第9錠 幼馴染みと一匹狼


 その後、彩葉は、学校の下駄箱の前にいた。


 リュックを肩にかけ、制服姿の彩葉は、紺色のブレザーからスマホを取り出すと、かべに寄りかかりながら、スマホに文字を入力する。


(全く……なにが、清楚で純粋だよ)


 そして、先程まで一緒にいた若月わかつきのことを思い出すと、彩葉は呆れたように眉をひそめ、その後、メールを送信し、自分の下駄箱から靴を取り出した。


 上履きから、黒のスニーカーに履き替えると、少しだけ肩からずり落ちたリュックをまた掛け直し、彩葉は校舎から外へでる。


 校庭に目を向ければ、その奥に広がるグラウンドで、野球部やサッカー部が、声を上げながら部活動に勤しんでいる姿が見えた。


 夕方5時を過ぎ、辺りは、綺麗な夕陽色に染まっていた。


 オレンジと赤のコントラストが鮮やかな空は、美しさと同時に、なんとも言えない切なさを感じさせて、どこか感傷的な気分になり、彩葉は、ため息をつく。


「はぁ……」


「黒崎ー」


 すると、そこに、グラウンドの方から呼ぶ声が聞こえた。


「ボール取ってー!」


 そう言って、駆け寄ってくるのは、サッカー部の樋口だった。


 彩葉は、自分の前に転がってきたボールに目を向けると、その後、慣れたようにリフティングし、樋口にボールを蹴り渡した。


「サンキュー!」


 すると樋口は、彩葉が蹴り上げたボールを両手でキャッチするが、帰宅部の彩葉が、こんな時間まで残っていたことに、ふと疑問を抱く。


「あれ? お前、まだ残ってたの?」


「あー…ちょっとね」


 流石に、例のシスターと二人っきりだったと、言うわけにはいかないだろう。


 その樋口の問いかけに、彩葉は言葉をにごしつつ、視線をそらせば、樋口が、また話しかけてきた。


「俺、もうすぐ部活終わるんだけど、一緒に帰らねぇ?」


「帰らねーよ」


「即答かよ。相変わらず、そっけねーな~」


 彩葉が、ぶっきらぼうに返せば、その言葉を聞いて、樋口は少しだけ残念そうな顔をした。


「お前、そんなんじゃ、編入先で友達できねーぞ!」


「別にいい。それより、昼飯一緒食える相手、ちゃんと探しとけよ。じゃぁな」


 すると、彩葉は樋口に背を向け、学校を後にする。


「樋口~。お前、また黒崎にちょっかいかけてんの?」


 すると、今度は同じサッカー部の山田が、樋口に駆け寄り声をかけてきた。


「アイツさぁ。なんで、あえて孤立しようとすんのかな?」


「知るかよ。つるむの嫌いなんだろ? 1年の時から、黒崎が、一匹狼なのは変わんねーじゃねーか?」


 樋口は、その言葉を聞いて、山田に視線を移す。


 確かに、彩葉は、あまり人と関わろうとはしない。


 声をかけても素っ気ないし、休み時間は、話しかけるなとばかりに、机に突っ伏して寝てばかり。


 だから、きっと、樋口が声をかけなければ、昼食も一人で食べてしまうのだろう。


「幼馴染だからだろうけど、りずに声かけてるの、もう樋口だけだぜ? どうせ、黒崎転校するんだろ。なら、もう諦めろって。ほら、片付けスっぞ!」


「……」


 山田は樋口の肩を叩くと、また戻っていく。

 樋口は、去っていく彩葉の背に視線を戻すと


「昔は、もっと、明るいヤツだったのにな」


 幼い頃を思い出して、ボソリとつぶやいたのだった。



 *


 *


 *



 その後、彩葉はいつもと違う帰宅経路を進んでいた。


 店が何軒も立ち並ぶ道路沿いを歩き、一軒の花屋に立寄ると、花を買い、夕日が落ちかけた道を更に奥へとすすんでいく。


 ゆるさかな坂に上り終えると、その先には、墓地がみえた。


 そこそこ、大きな霊園。


 なにより、夕方、日が落ちかけた墓地には彩葉以外、誰もいなかった。


 彩葉は、水道の前に置かれたバケツに水をくむと、目的の場所まで足を進めた。


 すると、何列目かのはしから2番目。


 ピタリと足が止まった場所には「黒崎家の墓」と書かれた墓石ぼせきがあった。


 彩葉はその前に立つと、それまでとは違う穏やかな笑みを浮かべて、その墓石に話かける。


「……久しぶり、母さん」


 数カ月ぶりに訪れたからか、母が眠る墓石は、当然のごとく荒れ果てていた。


 前に備えた花はもう枯れ果て、秋の風が運んできたであろう落ち葉が、いたるところに散乱していた。


「なかなか、来れなくてごめんね? 少し、忙しくてさ」


 申し訳なさそうに目を細めると、とりあえず掃除をしようと、彩葉は竹箒たけぼうきをとりに向かうため、バケツを置き、水道がある霊園の入口まで戻った。


 その後、花を取り換え、碑石ひせきを磨き、線香をともすと、き母にむけ、そっと手を合わせた。


「母さん……あの父さんが、再婚することになったよ。笑っちゃうよね?」


 すると彩葉は、まるで世間話でもするかのように、墓石に話し始める。


「相手の人は、優子さんっていって、凄く明るい人だよ。息子も一人いるんだけど、めちゃくちゃバカだった」


 彩葉は、昨日の顔合わせの時の事を思い出して、苦笑する。


 父親から再婚すると言われたのは、本当に最近の話で、突然だった。


 なにより、再婚なんて考えてるとは思いもしなかった。


「母さんは、どう思う? やっぱり……反対?」


 その顔には、険しい表情が滲んでいた。

 脳裏にチラつくのは、あの頃の──母の姿。



『彩葉、私はね──』



 ヴーヴー!


 だが、その瞬間、ポケットの中のスマホが、小さく音を立てた。


 バイブレーション機能のその振動を感じ、彩葉がスマホを取り出すと、メールが一件来たことに気づき、その内容を確認する。



───────────────────


 今夜7時、〇×ホテル3階

 308号室にて…


───────────────────



「……」


 そして、そのメールの内容を確認して、彩葉は眉をひそめる。


 秋の冷たい風が、同時に墓地に吹きぬけると、彩葉の髪を揺らし、その視界をかすませる。


(いつまで、こんなこと……続ければいいんだろう?)


 手にしたスマホをきつく握りしめ、ぐっと瞳を閉じた。


 すると、その瞬間、まだ幼い自分の顔を掴み上げ、ほくそ笑む「男」の顔が見えた。


『お前さん、なかなかいい顔してるなぁ。これなら沢山、客を取れそうだ』


 自分を、この世界に引きずり込んだ、あの男の顔。

 あれから、もう何年になるだろう?


 だが、彩葉は、再び視線をあげ、母の墓石を見つめると


「じゃぁね、母さん……また仕事してくる」


 どこか、悲しげな笑みを浮かべると、まるで気持ちを切り替えたかのように、さっと立ち上がり、彩葉は、墓地を後にした。


 秋の夕暮れは、次第によいの頃に近づき、その空を紫に染めていた。


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