第10錠 父親


 その日、誠司が学校から帰宅すると、自宅の庭には、昨日と同じ黒のワンボックスカーが停まっていた。


 誠司は、それを見て、今日も葉一よういちが来ているのだと気づくと、車の後方をのぞき込み、声をかける。


「葉一さん、こんにちは」


「やぁ、誠司君、おかえり!」


 すると、丁度トランクを開けて、中から荷物を取り出した葉一が、誠司に気づき、笑顔で言葉を返した。


 意気揚々いきようようと発せられたその声は、40代にしては、若く爽やかな声だった。


 その身体つきも、中年特有のメタボッたさは一切なく、顔立ちも、あの彩葉の親だけあり、鼻筋の通った凛々りりしい顔つきをしていた。


 そして、不意をみせる笑顔や些細ささいな仕草に、人柄の良さが現れているのが、他人の目からも分かるほど、新しい父となる「黒崎 葉一」は、とても紳士的でさわやかな男性だった。


「引っ越しの準備ですか?」


「あーそうだよ。来週、本格的に引っ越しするから、その前に運べるものは運んでおこうと思ってね?」


「俺、手伝います!」


「え? いいのかい?」


 すると、誠司はトランクの中から段ボールを、一箱、手に取ると、それを見た葉一が、嬉しそうに顔をほころばせる。


「ありがとう。助かるよ」


「いいえ。あ、そういうば、今日はアイツ……彩葉いろは、くんは?」


「あはは、もう兄弟になるんだし『彩葉』って呼び捨ていいよ。あと、悪いけど、今日は、彩葉は来てないんだ。アイツ、放課後は遊び歩いてばかりでなー。何してんのか知らないけど、もう高校生だし、男の子なら、そんなもんだろう」


「………」


 すると、手にした荷物を家の中に運び込みながら、誠司は、少しだけ安堵あんどする。


(彩葉は来てないのか……良かった)


 まさか、第一印象が最悪で、彩葉と険悪けんあくな雰囲気になってるなど、葉一に言えるはずもなく、誠司は、今後、彩葉と、どう歩み寄るべきかを考え込む。


 やはり、どんなに、ムカつく奴だろうが、親からしたら、子供たちが仲良くしているに越したことはないだろう。


 しかも、これから、その彩葉とは『家族』として一緒に暮らすことになる。なら、それなりに仲良くならなくては!──と思うには、思う。一応……


「そういえば、誠司君の高校って、城ヶ崎じょうがさき高校だっけ?」


「え? はい」


「そっか、彩葉は今、星ケほしがみね高校に通ってるんだけど、誠司くんは、部活とかしてるの?」


「いえ、俺は帰宅部で。子供のころは、サッカーとかしてましたけど」


「おー。そ~か。実は、うちの彩葉も、昔サッカーやってたんだよ」


「そうなんですか?」


 それから暫く雑談を繰り返しながら、荷物を全て車から玄関に運びおえた。


 すると、今度は少しだけ改まった顔をして、葉一が問いかける。


「誠司くんさ、もしかして、彩葉に、少し苦手意識を抱いてる?」


「え!?」


 突然の問いかけに、誠司は顔を引きつらせた。

 まさか、バレていたとは!!


「あ、いや……」


「あはは。ごめんなぁ……彩葉、少し取っ付きにくいところがあるから……いきなり、仲良くって訳にはいかないだろうけど、あれでも、根はいい子だから、懲りずに話しかけてやってくれ」


 葉一は少し苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに、そう言った。


 その表情を見れば、誠司と彩葉のことを、心配しているのが、よく伝わってきた気がした。


 確かに、元はと言えば、自分が彩葉を妹だと勘違いしていたから、あんなことになってしまったわけで、彩葉からしても、女と勘違いされていた挙句、エロい妄想までされていたのかと思えば、悪態をつきたくなる気持ちも分からなくはない。


「いえ、あれは俺も悪かったので……その、頑張ってみます」


 誠司はバツが悪そうに、葉一から視線を反らすが、葉一は、にこやかに微笑みながら


「ありがとう。あと、俺にも敬語つかわなくていいよ!」


「え? でも……」


「いいから、いいから! もっと、フレンドリーにいこう! 優子さんも、そうしたいからって、彩葉に『優子ちゃん』とか呼ばせてるし!」


「マジすか!? あれ、うちの親から申し出たんすか!?」


 てっきり、彩葉がかってに、馴れ馴れしく「優子ちゃん」と呼んでいるのだと思っていたが、まさかの母親から!?


「優子さん、本当可愛い人だよなー」


「いや、もうすぐ、40なんすけど?」


 母のアクティブさに呆れ返る。むしろ、言わされてるのかと思うと逆に、彩葉に申し訳なく感じた。


 てか、彩葉! 誤解してて、ゴメン!!


「あはは。まぁ、いいじゃないか、家庭は、楽しく明るいのが1番だ。あ。誠司くんも俺のこと『葉くん』とか、呼んでみる?」


「あはは。葉くんは流石に…」


「だよなー、オッサン捕まえて葉くんはないわな~。まー、俺にも彩葉にも気は使わなくていいから、仲良くしような、誠司くん!」


 すると、誠司は、葉一の言葉に顔を綻ばせた。


 いきなり「親子」になるのは難しいだろうと、誠司の気持ちも考えながら、葉一は、歩み寄ろうとしてくれる。


(葉一さんて、本当にいいお父さんって感じだなー)


 昨日は、まともに会話を弾ませられなかったが、正直、今日、話せて良かった。


 なんとなくだが、葉一さんとは、上手くいきそうな気がしたから……


「よし。後は俺がするから、誠司くんは、着替えてきていいよ。ありがとうな!」


(……あれ?)


 だが、玄関に運んだ荷物を、今度は一階の書斎に運ぼうと、葉一が前屈みになった瞬間、誠司は、葉一のTシャツの隙間から見えた、あるに目を奪われた。


(あのアザ……俺のと、よく似てる)


 それは、葉一の左胸上部。

 2センチ程の綺麗な菱形ひしがたのアザが見えた。


 胸元にくっきりと出来ていた、そのアザは、なぜか誠司の脇腹にある、あのアザとよくにている気がした。


「あの、葉一さ」

「葉一さ~ん!」


 だが、ふと気になって、葉一にアザのことを問いかけようとしたが、その問いかけは、母の優子によって遮られた。


「あ! 誠司、かえってたの! おかえり~」


「どうしたの、優子さん」


「あ。これ書斎のどこに置こうかしら?」


「あー、そうだなー」


 すると、結局アザのことを聞く前に、葉一は優子と共にいってしまい、誠司は、去っていく葉一の後ろ姿をみつめながら、彩葉のことを思い出す。


『お前、このアザ、どうしたの?』


 昨日、自分の腹をまくり上げて言った彩葉の言葉。


(彩葉が俺のアザ見て驚いてたのは、葉一さんにも、同じようなアザがあったからか?)


 珍しい形のアザだ。

 それなら、驚くのも無理はないかもしれない。


 ──ピコン!


 すると、その瞬間、ポケットに忍ばせていたスマホにLIMEの着信音が鳴り響いた。


 誠司は、スマホを取り出し、その内容を確認する。

 すると、そこには


《早坂ーお前、響と、まだキスもしてないって本当~?》


 と、書かれていた。

 しかも、ニヤニヤとほくそ笑む、キャラクタースタンプ付きだ。


 誠司は、友人の1人からきた、そのLIMEをみて、玄関先で暫く硬直すると


「えぇ!? なんで、知ってんだ!?」


 そんなこと、話した記憶ない!


 だが、まさか友人の翔真が暴露ばくろしてしまったとは知らず、誠司は、一人慌てふためくのだった。

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