はセイラとのことを、根掘り葉掘りと問いただされた。


 『なぜキスしないのか?』から始まり『早く一線超えてしまえ!』などという、際どい質問まで色々。


「そりゃぁ、学校であれだけイチャついてんのに、キスもしてないって聞いたら、みんな驚くだろ」


 すると、翔真は自分の部屋に入るなりカーテンを閉め、勉強机の前にある椅子にドサッと腰掛けた。


「ま。イチャついんのは、誠司だけだけど」


『え? 俺そんなにイチャついてる?』


「あー、みんな、爆発しろって思ってる」


『なにそれ!?』


「つーか、2年だぞ、2年! 2年も付き合ってるのに全く進展なしって、有り得るか!? もっと先に進みたいとか思わねーの? それとも誠司は、草食こえて絶食系男子だったのか?」


『絶食系じゃねーよ!?』


 からかい混じりに発せられた翔真の声に、誠司は更に顔をひきつらせる。すると、翔真は


「まー、確かにひびきって、清楚で純粋って感じで、無闇にけがせないって感じはするし、お前が大事にしてんのもよく分かるけどさ~。だからって、いつまでも、友達の延長上みたいな関係もどうなんだよ。そろそろ、キスくらいしてもいいんじゃねーの? じゃなきゃ、いつか、他の男に取られちまうぞ?」


『……』


 電話口から聞こえた言葉を聞いて、誠司は眉を顰めた。


 確かに、昔からセイラは、可愛くておしとやかなのもあってか、男子の話題に、よく上がってた。


 おまけに彼氏がいるのに、今でも、たまに告白やナンパをされることもあって……それを考えたら、いつ他の男に取られてもおかしくはない。


『……それは嫌だ』


「なら、次のデートでキスしてこい!」


『はぁ!?』


「大人の階段上るんだよ! 出来なかったら、俺と山田と安西に飯、おごれ!」


『いや、なんで3人分!? てか、それ報告しろってことだろ!? なんで、いちいちお前らに、進展状況報告しなきゃならねーんだよ!?』


「そりゃ~話のネタになるからなー」


『つーか、俺はともかく、セイラまで巻き込むなよ!?』


「あーそれは、すまん。安西にもいったから、多分女子にも話回ってるわ。響にも謝っといて!」


『お前、明日覚えてろよ!!』


 誠司が怒りの声を上げると、電話口からは、翔真の楽しそうな、笑い声が響いた。だが、その後、ワントーン声を落とした翔真は


「なぁ、誠司……お前、まだ昔のこと気にしてんの?」


『……え?』


「お前が、響に手出さねーのに理由があるとしたら、それしかねーだろ」


『……』


「でもさ、あれは、お前のせいじゃねーよ。それに、あんなことがあったのに、別れてないってことは、響もお前を責めてないってことだ。俺から見たら、お前ら普通に相思相愛そうしそうあいにみえるし、響も誠司のこと、変わらず好きだと思う。だから、そろそろ、ちゃんとした恋人同士になってもいいんじゃね?」


『……』


 ちゃんとした恋人同士。

 それを聞いて、誠司の表情には、微かな影がさす。


「最近、響きが冷たいとか言ったけど、不安なら、次のデートで、響の気持ち、しっかり確かめてこい。わかったか、誠司」


 そして、その後、また少しだけ話をすると、誠司は翔真との会話を終え、腰掛けていたベッドの上にドサッと寝転がった。


 ギシリと木製のベッドが音を立てると、スマホを頭上にかかげ、少しだけ考える。


(セイラの気持ち……か)


 そりゃ、自分だって、セイラとキスしたいし、その先にも進みたい。


 だけど、好きだからこそ、大切だからこそ、考えてしまう。


 もし、セイラの「好き」と、自分の「好き」が違ってたら?


 もし、セイラが、この先に進むことを望んでなかったら?


 漠然と、そう感じてしまうのは、きっと、のことがあるからだ。


 でも──…


(でも、そうだよな……悩んだところで、何も解決しねーよな?)


 すると誠司は、横になったまま、LIMEの画面を表示させると、セイラに宛てて文字を打ち始めた。


 静かな室内には、タカタカとフリック音が響く。


 だが、最後まで打ち終わる前にその指が止まり、誠司は、その文字を全て消し、代わりに電話の発信ボタンを押した。


 トゥルルルル…


 呼び出し音がして、それから暫く、電話の音に耳を傾ける。すると、そのあと


『もしもし、誠司?』


 聞きなれた声が聞こえた。

 穏やかで優しい、愛しい愛しい彼女の声。


「よう。今、大丈夫か?」


『うん。どうしたの? いつもはLIMEなのに』


「お前が、声聞きたい派だとか言うからだろ?」


『あはは、そっか~……うん、嬉しい。やっぱり、誠司の声聞くと、安心する』


「……」


 何気ない言葉に、心が揺さぶられる。


 自惚うぬぼれてもいいんだろうか?

 セイラも、俺と同じ気持ちだって……


「セイラ、デートしよ?」


『え?』


「週末、空いてる?」


『うん、空いてるよ』


「じゃぁ、土曜日。どっか、行きたいところはあるか?」


『うーん。どこでもいいよ』


「お前、いつもそればっかじゃねーか」


『そうかな? 誠司は? 行きたいところないの?』


「……」


 もし、俺がセイラに『キスしたい』っていったら、セイラはどうするんだろう。


 俺のこと、ちゃんと、受け入れてくれんのかな?


 ほんのわずかに、不安が入り交じる。

 それでも──…


「じゃぁ……なれる所がいい」


 当たり前の日常。

 刺激のない日常。


 そんな、いつもの変わらない、お前との日々に、ほんの少しだけ


 ──『変化』を、求めてもいい?








 *あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330655235919032

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