【第2章】デート

第12錠 待ち合わせとホテル


 土曜日──


 きなれたジーンズとTシャツ。そして、黒のミリタリージャケットを羽織った誠司は、街の中心部にある公園にやってきた。


 秋に入り、赤や黄色の木々がザワザワと靡くその場所は、紅葉を楽しみながら時間をつぶすことができるため、今日も人々で賑わっていた。


 この町・城ヶ崎じょうがさきの中でも、一際広いその公園の名は、城ヶ崎中央公園。


 駅や街の中心部に近いこともあってか、公園の中央にある噴水前では、よく人々が待ち合わせをする場所として利用していた。


 だが、誠司は、その噴水前を素通りすると、公園の奥ある時計塔にむかった。


 イギリスの時計塔、ビッグ・ベンの小型版と言えばわかりやすいだろうか?


 その時計塔は、公園のオブジェとして、ひっそりとたたずんでいた。


 2メートル四方の建物で、レンガで組まれた西洋風のその作りは、小ぶりだが高さがあり、四方に取り付けられた時計のおかげて、公園のどこからでも、時刻を確認することができる。


 そして、誠司とセイラは、いつもこの場所で待ち合わせをしていた。


(……少し、早かったか)


 約束の時間の10時より、15分ほど早く来てしまった。


 誠司は、時計塔の前に立ち時刻を確認すると、念の為、セイラが来ていないか、時計塔付近を確認する。


(……え?)


 だが、その反対側を覗きみた瞬間、見覚えのある顔が見えて、誠司は目をうたがった。


 見れば、そこには、時計塔の壁によりかかり、スマホに視線を落としている少年の姿があった。


 Tシャツの上に、黒のジャケットを羽織り、スラリと長いあしは黒のスキニージーンズをいているせいか、より長く見えた。


 抜群のスタイルと、あの綺麗な顔立ち。

 それを、誠司が忘れるはずがなかった。


 そう、そこには、あのがいたのだ!


(でぇぇぇぇ!??)


 心の中で絶叫すると、誠司は、とっさに彩葉の死角に身を隠した。


(な、なんで彩葉が、ここにいるんだ!?)


 まさか、こんな所で出くわすとは、思ってもいなかった!


 バグバクと動く心臓を必死になって落ち着つかせると、誠司は、バレないように、今一度、彩葉を覗き見る。


 すると、スマホをいじっていたからか、どうやらコチラには気づいていないらしい。


(も……もしかして、アイツも誰かと待ち合わてるのか?)


 こんな時間に、時計塔の前にいるなら、待ち合わせをしているの可能性がきわめて高い。


 だが、彩葉が住んでいるのは確か、隣町の星ケ峯ほしがみねだったはず。


 なら、なぜ、こんな遠い場所で、わざわざ待ち合わせをしているのだろうか?


(……誰と、待ち合わせてるんだろう?)


 あの彩葉が、どんな相手と待ち合わせているのか?

 それが、少しだけ気になった。


(友達? もしくは、彼女?)


 時計塔の影に身をひそめながら、誠司は、一体どんな相手が来るのかと思考を巡らせる。


 すると──


「あの、遅くなって、ごめんなさい!」


 彩葉の前に、女性がけ寄ってきた。


 その女性は、自分たちよりも少し年上で、女子大生くらいだろうか?


 ニットセーターにスカートを合わせた姿は、決してダサいワケでは無いが、黒髪にメガネと、いかにも地味なタイプで、ランク付けしたら中の下くらい。


 正直、あの彩葉と並ぶには、あまりに不釣り合いな女性だった。


(え、年上!? つーか、あの人が、彩葉の彼女!?)


 彼女らしき相手を確認した瞬間、誠司は、胸の前で小さくガッツポーズをとった。


(か、勝った!!)


 あの女の人には悪いが、なら、うちのセイラの方が遥かに高いと思った。


 見た目も、スタイルも、可愛らしさも、誰がどう見ても、セイラに軍配が上がる!!


(っ……マジか、嬉しい!)


 正直、女性が聞いたら殴られそうだが、見た目では、どう見ても、彩葉におとっている誠司。


 その上、兄弟になったあげく、誕生日も近いせいか、妙なライバル意識を抱いてしまい、自分が彩葉より可愛い彼女と付き合っていることに、ちょっとした優越ゆうえつ感を感じた。


(でも、意外だったな……案外、中身で選ぶタイプだったのか、彩葉って。まー、うちのセイラは中身もいい子だけど……)


 正直、あの外見なら、かなり遊んでそうだし、彩葉の彼女なら、きっと凄いギャルか、モデルみたいな美少女が出てくるのを想像していた。


 まさか、あんな地味なお姉さんと付き合っていたなんて。意外な一面を見てしまい、誠司は少しだけ彩葉を見直しかけた。


 のだが──


「あの、ですよね?」


「……………」


 だが、その瞬間、女性が放った言葉に、誠司の思考は停止する。


 ん? 今なんていった?


(ほ、本田ほんだって誰? 彩葉の名字『本田』だったっけ? あね? 葉一さんと名字違うの?)


 いやいや、違わないだろ!

 アイツ黒崎だよ!


 だって、初対面で『黒崎 彩葉です』って名乗ったのアイツじゃん!? じゃぁ、あだ名??


(あぁぁぁ!! でも、あだ名の由来ゆらいが思い当たらねぇ!! え!? てことは、あれ彩葉じゃなかった? 別人!?)


 誠司は、軽くパニックになり、また再び彩葉をのぞき見る。だか、どうみても間違ってはいなかった。


 そう、あれは、どうみても──黒崎 彩葉だ。


「はい。本田ほんだ 義明よしあきです」


「!?」


 だが、その後、彩葉はフルネームらしき言葉を放ち


近藤こんどう 千夏ちなつさん、ですよね? お待ちしておりました」


「は、はい。今日は、よろしくお願いします。あと、私、初めてで……っ」


「大丈夫ですよ。上から話は聞いておりますので。それに、怖くなったら、途中で止めても構いませんし、俺も無理にすすめたりはしませんから」


 そして、本田と名乗った彩葉は、手にしたスマホをポケットにしまうと、女性の前に歩み寄り、ニコリと微笑みかけた。


 だが、その会話は、明らかに恋人同士の会話ではなく……


(か、彼女じゃねーな。あれは……)


 どう考えても、彼女ではない。


 お互いに名前を確認し合うと言うことは、多分、初対面。そして、なにより、会話の内容が怪しすぎる!


 誠司は、2人の四角に座り込んだまま、更に耳を傾けた。


「それじゃぁ、行きましょうか」


「あ、あの! お金は、いつ渡せば」


「あー、申し訳ありませんが、そういう話は、ホテルについてからにして頂けますか? 誰が聞いているかも分からないので」


「え? あ、ホテルって……っ」


「あぁ、8丁目の方に。そう遠くはありませんよ」


 彩葉が微笑ほほえむと、女性は顔を赤くして俯いた。だが、その会話を聞いて、誠司はピクリとも動けなくなった。


(え? なんだ、今の? それに、確か8丁目って……っ)


 8丁目は、ここから10分くらい歩いた場所にあるが、いわゆるラブホ街。高校生が、迂闊うかつにたちよる場所ではない。


「ッ嘘だろ! もしかして、アイツ、今から、あのお姉さんと……!?」


 頭の中では、危ない妄想が繰り広げられ、誠司は、顔を真っ赤にして動揺する。


 もう、R18指定なことしか思い浮かばない!


 だが、それも仕方なかった。

 なぜなら、あのお姉さんは、彩葉の彼女ではなく初対面!


 しかも、本名ではない偽名を名乗り、その上──お金??


(なんなんだ、一体? アイツ、もしかして、なにか危ないことしてるんじゃ?)


「誠司?」


「!?」


 すると、急に声をかけられ、誠司はビクリと肩を弾ませた。


 可愛らしい声に呼ばれ、視線を上げる。

 すると


「そんなところにうずくまって、なにしてるの?」


 と、セイラが不思議そうな顔で、誠司の瞳ををのぞき込んできた。


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