第8錠 シスターと悪魔


「黒崎ー」


 高校の昼食時間──教室の廊下側の席に腰掛けていた彩葉に、友人の樋口ひぐちが声をかけた。


「はいよ! メロンパン!」


 机に伏せていた彩葉が、その声を聞いて目線をあげれば、樋口は、手にしたパンを彩葉に投げ渡した。


 すると、を描いて移動するパンを、彩葉が片手でキャッチし、彩葉はそれを見て、少し気だるそうに呟く。


「誰が、メロンパンなんていった?」


「そう言うなよ。好きだろ、メロンパン。てか、それしか無かったんだよ」


 樋口が、自分用のメロンパンとおにぎりを手にし、彩葉の前の席に腰かける。すると樋口は、ニコニコ笑いながら、おにぎりの開封する。


「出遅れたなー。まともなもん、残ってなかった」


「鈍臭いやつ」


「はぁ!? 買ってきてもらっといて何言ってんだ。明日は、お前が行けよ!」


「はいはい」


 素っ気なく返事を返せば、紙パックのジュースを飲む彩葉を見て、樋口は、改まった顔で問いかけた。


「あのさ。お前、転校すんの?」


「ん?」


「女子がさわいでたぜ。親が再婚して、転校するって」


「……」


 その話を聞いて、彩葉は眉をひそめた。

 まさか、もううわさになっているとは。


「早すぎ。今朝、担任に話したばかりだっての」


「たまたま聞いてた女子がいたんだろうな? それより、マジで転校すんの?」


「まだ決まってない。あっちの高校の編入試験を受けて、受かったらの話だから」


「えー、てことは、マジなのか!?」


 彩葉の話を聞き、樋口が目を丸くする。


 彩葉が通う星ケほしがみね高校は、誠司の自宅から一時間ほど離れた地域にある。


 再婚により、あちらの街に引っ越すとなると、学校も転校した方が何かと都合がよかった。


 なにより、朝から一時間もかけて通学したくない。


「そっかー……じゃぁ俺、これから誰と飯食えばいいんだ」


「今からでも別のグループに行けは?」


「それじゃ、お前が寂しくなるだろ!」


「寂しくねーよ」


 二人昼食を取りながら、雑談をする。

 すると、今度は廊下から、女子生徒の声が聞こえてきた。


若月わかつきさーん、先生が教科書届いたから、放課後、取りに来てっていってたよ!」


「あ、ありがとう。放課後ね。わかったわ」


「あ、シスターだ」


「シスター?」


 すると、声をかけられた少女を見みて、樋口が発した言葉に、彩葉が首を傾げる。


「あれ、黒崎知らねーの? 先週、隣のクラスに転校してきたんだよ、若月さん。しかも、親が教会の牧師さんらしくてさ、休みの日は、ボランティアとかもしてるんだって。だから、みんなして密かにシスターって、あだ名付けて呼んでんの。清楚せいそで純粋そうで、正しくシスターって感じだよなー」


 まるで理想の女の子!とでも言うように、喜々ききと言葉を放つ樋口を見て、彩葉は廊下で会話をする若月に、視線を移した。


 確かに見る限り、けがれを知らなそうな純朴そうな少女だった。


 見た目もさほど悪くは無く、黒髪でスラリとしたそのたたずまいは、とても品がある。あれなら、シスターとあだ名が付けられているのも、うなづける気がした。


「へー……」


 すると彩葉は、クスリと笑みを浮かべると


(……若月さんシスター、ね)




 *


 *


 *




「それじゃぁ、教科書は、それで全部だから、気をつけて帰れよ!」


「はい。ありがとうございました」


 その後、放課後になり、生徒がまばらになった時間帯。若月は、担任の先生から教科書を受け取り、職員室を後にしていた。


 転校してきてから、先生や隣の人に教科書を借りていたが、やっと全ての教科書が揃った。


 若月は、ホッとしつつも、数人の生徒たちとすれ違いながら、足早に廊下を進む。


 ──ドン!

「きゃっ!」


 だが、廊下を曲がった先で、生徒とぶつかってしまった。


 ぶつかった拍子に、手にした教科書がバサバサと床に散らばる。若月は、その教科書を拾いあげようと、その場に座り込むが


「ごめん、大丈夫?」

「え? あ……黒崎くん」


 その瞬間、ぶつかった少年が、声をかけてきた。

 そして、その相手は、隣のクラスの──黒崎 彩葉。


 すると彩葉は、若月と同じ目線になるようしゃがみ込むと、教科書を拾いあげながら、また微笑みかける。


「……俺の名前、知ってたんだ?」


「え!? あ、その……知ってたというか、クラスの女の子達が教えてくれて……あの、みんな言ってたよ? 黒崎くんのこと、カッコイイって」


「……そう」


 全ての教科書を拾いあげながら相槌を打てば、彩葉は、若月の教科書を差し出しながら、また、微笑みかける。


「……っ」


 すると、目があった瞬間。若月の顔は、更に赤らみ、恥ずかしそうに、彩葉から視線を反らした。


(ど、どうしよう……っ)


 クラスの女子から色々と話は聞いてきたが、近くで見ると、本当に綺麗な顔をしていた。


 長いまつ毛に、きめ細かい肌。

 スラリと伸びた手足に、細く長い指先。


 見つめる瞳も、その声も、やたら色を含んでいて、傍にいるだけで、身体が熱くなってくる。


「あ、あの、ありがとう! ごめんね、ぶつかちゃって……!」


 すると若月は、慌てて、その場から立ちあがると、彩葉の元から立ち去ろうとした。


「ねぇ」

「っ……」


 だが、その瞬間、トンと壁に手を付き行く手をはばむと、彩葉は、あっさり若月を壁際かべぎわに追いこんだ。


 夕日が差し込む廊下の隅で、彩葉は、若月をおおいい隠すような体勢をとる。


 すると──


「今から、俺に付き合ってくれない?」


「え?」


 唐突に放たれた言葉。それを聞いて、若月が目を丸くすると、先程よりも、近づいたその距離で、再び視線が交わる。


「嫌?」


「い、嫌じゃ、ないけど……でも、付き合うって、どこに?」


 何故か、逃げる気にはなれなかった。


 そして、満更でもない若月の様子をみて、彩葉は更にその距離をつめると、その耳元で、そっとささやきかける。


「そうだな……今すぐ君と、になれるところ」

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